顧客によって行われる「カスタマーハラスメント(カスハラ)」が大きな社会問題になっています。2026年10月からは、企業がカスハラ対策をとることが義務づけられるようになります。カスハラと正当なクレームとの違いは? どのような対策をとればいいのでしょうか。こうした疑問に、労働法学者でハラスメント対策に詳しく、カスハラ関連の法案審議などにも関わった原昌登・成蹊大学法学部教授に答えてもらいました。カスハラ対策を考えるために役立つ本も紹介します。
企業に義務づけられるカスハラ対策とは?
私はこれまで労働法、特にハラスメントの問題を研究してきました。パワーハラスメント(パワハラ)について法制化される際は、有識者会議(職場のパワーハラスメント防止対策についての検討会)の委員を務めました。カスタマーハラスメントについても、全国で初めて制定された東京都のカスタマー・ハラスメント防止条例の検討部会の委員を務めたほか、国会における関連法案の審議の際には衆議院厚生労働委員会に参考人として出席しました。
2026年10月1日から、改正労働施策総合推進法により、カスハラ対策が義務づけられます。事業の規模にかかわらず、すべての事業主が対策を講じなくてはなりません。
まず、(1)方針の明確化と周知・啓発で、これは、カスハラに毅然とした態度で対応し、労働者を保護する方針を明確化するとともに、カスハラへの対処の内容等を定め、労働者に周知・啓発していくことです。
次が(2)相談体制の整備で、相談窓口等を設置する必要があります。なお、窓口を設置するだけでなく、相談担当者が適切に対応できるようにマニュアルを整備することなども含まれます。
そして、(3)発生時の迅速・適切な対応も当然必要となります。事実関係を迅速かつ正確に確認し、被害者をフォローするとともに、必要に応じ再発防止の措置も求められます。
それから(4)特に悪質なカスハラについて、対処の方針(警察への通報など)を定め、対処できる体制を整備しておくことが求められます。特に悪質なケースについては顧客側への働きかけも重要になるということです。
最後に(5)相談者のプライバシーの保護等も必要です。カスハラを相談した労働者のプライバシーの保護(マニュアルの整備等)、そして、相談したことによって不利益を受けない旨を定め、周知・啓発することなどが必要となります。
以上の対策の義務、すなわち、「防止措置義務」を怠ると、刑事罰はありませんが、各都道府県の労働局から事業主に対し指導や勧告などが行われる仕組みになっています。「法律違反で行政から指導を受けた」という事実だけでも、企業にとって社会的評価(評判)の低下につながるかもしれませんね。法律上の義務として、きちんと対策を進めなくてはなりません。
「正当なクレーム」とカスハラの違いは?
とはいえ、「何から始めればいいのか」「カスハラとクレームの違いは?」といった疑問があるかもしれません。そこで今回は、カスハラを理解し、対策をとるために役立つ本を紹介します。
同じハラスメント関連では、2019年の法改正でパワハラが法制化され、防止措置が事業主に義務づけられましたが、そのころは、「カスタマーハラスメント」といっても「何のこと?」という状態だったように思います。ここ数年で「カスハラ」という言葉が認知されるようになった背景には、「顧客の言動であってもハラスメントに当たることがあるんだ」という理解が広まったことがあります。
カスハラに当たる行為は昔からあったと思います。それを「よくあること」「仕方がないこと」だと捉えていたけれども、「これはハラスメントなんだ」「働く仲間を守らなくてはいけない」と意識が変わり、問題が表面化したと言えます。
では、カスハラとクレームはどう違うのでしょうか。どちらも顧客からの声ですが、「正当なクレーム」であれば業務の改善に役立つ面があります。そうした正当なクレームと悪質なクレーム、つまりカスハラを見分けるポイントは2つあります。それは「内容」と「態度」です。
例えば、商品にわずかな不備があり、修理や交換で対応可能であるにもかかわらず、迷惑料として多額の金銭を要求するなど「内容」がおかしいとき。あるいは、内容はともかく、怒鳴りつけたり、胸ぐらをつかんだりするなど「態度」に問題があるとき。このどちらかに問題があれば、それはカスハラと判断されることになります。つまり、要求が妥当であっても怒鳴りつけてはいけませんし、逆に、口調が穏やかでも「1000万円要求します」などと根拠もなく求める場合もアウトです。
なぜカスハラ対策が必要かというと、一番は労働者への影響が懸念されるからです。心身にダメージを受けると仕事への意欲が失われ、精神疾患になったり、退職につながったりする心配があります。
また、顧客にも悪影響が生じます。例えば、飲食店で隣の客がカスハラで騒いでいたら、楽しい気分で食事をすることはできませんよね。さらに、店員がカスハラに対応することで、自分が十分なサービスを受けられない可能性もあります。カスハラは顧客、従業員、会社の三者に不利益が生じる事態なのです。
カスハラ対策の決定版
では、実際に、会社としてどう対応すればいいのでしょうか。それが分かる本が『 カスハラ対策実務マニュアル 』(香川希理編著/島岡真弓、松田優、上田陽太著/日本加除出版)です(2026年10月に新版が刊行予定。リンクは新版のもの)。
弁護士の香川希理さんをはじめとする執筆者のみなさんは、カスハラが社会で広く知られるようになる前から問題解決に取り組んできた方々です。「大量のメール」「土下座の要求」といったさまざまなカスハラへの対応の実務や予防策、実際の裁判事例などが紹介され、カスハラ対策の決定版とも言える1冊です。法的な知見をもとに、小売業界や食品業界など業界ごとに具体的な対応のポイントがまとめられているので、すぐに役立つはずです。
カスハラは業界ごとの取り組みが重要です。なぜかというと、業界によって起きやすいカスハラがあるためです。
例えば、運送業界であれば、ドライバーが荷物を届けた先で怒鳴られる、コールセンターの担当者が罵声を浴びせられるといったことがあるでしょう。そうした中で、各社の取り組みがバラバラだと、「あの会社は客が強い態度に出れば対応してくれる」「他社では対応してくれたのに、なぜお宅の会社はできないのか」などと新たなカスハラにつながりかねません。
また、建設業界なら建設業法、金融業界なら金融商品取引法など、業界ごとの「業法」があります。例えば飲食店であれば、カスハラがあったときに客を出入り禁止にできるかもしれませんが、金融機関では「今日限りで口座を解約します」ということは難しい場合があるでしょう。今後、業界ごとの法規制やルールについて監督官庁等と議論していくためにも、業界がまとまって取り組むことが重要なのです。
カスハラに関する書籍は今後さらに増えると思いますが、まずはこちらを読んで対策のポイントと実務を学ぶのがお薦めです。
カスハラ解決の筋道を提示
続いて紹介するのは、先ほどの本の著者、弁護士の香川希理さんと私の共編著である『 カスタマーハラスメントの理路と実務 』(商事法務)です。こちらも2026年10月に出版予定で、最新の知見を記した1冊となります。
理路とは「理路整然」の理路です。この本のタイトルが「理論」ではなく「理路」となっているのは、カスハラについて考えていく「筋道」を示したいという思いがあったからです。
カスハラを法律で扱う際、メインの分野は労働法で、「働く人を守る」ことになります。しかしそれだけではなく、企業間のB to Bの関係で起きるカスハラの問題には経済法、カスハラの現場を録音・録画する場合には個人情報保護法、さらに賠償責任に関しては民法など、さまざまな法律が関係してきます。そうした中で、「法的にこういう論点があって、このように考えることができる」「今後はこう考えていくべきではないか」などと社会に発信したいという思いを、「理路」という言葉に込めています。
次回もカスハラ対策に役立つ本を紹介します。
(後編に続く)
文/三浦香代子 写真/稲垣純也


