デール・カーネギーが書いた名著『 人を動かす 』(山口博訳/創元社)では、繰り返し、他人に「自己の重要感」を満足させることの重要性を強調しています。PwC Japan合同会社執行役常務の森下幸典さんが読み解きます。『 ビジネスの名著を読む〔リーダーシップ編〕 』(日本経済新聞出版)から抜粋。
「自分は重要な存在」という思いを満たす
『人を動かす』の中で、カーネギーは繰り返し、他人に「自己の重要感」を満足させることの重要性を強調しています。第2章で紹介している「人に好かれる6原則」の項でも、全体を通して、どのようにすれば相手に重要感を抱かせることができるかということを説いています。
カーネギーが多くの例を挙げているように、人に好かれるということは単に私的な生活を豊かにするだけではなく、さまざまなビジネスの局面においても、成功に導くカギとなるのです。6つの原則を順に見ていきましょう。
(1)誠実な関心を寄せる
「友を得るには、相手の関心を引こうとするよりも、相手に純粋な関心を寄せることだ。ところが、世のなかには、他人の関心を引くために、見当ちがいな努力をつづけ、その誤りに気づかない人がたくさんいる」とカーネギーは説いています。
むやみに人の関心を引こうといくら努力しても決して成功することはありません。なぜなら「人間は、他人のことには関心を持たない。ひたすら自分のことに関心を持っている」からです。「人に好かれたいのなら、まずは自分が相手に興味を持つことだ」とカーネギーは言っています。
(2)笑顔を忘れない
笑顔で接していれば、相手も楽しい気持ちになります。ただし、作り笑顔や愛想笑いではかえって逆効果です。「心にもない笑顔。そんなものには、だれもだまされない。そんな機械的なものには、むしろ腹が立つ」とカーネギーは言います。心の底からの「真の微笑」にこそ人をひき付ける力があるのです。
(3)名前を覚える
「名前は、当人にとって、もっとも快い、もっとも大切なひびきを持つことばであることを忘れない」というのが3つ目の原則です。カーネギーは鉄鋼王と呼ばれたアンドリュー・カーネギー(念のためですが、著者のカーネギーとは別人です)のエピソードを挙げて、名前の重要性を示しています。
ある時、商売敵であるジョージ・プルマンと偶然遭遇したA・カーネギーは、前から考えていたそれぞれの会社の合併案を彼に打ち明けました。最初は懐疑的だったプルマンですが、新会社の名前をプルマン・パレス車両会社にすると聞いた途端、目を輝かせ、この商談はまとまることになりました。
関心を見抜き、心からほめよ
(4)聞き手にまわる
ビジネス、特にサービス業や接客業において、顧客の話を聞くというのは非常に重要なことです。それにもかかわらず、「肝心の店員は、良き聞き手としてのセンスにかけたものを雇うデパート経営者がいくらもいる。客の話の腰を折り、客の言葉に逆らって怒らせるなど、客を追い出すに等しいことをする店員を平気で雇っている」とカーネギーは分析しています。実際は「顧客は店員に自分の話を注意深く聞いてもらうことによって自己の重要感が満たされることを欲している」のです。
また、「ささいなことにも、やっきになって文句をいう人がいる。なかにはそうとう悪質なのもいるが、そういう悪質な連中でも、しんぼう強くしかも身を入れて話を聞いてくれる人、じっと終わりまで耳をかたむけてくれる人に対しては、たいていおとなしくなるものである」と指摘します。悪質なクレーマーに対しても、まずはじっくりと相手の言い分を聞くことで相手の気分がおさまり、問題が解決するというのはよくあることです。
(5)相手の関心のありかを見抜き、話題にする
「人の心をとらえる近道は、相手がもっとも深い関心を持っている問題を話題にすることだ」。
カーネギーはこの方法で成功したさまざまな例を挙げ、これがビジネスにおいても非常に有効な手段になることを証明しています。「相手の関心を見抜き、それを話題にするやり方は、結局、双方の利益になる」とカーネギーは言っています。
(6)心からほめる
人を心からほめることは、その人の「自己の重要感」を満たす最も直接的な方法です。カーネギーは「人間はだれでも周囲のものに認めてもらいたいと願っている。自分の真価を認めてほしいのだ。小さいながらも、自分の世界では自分が重要な存在だと感じたいのだ。見えすいたお世辞は聞きたくないが、心からの称賛には飢えているのだ」と言い、他人の「自己の重要感」を満たすことの重要性を再び強調しています。
このように、人に好かれるためには、まず心からその人に興味を持ち、その価値を認めることです。そうすることで、相手はもちろん良い気分になりますが、同時に自分も豊かな気持ちになれるとカーネギーは言います。また、心理的な幸福感だけではなく、ビジネスの場では双方に経済的な利益をもたらすことにもつながるのです。
ただし、自分の目的を達成するためだけにうわべだけの笑顔やお世辞を振りまいても望んだ結果が得られないばかりか、かえって逆効果です。「他人を喜ばせたり、ほめたりしたからには、何か報酬をもらわねば気がすまぬというようなけちな考えを持った連中は、当然、失敗するだろう」とカーネギーは言っています。
自信家と話し好き、どちらが成功?
保険会社の新人営業マン、AさんとBさんの例を見てみましょう。
Aさんはまじめで勉強熱心。自社の商品については同期の社員の中でも誰よりもよく知っていると自負しています。それに対して、Bさんは商品の知識はそこそこですが、人なつっこい性格で、とにかく他人と話すのが好きなタイプです。
営業においてAさんは持ち前の商品知識を武器に自社の商品をとにかくアピールします。相手が話を聞いてくれるまで何度でも訪問し、相手が誰であろうと自社の商品のすばらしさを理解してもらえるまで何度でも難しい商品内容を説明することが自分の使命であると考えています。
一方、Bさんはというと、最初は何気ない世間話から相手の家族構成や趣味、交友関係などを聞き出し、2回目以降は事前にそれらを復習してから商談に臨むことを心がけています。
カーネギーの原則に照らしてみれば、どちらが営業マンとして成功するかはおのずと明らかです。
Aさんのように自分が売る商品のことをきちんと理解しておくことはもちろん大切なことですが、顧客は商品の知識を得たいわけではありません。保険のような難しい商品は説明されても素人がすべてを理解することは困難でしょうし、ましてやまだ購買意欲が十分でない商品のことを延々と聞かされても苦痛でしかありません。顧客からは二度と会いたくないと思われるでしょう。
Bさんのように常に自分や自分の家族のことを気にかけてくれるような人には、誰でも自然と心を許してしまうものです。そして世間話をしているうちに、顧客が自分でも気づいていなかったような保険の必要性を発見することができるかもしれませんし、自分には必要のない場合でも、自分の知人で保険を必要としている人を紹介してくれるかもしれません。
カーネギー、スティーブン・コヴィーから井深大、本田宗一郎まで「名経営者・自己啓発の教え」を学ぶ。第一級の経営学者やコンサルタントが内容をコンパクトにまとめて解説。ポイントが短時間で身に付くお得な1冊。
高野研一(著)、日本経済新聞社(編)/日本経済新聞出版/2640円(税込み)