デール・カーネギーが書いた名著『 人を動かす 』(山口博訳/創元社)では、「人を説得する12原則」を紹介しています。その内容を、PwC Japan合同会社執行役常務の森下幸典さんが具体例を交えて読み解きます。『 ビジネスの名著を読む〔リーダーシップ編〕 』(日本経済新聞出版)から抜粋。

もし上司が誤った発言をしたら

 カーネギーは『人を動かす』の第3章で、「人を説得する12原則」について述べています。ここではその12の原則を、具体例を交えて見ていきましょう。

(1)議論を避ける
 カーネギーは真の意味で議論に勝つことは不可能と考えます。なぜなら、たとえ議論に勝ったとしても、相手は劣等感を持ち、自尊心を傷つけられ憤慨するからです。「議論に負けても、その人の意見は変わらない」というのがカーネギーの結論です。

 例えば、営業方針について同僚と意見の不一致があった場合、議論をしても、お互いが自分の考えの正しさを主張することになり収拾がつかなくなることはよくあります。こうした場合には、相手の考えを称賛したり、慰めやいたわりの心を持って相手の立場で同情的に考えて話をしたりする方が効果的でしょう。

(2)誤りを指摘しない
 誤りを指摘されると、人は自分の知能、判断、誇り、自尊心を傷つけられることになります。人を説得するために誤りを指摘しても効果がないのは、傷つけられるのが論理ではなく感情だからです。

 あなたの上司が誤った発言をした場合に、すぐに誤りを指摘するのではなく、その点についていろいろと上司に尋ねるうちに、上司は自然と自分の誤りに気づくかもしれません。その方が上司も恥をかくことがなく、あなたとの関係が悪くなることもないでしょう。

意見の不一致があった場合、相手の考えを称賛したり、慰めやいたわりの心を持って相手の立場で同情的に考えて話をしたりする方が効果的だという(写真:shutterstock)
意見の不一致があった場合、相手の考えを称賛したり、慰めやいたわりの心を持って相手の立場で同情的に考えて話をしたりする方が効果的だという(写真:shutterstock)
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(3)誤りを認める
 カーネギーは、自身に誤りがある場合、相手に指摘されるよりも前に自分で誤りを認めるべきだと考えます。

 もしあなたが仕事で何か失敗をしてしまった場合、上司に対して責任回避のための言い訳をするのではなく、まずは自分の誤りを認めて、その次に問題の所在と解決策を報告した方が、上司の印象もだいぶ変わってくるでしょう。

(4)おだやかに話す
 腹が立ったからといってけんか腰で話をしても、相手が気持ちよくこちらの思い通りに動いてくれることはまずありません。カーネギーは、人を無理に自分の意見に従わせることはできず、やさしい打ち解けた態度で話し合うことで相手の心を変えることができると言います。

 部下がミスだらけの企画書を持ってきた場合、大声で叱ってやり直しをさせるより、部下の努力をねぎらって優しい言葉をかけながらやり直しを依頼した方が、部下も気持ちよく企画書を作り直すことができるでしょう。

雑談でぜひ敷いておきたい「伏線」

(5)イエスと答えられる問題を選ぶ
 人と話をする際には、意見が一致していることを示し、それを絶えず強調しながら話を進めることで、互いに同一の方向に向かって努力していることを理解させることが重要です。何度も「イエス」と言うことで相手の心理は肯定的な方向へ動き始めます。商談の場においても、具体的な商談に入る前の雑談の時から相手に「イエス」と言わせる話題を振っておき、徐々に商談へ話題を進めていくことで、顧客の心理状態も大きく左右されるのではないでしょうか。

(6)相手にしゃべらせる
 カーネギーは、相手を説得しようとして自分がたくさんしゃべるのは得策ではなく、相手に十分しゃべらせるべきだと考えます。人は他人の考えに興味はなく、自己の重要感を満たしたいと考えているからです。

 顧客から要望を聞き出したい場合には、たとえビジネスに関係のない話でも我慢して聞くことが大切です。辛抱強く話を聞いて、相手が気持ちよく話し終わったところで本題に移った方が、相手も気持ちよく受け答えしてくれるでしょう。

(7)思いつかせる
 人は、他人から押し付けられた意見よりも、自分で思いついた意見をはるかに大切にするとカーネギーは分析しています。したがって人に意見を押し付けるのではなく、暗示を与えて相手に結論を出させるべきだと考えます。

 問題を抱えている部下に対するフィードバックでは、「ここが駄目だからこう改善しろ」と言うのは効果的ではないでしょう。部下の抱えている問題点をうまく聞き出し、自分の経験を生かしてヒントを与えながら、本人に今後の改善策を考えさせる方が効果的でしょう。

(8)人の身になる
 カーネギーは、人の行動には相当の理由があるはずで、それを理解することで、相手の行動や性格に対する鍵まで握ることができると考えます。

 顧客との交渉の場において、自社の要望を主張するだけでうまくいくことはまずありません。まずは相手の要望を聞き出し、背景にある考えや状況を理解して、それに応じた提案をしていく方がよほど効果的でしょう。そのためには入念に顧客についての事前調査を行い、話し合いの場においては、相手の主張を辛抱強く最後まで聞き続けることが必要となるでしょう。

事実を述べるだけでは不十分

(9)同情を持つ
 カーネギーは、相手の4分の3はみな同情に飢えており、相手との口論や悪感情を消滅させて、相手に善意や好印象を持たせるためには、同情を与えることが必要だと言います。

 得意先からクレームが入った場合には、「××様がおっしゃるのはもっともです。もし私が××様の立場だったらまったく同じ思いを抱くでしょう」と話を始めて、相手に同情を示すことで、相手の印象は変わってくるのではないでしょうか。

(10)美しい心情に呼びかける
 カーネギーは、「人は誰でも理想主義的な傾向をもち、自分の行為については、美しく潤色された理由をつけたがる」と言います。したがって、この気持ちに訴えかけるのが有効と言います。

 例えば、営業上のトラブルにより、顧客からの支払遅延が生じている場合に、こちらから一方的に支払いを求めるのは得策でないかもしれません。かえって相手も感情的になり、支払いがますます遅延してしまうかもしれません。得意先としても支払義務を果たしたいと思っているはずであり、相手の公正な判断に訴えることが必要でしょう。

(11)演出を考える
 相手を説得するためには単に事実を述べるだけでは不十分で、事実に動きを与えて興味を演出すべきだとカーネギーは言います。

 とあるテーマパークへ営業を行う際に、休日に営業チーム全員でそのテーマパークを訪れ、その時に撮った写真を提案書の中に盛り込んだという話を聞いたことがあります。ただ単にセールスポイントを説明されるだけよりも、こうした演出がなされた提案書の方が、顧客にとって受けが良いのではないでしょうか。

(12)対抗意識を刺激する
 カーネギーは、人は優位を占めたいという欲求や重要感を得たいという欲求を持っており、これを刺激することが人を説得する上で重要だと考えます。

 会社内に各営業チームの成績を貼り出したり、毎月、営業優秀者を表彰したりするのは、こうした各チームやメンバー間の対抗意識を刺激し、より一層営業に力を入れさせるためのうまい方策と言えるでしょう。

『人を動かす』の名言
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