なぜ、シリコンバレーから世界を変える企業が次々と生まれるのか。日本との違いは、起業家の才能ではない——。そう語るのは、現地で10年以上挑戦を続けてきたAnyplace創業者・内藤聡さんだ。現在は、DeNAの南場智子氏らが推進する起業家支援プログラム「DelightX」のメンターも務め、次世代の日本人起業家の支援にも力を注ぐ。日本のスタートアップが世界で戦うために必要な「発想の転換」とは何か。連載第4回。
日本とアメリカでは起業のルールが違う
「シリコンバレーで起業するなんて、すごいね」とよく言われますが、僕の能力が特別優れているわけではありません。単純に、米国と日本のスタートアップでは、前提となるルールがまったく違うんです。シリコンバレーは、フルスイングしてとにかくホームランを狙う。だから、三振したって構わない。
ベンチャーキャピタルの投資も、まさにパワーロー(Power Law、べき乗則)の発想です。100社に投資して、そのうち1社がOpenAIやSpaceXのような会社になれば、残りの99社が失敗してもリターンを得られる。そのような発想で動いています。一方、日本はそもそもマーケットの規模が違うので、大成功しても1兆円、10兆円という規模にはなかなか届かない。だからこそ、投資家も1社の桁違いの成功に懸けるというより、ある程度手堅く成功してほしいという発想になる。これは日本の投資家が悪いという話ではありません。単純に、ゲームのルールが違うということなんです。
その違いが象徴的に表れるのが、企業がスタートアップのサービスを導入するときの判断基準です。アメリカでは、創業してわずか1〜2年の会社が、売り上げ100億円、200億円という規模まで一気に成長することがある。日本では、なかなか考えにくいですよね。その背景の一つに、企業の意思決定者を取り巻くキャリア環境の違いがあると思っています。
アメリカが失敗を受け入れる合理的な理由
アメリカでは、2〜3年で成果を出し、それをレジュメに刻んで次のポジションへ移る人も多い。その短い期間で、「導入して売り上げが2倍になった」「コストが半分になった」という成果を作ることが評価につながる。だから、新しいものを積極的に試すインセンティブがある。一方、日本では同じ会社に長く勤めることが前提になりやすいので、「まだ創業1年の会社には任せられない」「他社の導入実績がないのは不安だ」と、失敗しないための判断に傾いてしまいます。ここにあるのは、能力の差というより、仕組みの違いなんですよね。
このように、日本とアメリカで大きく違うのが、「失敗」に対する見方です。アメリカ、特にY Combinatorのようなスタートアップアクセラレーターのコミュニティーでは、一度起業して失敗した人材を、成功した同期の企業が採用する。自分の信用や時間、人生を使って挑戦し、失敗まで経験した人は、それだけで希少な存在です。視野も広いし、経営者の視点をすでに持っている。だから、起業に失敗しても、伸びている会社に迎えられて、そこでもう一度、大きなチャンスに懸けることができる。
日本でも、こうした人材がもっと積極的に、次の場所で迎え入れられるようになれば、業界全体にとってプラスになると思っています。
際立った「個」ではなく「群れ」で挑む
これまで日本で語られてきた起業家像は、際立った「個」のイメージが強かったかもしれません。でも、僕の本『 シリコンバレーによろしく お金もコネも英語力もない僕のアメリカ起業 』で伝えたかったのは、それとは少し違う景色です。個の力で成功できるスタートアップはそう多くありません。先輩や同期、後輩から学び、みんなで失敗と成功を共有する。互いに人を紹介して、有益な情報を分かち合う。僕は日本の起業家仲間たちに本当に助けられた。だから、日本という「群れ」全体のレベルを上げていくことが重要だと考えています。
よく「準備してから」「経験を積んでから」渡米しようとする人がいますが、そういう人はだいたい来ないんですよね。だから、まず現地に行ってしまうのがいいと思います。準備せずに飛び込めば、当然失敗もする。でも、その中から成功する人が出てきて、「こういうルールで、こうやったら成功した」という学びをみんなで共有すれば、群れとして強くなっていきます。自分が失敗しても、成功した仲間の知見を踏まえて、再挑戦すればいいのです。
Uberを創業したトラビス・カラニックだって、複数の起業を経験した末に大成功をつかんだ。途中の失敗も、振り返れば成功に至るまでの学びの過程だったわけです。僕もまだ、目の前の結果に一喜一憂しそうになるときがあります。でも、そのたびに未来を見て、挑戦を続けようと思い直しています。
シリコンバレーに挑む日本人を増やしたい
僕の恩人でもあり、サンフランシスコで日本人起業家たちの面倒を見てくれている“キヨさん”こと小林清剛さんは毎年、シリコンバレーで挑戦する若手起業家を集めて「志の会」という集まりを開いています。今年、その会にDeNAの南場智子さんが初めて参加してくださったのですが、後で聞いた話では、それがきっかけの一つとなって、南場さんは「もう一度、経営の現場に戻らなきゃダメだ」と決意されたそうです。まさか自分たちの集まりが、そんな大きな決断のきっかけの一つになるとは、正直、想像もしていませんでした。
そうして現在、僕はキヨさんと一緒に、南場さんが立ち上げた、日本人起業家のシリコンバレー挑戦を支援するプログラム「DelightX」でメンターを務めています。先日、南場さんがイベントで、僕を指して「私の中のヒーローですね」と話してくださった(2026年7月3日「IVS2026」に登壇したDeNA南場智子氏によるスピーチより)と聞き、恐縮すると同時に、身が引き締まる思いでした。かつて多くの人に支えてもらったように、今度は自分が、あの頃の自分のような誰かの背中を押す番なのだと思っています。
取材・文/金澤英恵 構成/山口玄太郎(日経BOOKSユニット)、中川ヒロミ(日経BOOKプラス) 写真/小野さやか



