「無印良品」を展開する良品計画の業績が好調だ。3期連続の過去最高益を見込み、株価は3年前と比べて5倍ほどに伸びている(株式分割考慮ベース)。「なぜ今、好調なのか?」と考えていくと、メディア露出の少ない前社長・堂前宣夫氏の存在が浮かび上がる。ライバル「ユニクロ」を展開するファーストリテイリングから転じた堂前氏が、良品計画の再成長に向けて立てた戦略とは? 新刊『 MUJI解剖 ヒットを生み続ける「問いの立て方」 』から抜粋して紹介する。(文中敬称略)
Japan Transformers──。ゴールドマン・サックス証券投資調査部長の河野祥らは2025年3月、変化を遂げる日本企業を紹介するリポートの第1弾で良品計画を取り上げた。
26年8月期の連結決算では、純利益が前期比32%増の670億円と、3期連続の最高益を見込む。株価は8月12日に一時、上場来高値(株式分割考慮ベース)となる4625円をつけた。時価総額は26年8月上旬時点で約2兆3000億円となり、上場する国内小売業で5位につける。
「劇薬」社長の就任
変化の起点は21年、「第二創業」を掲げて取り組んだ改革にある。先頭に立ったのが、同年に社長に就いた、堂前宣夫だ。

堂前は1993年に東京大学大学院工学系研究科を修了後、マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社。ユニクロを展開するファーストリテイリング(ファストリ)などを経て、2019年に良品計画に入った。
ファストリでは最高戦略責任者(CSO)や欧米事業の責任者などを歴任し、柳井正会長兼社長の後継候補と目されていた。
ある大手小売企業の経営者は堂前について「非常に優秀で、小売業への知見も並外れている」と一目置く。
良品計画の母体であるセゾングループ出身者以外が社長になるのは、堂前が初めて。異質の経営者として、組織に化学反応をもたらす劇薬効果を期待された。
堂前による一連の改革は、商品からマーケティング、出店、店舗運営、サプライチェーン(供給網)、人材まで多岐にわたる。これらの施策が組み合わさり、成果を生んだ。具体的な中身を見ていこう。
無印良品はファンケル・ノエビアを超える化粧品ブランド
良品計画は国内の既存店売上高(オンライン含む)が、25年8月まで19カ月連続で前年同月を上回った。26年8月期は前年を割り込む月も出たが、上期全体では前年の水準を保った。
好調が続いた背景は、客数と客単価の増加にある。
顧客が日用品や食品など購入頻度の高い商品を目当てに訪れ、他の商品も一緒に買うことで、全体を底上げしている。
起爆剤となったのは、化粧品やフレグランスを扱うヘルス&ビューティー分野だ。25年8月期で国内の年間売上高は1000億円に達した。
なかでも大きなヒットとなったのが、23年に発売したスキンケア用品「発酵導入美容液」。米ぬかを発酵させた成分を使いつつ、アルコール分は取り除いて肌への刺激を抑えた。

一般的な美容液はベースとなる成分に水を使う。発酵導入美容液は水を一切使わず、発酵成分や保湿、美容成分からなる。
化粧品は原価率が低く、販促やマーケティングなどにコストがかかる。無印良品は、自ら店舗を持ち一定の集客力を備えている。化粧品メーカーよりも広告費を抑えられ、高品質な商品を安価につくれた。
矢野経済研究所によると、国内の化粧品市場は24年度で2兆5800億円。花王や資生堂、コーセーなど国内勢のほか、韓国や欧米のブランドとの競争が激しい。
それでも良品計画はファンケルやノエビアのスキンケア・化粧品事業を超える規模に成長した。国内市場でのシェアは4%程度だ。
もともと無印良品は日常生活で手軽に肌の健康を整えられる商品として、化粧品を開発してきた。天然由来の成分を中心とし、子どもやアレルギーを持った人を含め、幅広い層に使いやすくした。
生活雑貨を統括する良品計画上席執行役員嶋崎朝子は「化粧品も日用品として考えてきた」と強調する。
そんな「日用品としての化粧品」というコンセプトに基づき、23年にスキンケア用品の大規模なリニューアルを実施した。
化粧品は堂前が主導した改革を象徴する商品だ。良品計画は第二創業のもとで、化粧品のほか、ティッシュやポリ袋など日用消耗品の拡充を打ち出した。
狙いは顧客の来店頻度を高めること。そして、ビジネスモデル転換の一手でもある。品ぞろえと店舗の立地を変え、客層を広げようとしたのだ。
従来の無印良品は、都市部の人々に洗練された生活を提案してきた。店舗は都市部の駅ビルやファッションビルなどを中心に立地し、コアなファンをつかんだ。
90年代に100円ショップなど低価格帯の競合が台頭した中、各商品領域の規模が小さい無印良品としては、合理性のあるポジショニングだ。
食品スーパーと無印良品さえあれば生活できる
企業の単一市場でのポジショニングを類型化したモデルとして、経営学者フィリップ・コトラーが提唱した競争地位の4類型が有名だ。
企業の立ち位置を①業界最大手の「リーダー」、②最大手の座を狙う「チャレンジャー」、③ニッチな市場ですみ分けを図る「ニッチャー」、④競合企業を模倣する「フォロワー」に大別する。
この類型で言えば、無印良品はニッチャーを志向していた。
しかし、堂前はニッチなビジネスモデルが飽和状態に近づき、出店余地が限られているとみた。
加えて、2010年代後半にはダイソーや3COINSといったプレーヤーが、100円や300円といった価格帯よりも高い商品に力を入れ始めた。
為替の円安や海外の賃金上昇により、商品の調達コストが高まったためだ。ニッチだったはずのポジションは、競合他社からの突き上げが強まった。堂前は「無印良品の独自性や優位性が縮小してきている」という危機感を持った。値下げもしたが、対症療法には限界があった。
そこで堂前が目指したのが、食品スーパーと無印良品さえあれば生活の基本を整えられる、日常使いの店だ。
主軸だった都市部への出店に加え、郊外に売り場面積が約600坪(約2000㎡)の大型店を積極出店する方針を打ち出した。そして、郊外店舗を普段使いしてもらえるよう、日用消耗品の品ぞろえ強化にも乗り出した。
「原点との乖離が見られる」
実は、堂前は戦略を定めるにあたって、無印良品の創業者である堤清二の言葉をひもといている。強く意識したのが、無印良品が西友傘下だった1984年、堤が発した言葉だ。
当時の発言について『セゾン 堤清二が見た未来』が詳しく紹介している。
改革推進に用いた創業者の言葉
「84年12月29日。西友の商品企画室ミーティングで、堤が発言した内容のメモが残っている。(中略)堤は出席者に対し、謎かけのような質問をした。
『もういっぺん、無印良品とは何かをはっきりさせる必要がある。それは、①合理化なのか、②新生活運動なのか、③消費者の自由を確保することなのか、④ファッション・デザイン性なのか』
『それがはっきりするまで、新アイテムは追加しなくていい。コンセプトが曖昧になったら終わりである』
出席者にしばらく考えさせた後、堤はこう述べた。
『やはり、③消費者の自由の確保が中心であり、①②④は要素ではないか。(以下略)』」
難解な発言だ。つまり、堤によれば、無印良品の核心は生活者中心の発想にある。それ以外のコスト削減や商品のデザイン性、ライフスタイルの提案というのは、生活者視点を突きつめた結果生じる要素にすぎない、というわけだ。
堂前は、無印良品の原点にある考え方は、自身が構想したビジネスモデル転換に整合していると解釈した。
郊外への出店には、無印良品のブランドを毀損するという懸念がつきまとった。しかし、堤の発言を基にすれば、郊外に無印良品が進出し、最寄りの買い物先が限られる住民に選択肢を提供することは、消費者の自由を確保することにほかならない。
堂前は無印良品について「一部社内の認識や社外からの認識に、原点との乖離が見られる」と語っていた。
従来のビジネスモデルに執着するのは、無印良品の本質を見誤っているというのが、発言の真意だろう。
堂前はこうした認識の明文化にも乗り出した。
新しい定款に盛り込んだ「土着化」
良品計画は21年、企業理念を刷新して「二つの使命」を定めた。
21年の定時株主総会で会社の憲法とも言える定款に、次のように盛り込んだ。
(1) 当会社の第一の使命は、誠実な品質と倫理的な意味を持ち、生活に欠かせない基本商品群、基本サービス群を、手に取りやすい適正な価格で提供することである。
(2) 当会社の第二の使命は、当会社の展開する店舗が、その地域のコミュニティセンターとしての役割を持ち、地域のステークホルダーの皆様と共に、地域課題に取り組み、地域への良いインパクトを実現することである。
第一の使命は、まさに堂前が構想した新たなビジネスモデルを表している。そして二つ目は、店舗が人々の生活圏に根ざすこと、そして地域との共生関係を築くことへの決意だ。
良品計画は(堂前の2代前の)金井(政明)の社長時代から、地域課題の解決に貢献する「土着化」と呼ぶ取り組みに力を入れてきた。第二の使命はその路線の継承と言える。
堂前はよって立つ理念を明確にした上で、ラディカルな改革を本格化していく。キーワードは「日常生活の基本商品」と「全国津々浦々への出店」。再び具体的な施策を見ていこう。
(次回に続く)
[日経ビジネス電子版 2026年9月10日付の記事を転載]
梅國 典(著)/日経BP/2200円(税込み)
