伝え方で、損をしていませんか? 脳科学者の中野信子さんによると、私たちには「つい、言い過ぎやすい」「相手の言い過ぎに過敏になりやすい」性質があるといいます。本連載で実施した、これらの性質が原因で起こる「コミュニケーションの悩み」アンケートには、たくさんのリアルな悩みが集まりました。連載4回目からは、お笑い芸人のブラックマヨネーズの小杉竜一さん・吉田敬さんをお招きして、より良いコミュニケーションの方法について考えます。鼎談(ていだん)第1回は、「本心の伝え方」。自分自身がストレスをためずに良好な人間関係を築く方法を考えます(この鼎談を中野さん視点で読み解いた内容を新刊『 エレガントな毒の吐き方 脳科学と京都人に学ぶ「言いにくいことを賢く伝える」技術 』に収録しています)。
京都の笑い、大阪の笑い
中野信子(以下、中野):京都の方をお誘いすると、「おおきに」とだけ返されるときがあります。これは、はっきりとNOとは言われていませんが、メッセージとしてはNOですよね。言いたいことをストレートに口にしてしまう私からしたら、はっきり言わずに本心を伝える「京都のコミュニケーション」は、高度で、学ぶことがとても多いんです。
お笑いって、大阪のイメージが強いですが、同じ関西でも京都と大阪の違いってあるのでしょうか?
小杉竜一氏(以下、小杉):それはあると思いますね。昔、お笑い芸人を目指してた頃によく感じてたんですが、「お笑いといえば、大阪!」というノリが関西にあったんですよ。「大阪人が2人寄れば漫才になる」とよく言われるんですけど、そこから一歩引いた京都にいた僕らは、「果たして、ほんまにそれおもろいか?」と。大阪人2人いたら漫才って、京都人からすると、「いや、なってへんやろ。普通にしゃべってるだけやんけ」と(笑)。
吉田敬氏(以下、吉田):大阪で買い物するときに、店主がなんかボケて、あはは~、みたいなシーンがようあるんですよ。「ボケていくで、大阪やで、こっちは!」みたいなこと言われたときに「あ、しょうもな」と思いましたね(笑)。
小杉:ああ、それ分かるわ~。
吉田:「なんかおもろいことを言わなあかん」という大阪の呪縛みたいなものがあるんやな、というのは感じますね。
コミュニケーションに隠された「思いやり」と「作為」
中野:私、『ホンマでっか!?TV』が初めてのテレビ出演なんですよ。最初は、戦場のようなスタジオで何をしゃべっていいか分からなくて、すごく緊張していたんです。
小杉:ほんまですか? 全然そんなふうに見えませんでしたよ。
中野:いえいえ、ほんと。最初は一生懸命にしゃべったコメントがオンエアではほとんどカットされるという状態に、落ち込むことが何度もありました。そこに助けの手を差し伸べてくださったのが、小杉さんなんです。
小杉:そんなことありましたっけ? いや、もう最初から落ち着いてるようにしか見えませんでしたけどね(笑)。
中野:もう、あまりにもさりげなく自然にさっと私の発言をひろってくださって、突っ込んでくださって。本当に恩義に感じています。
吉田さんが「キレる」のも芸の領域ですよね。キレ芸、素晴らしいなあ、と拝見しています。
吉田:最近そんなにキレてへんと思うんですけど。昔は言うこと言うこと否定されるから、自分の意見を主張していただけなんですよ。
小杉:そやんな、芸というか報告というか、声を大にして気持ちを伝えてたという感じやな。
吉田:例えば後輩と旅行に行ったときの話なんですけど、あれはたしか、1泊3万くらいする旅館やったかな。全部俺が払うのもナンやしと思て、後輩から5000円もろたんです。それを「芸人たるもの、後輩に全部おごるのがスジ」みたいなこと言われて。「なんでやねん?」と。
5000円もろたら、俺も心穏やかに過ごせるんですよ。でも3万円を全部出すとね、例えば露天風呂に入ってて、後輩が先に風呂から上がったとか、そういうちょっとしたことに腹が立つんですよ。それが5000円もろてたら、「ああ、まあ、そのタイミングやろな、あいつなりに」と思えるんです。
これのほうが生きやすいんやないかなぁ、お互いに。先輩が後輩におごらなあかんというものに洗脳されてるんはそっちやないか! と思いましてね。まあ、そういうようなことを主張していただけなんですよ(笑)。
中野:なるほど、それは後輩の方にとっても気が楽ですよね。
吉田:ええかっこして全部おごることもできるけど、たぶんそれでは、全体的に見て良くならんのではないかな、と思いますね。
中野:それは相手に対する優しさでもありますよね。それも京都人らしさなのでしょうね。
吉田:いや、それが京都かどうか分かりませんけど(笑)。
京都のコミュニケーションは「怖い」?
中野:「NOと言わずにNOと伝える」の話もそうですが、京都の方からかけられた言葉は、一見優しそうでも、家に戻ってよく考えたら「あれは、もしかしたら違う意味だったんじゃないか?」と振り返ることがよくあるんです。思ったことをストレートに言われるよりも、怖くありませんか?
小杉:えー怖いですか? そうかなあ?
吉田:それは京都人に限ることなんかなぁ?
中野:東京の人は嫌みを言うときは、相手にすぐ分かるように言うんです。でも京都の人は、ずっといい人の顔をして、それを崩さない。そこで「京都以外の人には分からない電波のようなものを発信しているんじゃないか。私はそれを捉え損ねているのではないか」と不安になるんです。
吉田:例えば、中野先生が僕に10万円の時計をクリスマスプレゼントにくれるとするじゃないですか。そしたら、まず1回、いらんと言います。「いいです、いいです。そら、もらい過ぎですわ~」と。そこで、「ああ、そうですか、分かりました」と引っ込めたら、「なんや、あれ」、とはなりますね(笑)。
小杉:えらい引くの早いなぁ、とね(笑)。
吉田:2回、3回と勧められて、「もらわな悪いやんけ」くらいに、押し付けてきてほしかったな、というのはあります。
中野:難しい。私は何でも思ったことを口にしてしまうタイプです。そのときは人間関係が多少ゴチャゴチャしても、翌日にはみんな忘れちゃう。我が家は先祖代々たどれるくらいずっと江戸なので、そういうコミュニケーションなのかなと。
小杉:中野先生式のほうが相手に対してちゃんと伝えてるから、優しいんじゃないですか。僕らは伝える気がないんですよ。「うわ、さっきの変やったな」と思っても、本人には言わないです。気の通じ合ってる仲間と「なんやったんあれ」という感じですね(笑)。
中野:それが怖い~。
小杉:2人で仕事してて、「うわっ!」というようなことがあったら、「これ、終わってから吉田に言お」と思います。
中野:やっぱり、お2人のコミュニケーションには、京都の「イケズ」の要素があるように感じます。本心がはっきり見えない形でボールを投げてみて、分かれば付き合える人、分からなかったら“よそさん”、つまりよそ者、という。そういう、身内感を測るためにイケズを言うことはありますか?
小杉:イケズを言うというのは、あんまりないかな。変なやつやな、と思ったら、「ここで俺は言わへんけど、こいつ、どっかで失敗しよるわ」と。どっちかいうたら、気づかんと、アホやなあ、と静観する感じですね。
吉田:そう、静観ですよ。例えばディレクターで、僕らがロケしたVTRを編集して、「俺、天才だからね」と言う人いるんですよ。そんなときは、「まあ、VTRはみんなでつくるもんですからね」と返すんですが、それでもまた次に会って同じこと言うてたら「ほんまにアホやな」と。静観しながら判断することはあります。
小杉:どっかで痛い目見るのはこの人やから、まあどうぞと。
「むせてラッキー」言葉にしない伝え方
中野:イヤだということを伝えるのは優しさなのでしょうかね? 例えば香水がキツい人に対して、「ええ匂いさせたはりますなあ」とか、「なんや、どこぞからええ匂いがしてきたわ」と言うのが京都式回答だと聞いたことがあるのですが。
吉田:香水まみれで来られたら、「匂いキツいな、こいつ」と思うけど、言わない。でもキツ過ぎて、「ゴホッ」とむせることってあるでしょう? 自然に「ゴホッ」となってしまった自分は好きです(笑)。気づかせる意図はないけど、むせてラッキーやな、とは思います。
小杉:しまった! にはならない(笑)。
中野:なるほど! 自然にイヤな感情が出ることについて否定しないのですね。うーん、そこに伝え方の神髄があるような気がしてきました。
文/永浜敬子 写真/尾関祐治
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中野信子(著)、日経BP、1320円(税込み)