前回(「イーロン・マスク氏が実現したトヨタ生産方式の理想形 6~7倍速で工場設計」)は、米テスラの最新鋭工場「ギガテキサス」に、トヨタ生産方式を生んだ大野耐一氏(元トヨタ自動車副社長)が夢見た理想形が息づいていることを見た。だが、テスラのイーロン・マスク最高経営責任者(CEO)のものづくりはトヨタ生産方式そのものではない。大野氏が生んだトヨタ生産方式と、マスク氏が重視する第一原理主義。どちらも「ムダを排除し、本質だけを残す」という理想を掲げる点では同じだが、答えの導き方が根本的に異なる。
 テスラ元最高技術責任者(CTO)のジェービー・ストローベル氏は「トヨタ自動車の技術者たちと長い時間を共に過ごす中で、トヨタ生産方式を尊敬するようになった」と語る一方、テスラは2018年、電機自動車(EV)セダン「モデル3」の量産で工場の駐車場にテントを張らなければならないほどの失敗も経験。その神髄を理解していなければ意味がないことを思い知ったとも明かした。スターシップの機体素材、サイバートラックの外観、そして特許データ……。書籍『 データで徹底解剖 イーロン・マスク帝国 』(日経BP)から一部を抜粋・再構成してお届けする連載の第2回では、マスク氏はトヨタ流を尊敬しながらもそこから離れ、第一原理主義を貫いた過程を取り上げる。

(写真=スペースX)
(写真=スペースX)

 大野氏が生んだトヨタ生産方式と、マスク氏が重視する第一原理主義。どちらも「ムダを排除し、本質だけを残す」という理想を掲げる点では同じだが、答えを導き出すまでのアプローチが根本的に異なる。

 トヨタ生産方式では、現状のやり方の中にムダを見つけ、排除することで本来の姿に立ち返る。いつの間にか着込んでしまった服をどんどん脱いでいくイメージだ。一方の第一原理主義は、これまでのやり方を一切捨て、まっさらな状態から物理原則にまで立ち返って解決策を導き出していく。まずは真っ裸になり、必要な服だけをゼロからこしらえて着るイメージだ。マスク帝国の工場が、ギガからメガ、テラと進化を遂げる中で(EVを作るギガ、大型蓄電池「メガパック」を作るメガ、AI半導体とヒューマノイドロボットを作るテラ。単位の大きさはメガ<ギガ<テラだが、工場の世代としてはこの順に登場した)、どれも全く異なる生産方式にたどり着いていることからも、マスク氏がトヨタ生産方式から脱却し、第一原理主義に基づいてものづくり革命を起こしていることが分かる。

 ただ、テック企業しか知らなかったマスク氏が、製造業を始めた時、関連書籍を読みあさりトヨタ生産方式をとことん学んでいたことはよく知られている。テスラの草創期をマスク氏と共に支えた元最高技術責任者(CTO)、ジェービー・ストローベル氏は、筆者の取材(22年実施)に対してこう語っている。

 「(テスラの草創期に)トヨタの技術者たちと長い時間を共に過ごす中で、トヨタ生産方式を尊敬するようになった。非常に高い品質の製品を量産するというマインドセットを受け継いだと感じている」

 実はテスラは18年、EVセダン「モデル3」の量産で不良品を続出し、これでは生産目標の週5000台を達成できないと、カリフォルニア州フリーモントの工場の駐車場に即席でテントを張り、そこにも生産ラインを作ったという荒技を実行したことがある。マスク氏もストローベル氏も工場に泊まり込み、寝る間を惜しんで生産ラインの修正を続けた。

 ストローベル氏にこの時の失敗の理由を聞くと、「自動化を急ぎすぎた」との答えが返ってきた。トヨタ生産方式の神髄を理解せずにただまねて成功するほど、製造業の道が甘くないことを、痛感したわけだ。

 机上の空論ではなく、身をもって、とことん学んだ先にあったのが、現在の第一原理主義に基づくものづくり革命だ。その顕著な事例は、生産方式だけでなく多岐にわたる。例えば、素材選び。その代表例をスペースXの巨大ロケット「スターシップ」の機体素材の選び方に見ることができる。

常識を覆すのではなくゼロから考える

 巨大なロケットが大気圏を脱出する時、軽量化が欠かせない。自動車などでは燃費向上を図るため、鉄に比べて軽いアルミ合金や炭素繊維を車体などに採用するのが一般的だ。ロケットにも同じ発想を持ち込むなら、アルミ合金や炭素繊維という答えになり、競合他社はこれらの材料を選んでいる。スペースXも、ファルコン9などでは競合他社に似た素材を採用したが、スターシップでは筐体(きょうたい)に重いはずのステンレス鋼を採用している。

 当初はスターシップの筐体も炭素繊維で設計する予定だった。だが、スターシップほど巨大、かつ火星への行き来を繰り返す想定の場合、アルミ合金や炭素繊維では耐えられないことが分かってきた。両素材では150〜200度が限界で、大気圏突破と突入の極端な温度差に対応できない上、コストが高いという問題もあった。

 ある日、マスク氏は技術者との対話の中で、ステンレス鋼が極端に低い温度、例えば宇宙空間のマイナス270度といった環境下では強度が50%増すことに気づいた。宇宙空間に出てしまえばステンレス鋼で事足りるが、問題は大気圏突破と突入の際の、数百〜1600度という高温に耐えられるかどうか。様々な方法を検討した結果、ステンレス鋼の筐体の表面に薄いセラミックタイルを貼れば耐熱問題も解決できると分かった。しかも、コストは航空宇宙向けアルミリチウム合金の7分の1、炭素繊維の50分の1で済むのだから一石二鳥だ。

 こんな事例は枚挙にいとまがない。サイバートラックの車体は直線的な形状が印象的だが、これも第一原理主義の産物だ。通常のピックアップトラックは「ボディー・オン・フレーム」という構造が採用されており、強度の高いフレームの上に、我々の目に見えている外側のボディー(車体)が載っている。マスク氏に言わせればこれは「(本来は必要のないボディーという)荷物を運んでいるだけ」。ならばボディーそのものに強度の高いフレームの機能を持たせればいいと、ステンレス鋼のフレーム兼ボディーを採用したのだ。

テスラのピックアップトラック「サイバートラック」。ステンレス鋼のフレーム兼ボディーを採用したことで、数カ所を曲げるだけで成型できる特徴的なフォルムが生まれた(写真=テスラ)
テスラのピックアップトラック「サイバートラック」。ステンレス鋼のフレーム兼ボディーを採用したことで、数カ所を曲げるだけで成型できる特徴的なフォルムが生まれた(写真=テスラ)

 ただし、強度が高いステンレス鋼を採用すると、今度は加工が難しくなる。そこで数カ所を曲げるだけで済む、あの特徴的な外観が誕生したというわけだ。その後の量産化の過程で、コストや製造のしやすさから、実際にはボディー・オン・フレームに近い構造になったとみられるが、第一原理主義から生まれた外観は残った。

 スターリンクの衛星に筐体がなく、むき出しの板のような形状をしているのも、第一原理主義的な着想からだ。「そもそも箱は要るのか」という根本的な問いに立ち返り、不要だと判断した。業界の慣習を前提とせず、物理法則だけをよりどころにするマスク流のものづくりは、日本の製造現場でもヒントをもらえそうだ。

宇宙空間で展開されるスターリンク衛星群。筐体を持たないむき出しの板状の構造は、「そもそも箱は要るのか」という問いから生まれた(写真=スペースX)
宇宙空間で展開されるスターリンク衛星群。筐体を持たないむき出しの板状の構造は、「そもそも箱は要るのか」という問いから生まれた(写真=スペースX)

大きくすればコストが下がる

 トヨタ生産方式の神髄を理解せずにまねても成果が出ないのと同じで、第一原理主義もむやみに取り組むと痛い目を見る。第一原理主義で最も重要なのは「何を達成したいか」の目的を明確にすることだ。

 スターシップの全高は124メートルで、建物に換算すると約40階建てのビルに相当する。これほどの大きさの構造物を大気圏外に運ぼうとすると、莫大なエネルギーを必要とし、技術的にも難易度が高いことは容易に想像できる。では、なぜそんな難しいことをあえてやろうとするのか。

 その答えは、スペースXの現場をよく知るエンジニア、エリックさんの言葉にある。「(スターシップの)目的関数は、火星にペイロードを送るコストをキログラム当たりで最も安くすることだ」。これがスターシップで成し遂げたい目的だ。マスク氏はエンジニアたちとの会議で、何度もこの目的を口にしたという。

テキサス州ボカチカの発射台に立つスターシップ。全高124メートルは約40階建てのビルに相当する(写真=スペースX)
テキサス州ボカチカの発射台に立つスターシップ。全高124メートルは約40階建てのビルに相当する(写真=スペースX)

 過去20年でLEO(低軌道)への打ち上げコストは劇的に変化した。スペースシャトル時代は1キログラム当たり約5万4500ドル。ファルコン9によるブースターの再使用化によって一気に1500ドル以下に下がり、スターシップでは200ドル以下を目指している。ポイントは「1キログラム当たり」というところ。1回の打ち上げでより多くのペイロードを運べれば、当然、1キログラム当たりのコストは下がる。簡単な算数だ。

 ファルコン9は1回の打ち上げで約22トンのペイロードを低軌道に運べる(ブースターを再使用しない場合)。スターシップは150〜250トンを同等のコストで運ぶことを目標としている。最大で11倍の輸送能力となるため、1キログラム当たりに換算すると11分の1になるというわけだ。

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 「あんな巨大なものを打ち上げるなんて、単に注目されたいだけではないか」という批判もある。だが、一見、ばかげていると思えるマスク氏の取り組みにはすべて、北極星(人類を火星に移住させる、意識を保存するという目的)に向かうために編み出した科学的な根拠がある。感情的に見えるマスク氏の経営判断は、むしろ冷静かつシンプルなのだ。

特許が示すテスラの「設計哲学」

 第一原理主義のものづくりは、テスラの特許データにも表れている。10年1月〜25年12月までにテスラおよび競合他社が申請した特許を比較した(下の図)。まず、10年から25年にかけての推移を見ると、テスラの出願数はグラフの底辺に張り付いたまま推移している。マスク氏は「特許は弱者のためのものだ」と公言し、核心的な技術は特許化せず企業秘密として守る戦略を取っている。特許を出願すれば技術の詳細を公開する義務が生じ、競合他社への「技術地図」になってしまうからだ。

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 注目すべきは中国の自動車大手、比亜迪(BYD)だ。22年ごろから出願数が急増し、24年にはトヨタを上回っている。特許出願を武器に技術覇権を握ろうとする中国の国家戦略が、このグラフからも垣間見える。

 テスラとトヨタ自動車の申請特許の内訳を比較したのが下の図だ(対象期間が上の図とは異なるため、申請特許件数も異なる)。申請特許の合計はテスラがトヨタの約26分の1。内訳を見ると、トヨタが車両・EVで33.7%と最も多い割合の特許を申請しているのに対して、テスラはバッテリー・電気素子が39.4%、ソフトウエア・人工知能(AI)が18.6%、モーターが13.5%で、車体構造そのものに関する特許は2.4%とほとんどなかった。

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 これはガソリン車という既存の枠組みを前提に改良を重ねてきたトヨタと、初めからEVを思考し、「そもそも自動車とは何か」を物理法則から問い直したテスラとの、根本的な設計思想の違いを映し出している。既存の前提を捨て、何が人々の移動手段の動力源として最適か、何が走行制御の本質かをゼロから考えた結果が、バッテリーとAI、モーターへの集中だったとみられる。

 テスラの発想は、業界の常識を根底から覆した。ギガプレスによる大型アルミ一体成型という手法は、かつては「非現実的」とされていた。ところが今、トヨタ、米ゼネラル・モーターズ(General Motors)、スウェーデンのボルボ(Volvo)が相次いでギガプレスと同じギガキャスト(大型鋳造)の採用に踏み切っている。

 大野氏の言葉「(正義の忍者の)猿飛佐助がドロンと言ったら、製品が完成している」ことに今、最も近い位置にいるのがマスク氏率いるテスラではないだろうか。時代も国も異なる二人が、ものづくりの本質を真剣に考えた末、たどり着いた結論が同じという点には強い興味を引かれる。

(次回へ続く)

[日経ビジネス電子版 2026年9月17日付の記事を転載]

EV(電気自動車)、通信衛星、人型ロボット、AI、ロケット……。次々と事業を展開して世界を驚かせる実業家イーロン・マスク氏。本書は、元・日経ビジネスNY支局長である著者の長年の取材の蓄積と共に、「マスク帝国」の資産や人脈、事業規模、サプライチェーン(供給網)、さらに地政学的な影響におよぶ入手可能なデータの分析により、その実態を徹底解剖していく。

池松由香(著)/日経BP/2420円(税込み)