2024年夏、五輪の祭典で盛り上がったパリ。その喧騒からやや東にずれた場所では、およそ230年前にサド侯爵がバスティーユ監獄で『ソドムの百二十日』を書いていた。ノンフィクション書籍『サド侯爵の呪い 伝説の手稿『ソドムの百二十日』がたどった数奇な運命』では、この問題作の流浪と、文学や手稿をめぐる強烈な人々などを描いている。この連載では、本書に関連するが詳しくは触れられていない、フランス史や文学史の印象的なエピソードを、翻訳を手掛けた中西史子さんと金原瑞人さんが紹介する。第二夜のお話は「書物に狂わされた人々」について。『サド侯爵の呪い』を読んでいなくても楽しめる内容です。[ナショナル ジオグラフィック日本版サイトより転載]
『サド侯爵の呪い』には、ギュスターヴ・フローベールの描くような愛書狂を魅了するさまざまな書物が登場する。愛書狂が求める書物の多くは、驚くほど美しい。
たとえば小口絵というものがある。分厚い本の側面の角度を調節すると、絵が現れるという仕掛けがほどこされているのだ。動画もみつかるので(Youtube「A Hidden Art Form You’ll Flip For」など)、機会があればぜひみてほしい。
もっと奇妙なところでは、人間の皮膚で装丁した書物がある。『サド侯爵の呪い』の登場人物のひとり、フレデリック・ハンキーは個人で大量のエロティカの本を英国に持ちこんでいた蒐集家だ。彼の厳選した数少ないエロティックな本のコレクションには、性や死や拷問を想起させる露骨な装丁が施されている。彼は人間の皮膚で装丁したいと考え、できるなら生きている若い女性から剥いだ皮膚を求めていたという。
実際に人皮装丁本が存在するのか調べてみると、おぞましいことにそれはあった。『愛書狂の本棚』(日経ナショナル ジオグラフィック)によれば、18世紀から19世紀頃のヨーロッパや米国では、殺人犯の記録や医学書を人の皮で装丁することが許容されており、19世紀末頃になると、人皮装丁本にはロマンチックな雰囲気さえ漂うようになったそうだ。
羊皮紙33枚、10センチ×12メートル
さて、『ソドムの百二十日』の手稿はどんなものかというと、33枚の羊皮紙を継ぎ足した幅約10センチ、長さ約12メートルの巻物だ。サドはそれを見つからないように「独房の漆喰塗りの石の壁のすきま」に隠していた。
2024年7月頭に出版の記念イベントが麻布台ヒルズの大垣書店で行われることになり、お越しいただいた皆さまに巻物を見ていただこうと、紙で作ってみることにした。なかなか細かい作業で、大雑把な私は、紙の端をぴったりと合わせる作業に難儀した。これをサドが蝋燭の灯りを頼りに看守の目を盗みながら作ったかと思うと脱帽する。
『サド侯爵の呪い』ではこの巻物をめぐる人々のドラマが描かれているが、そうした裏話を持つ作品はほかにもある。たとえば、1950年代のエロティカ小説のベストセラー『O嬢の物語』はもともと、著者アンヌ・デクロ(ポーリーヌ・レアージュの名で出版)が恋人のために、ベッドの上で3カ月かけて書いた親密な物語だったそうだ。
『サド侯爵の呪い』には、こうした作品がいくつも出てくるが、その裏側にあるドラマまでは訳注におさめる紙幅もなかったので、ここで紹介したいと思う。
ジャック・ケルアック『路上』
『ソドムの百二十日』の浄書原稿はさきほど述べたとおり長さ約12メートルの巻物で、裏表に細かい手書きの文字がびっしり並んでいる。
だが、それよりも長いものがあった。ジャック・ケルアックの『路上』だ。
ケルアックはタイプライターの紙を変える作業に創作の邪魔をされないために、タイプ用紙を約37枚の長さにつなぎ合わせて、タイプライターに差しこみ一気に『路上』を書き上げたといわれている。
ちなみに、この1951年の初稿は、『サド侯爵の呪い』に登場するレリティエが立ち上げたアリストフィル社が、かつて展示会に出したこともある代物だ。2001年のオークションでは、240万ドルで落札された。
ところで、『路上』はケルアックがアンドレ・ブルトンの自動筆記(意識的ではない筆記法)よろしく、3週間取り憑かれたように創作に打ちこんで書いたものなのだが、1957年に世に出た版は推敲に推敲を重ねたものだ。それでいえば、ブルトンは自動筆記という点でサドを賞賛していたが、サドはヴァンセンヌに収容されたときから『ソドムの百二十日』を準備しており、バスティーユではその内容を巻物に浄書している。
まあ、それでも、蝋燭の灯りを頼りに、三十七夜で書き上げたことには驚きしかない。
ルイ=フェルディナン・セリーヌ『夜の果てへの旅』
『サド侯爵の呪い』に登場する記者ジェローム・デュピュイは、フランスの古書業界を根底から覆すような詐欺事件に気づき、この事件を記事にした人物だ。
デュピュイはかつて出版業界に着目し、数十年間行方が分からなかったセリーヌの『夜の果てへの旅』の手稿が最近になって発見されたことを報じて有名になったという。『サド侯爵の呪い』には、なぜ原稿が行方知れずになっていたのか、詳しい説明は書かれていない。だが、ちょっと気になったので調べてみると、そのヒントとなるような話があった。
セリーヌはフランス文学を代表する作家であると同時に、反ユダヤ的な評論を書いたことで物議を醸した作家でもある。第二次世界大戦中の1944年に連合軍がノルマンディーに上陸したとき、彼はデンマークに亡命した。その際に複数の手書き原稿をパリに置いていったという。
時を経て、あるジャーナリストがそのうちの『戦争』の原稿を保持していると名乗りを上げ、裁判沙汰となった。『戦争』は1934年に書かれたといわれているが、没後60年にようやく世に出ることになった。『夜の果てへの旅』も亡命時に失われた原稿のひとつだったのだろうか。
H・G・ウェルズ『宇宙戦争』
『サド侯爵の呪い』の登場人物のひとり、フレデリック・キャスタンは、アリストフィル社のレリティエの拝金主義的なやり方に異議を唱えたパリの手稿ディーラーだ。
キャスタンは作品を愛しているが故、取引相手がふさわしい顧客かどうか見極めるために、1938年に放送されたラジオドラマ『宇宙戦争』の台本を披露することにしていた。非常に稀少な台本だったのでそれにどんな反応を示すかを見たかったのだ。
この台本は、映画『第三の男』で名優として知られたオーソン・ウェルズが脚色したものだった。その台本をオーソン自身が朗読したのだが、それがあまりにも真に迫っていたために、リスナーは火星人に地球が侵略されると信じこんでパニックを起こし、さらには警察まで出動したという有名だがにわかには信じがたい話がある。
番組の冒頭で、小説であることは説明していたようなのだが、ほとんどのリスナーをその部分を聞いていなかったようだ。1938年といえば、第二次世界大戦がまさに始まろうとしていた時期であり、世界全体に不安が広がっていた。そう考えると、あり得る話かもしれない。
以上、ここでは3作品を紹介させていただいたが、こうした裏ドラマを持つ作品は、『サド侯爵の呪い』にほかにも出てくるので、注目していただくのも楽しいと思う。
エドワード・ブルック゠ヒッチング著、高作自子訳『愛書狂の本棚 異能と夢想が生んだ奇書・偽書・稀覯書』(2022年、日経ナショナル ジオグラフィック)
afpbb.com/articles/-/3355956
jp.quora.com/jakku-keruakku-no-rojou-on-za-ro-do-ha-dono-you-ni-kaki-age-ra-re-ma-shita-ka
kawade.co.jp/ontheroad/
globe.asahi.com/article/14663752
nationalgeographic.com/science/
article/war-of-the-worlds-behind-the-panic
[ナショナル ジオグラフィック日本版サイト 2024年8月22日付の記事を転載]
ジョエル・ウォーナー(著)、金原瑞人+中西史子(訳)、日経ナショナル ジオグラフィック、2420円(税込み)


