近年、タコに関する研究が爆発的に発展しています。タコは記憶力、学習能力、自制心などの“賢さ”を有し、「人間と心を通わせることができる」と言うのはサイ・モンゴメリー氏。全米図書賞最終候補作となった『愛しのオクトパス』著者である氏の新著『 神秘なるオクトパスの世界 』は、最先端の研究を基に「タコの真の姿」に迫る一冊です。読み進めることは、きっと驚きの発見と意識の変革をともなう旅となるはず。その道先案内として、ナショナル ジオグラフィック版『解明!神秘なるオクトパスの世界』のプレゼンターを務めるアレックス・シュネル博士が本書に寄せた「序文」を紹介します。

【序文】アレックス・シュネル博士

 私は物心ついたときから海に魅せられていたが、のちに海洋生物学者になるきっかけとなるほど心をつかまれたのは、あるタコとの出会いだった。その日、空は晴れ渡り、海はまるで鏡のようだった。まだ5歳だった私は潮だまりの中に何がいるのか探ろうとしていたが、水面に映る自分の姿に邪魔され、なかなか水中を見通すことができなかった。それでも、ヒトデやヤドカリ、タマキビなどを探すため、やみくもに手を動かした。ふと、柔らかくすべすべした何かが指に触れた。ナマコだろうか? 指先から伝わる感触は奇妙だった。得体の知れない生き物が明らかな好奇心とともに私の肌をまさぐっている。小さな吸盤が私の手のひらを愛撫するように優しくなでていた。今にして思えば、これが私たちのファーストコンタクトであり、私のE.T.体験──異なる世界にすむ好奇心旺盛な生物同士の出会いだったのだ。

 私はゆっくりと水から手を出し、生き物の腕を視界に迎え入れた。私の手のひらに横たわっていたそれは骨のない小さな手足で、色は赤みを帯び、何百もの吸盤が並んでいた。もっと知りたいと思った私は、目を細めたり凝らしたりしながら、水底を透かし見ようとした。すると、ステレオグラムの絵に隠されたイメージのように、奇妙な形が見えてきた。私の手の中にある腕は、オレンジ大の水風船のようなものから生えているようだ。依然として生き物の正体がつかめなかったので、私は何か見覚えのあるものはないかと目を凝らした。そして、水風船のてっぺんに、2つのひときわ大きな目がついていることに気づいた。独特かつ端正な造りの顔から私を見上げているのは、タコ特有の四角い瞳だった。

 私の手を調べようとでもいうのか、さらに2本の腕が伸びてきた。その刹那、魔法のようにタコの肌の色、質感が変わった。鮮やかな変化は私の幼い想像力を楽しませてくれたが、もっと深い意味が潜んでいることを学んだのは、ずっとあとのことだ。このようなタコの皮膚の変化は、人間が顔をしかめたり、笑ったり、赤面したりする感情表現に似ている。あのタコは面白がっていたのか、戸惑っていたのか、驚いていたのか。それとも、まったく別の感情を抱いていたのだろうか?(タコがそのような感情を持つことを示す有力な証拠がある)

 その日、海は私に秘密を1つ明かしてくれた。海の住民の中でとびきり奇妙で神秘的な生き物は、旺盛な好奇心の持ち主でもあったということだ。生まれながらに孤独で、凶暴かつ知的な捕食者でありながら、まったく異質な生き物(私)と進んで触れ合うほど探究心に富んだ野生のタコが、そこにいたのである。

 最初の交流以来、私はさまざまなタコと遭遇する幸運に恵まれた。どの出会いも思い出深く、素晴らしく奇妙で、驚くほど捉えどころがない。人間とは別の知性に巡り合ったという感慨深さに浸ることもしばしばだ。そしてその都度、得られる答えよりも多くの疑問が湧いてくる。

 私だけではない。タコと出会った人々はしばしば「親密でありながら奇妙で、タコの秘密をもっと明らかにしたいという気持ちをかき立てられる体験だった」と語っている。

 本書はタコという不思議な動物の生態に迫る1冊である。米国のナチュラリストで頭足類マニアでもあるサイ・モンゴメリーは、この魅惑的な本を通じて、タコの驚くべき習性と、個体ごとに異なる奇妙な振る舞いを解き明かしてくれる。

 まずは、タコの皮膚が織りなす魔法について学ぶ“視覚の旅”から始まる。タコは洗練された擬態能力を備え、トゲの塊のようなサンゴや、藻類のでこぼこ、あるいは何の変哲もない砂地に似せて、瞬時に姿を変えることができる。種によっては、ほかの動物の形や動きを擬態して、一段上のレベルのカムフラージュを行う変装の名手もいる。

 本書で最も驚かされるのは、そのあとに続く“感情の旅”だろう。モンゴメリーは科学と逸話を融合させながら、彼女自身やほかの人々の経験を語っていく。その話術によって、読者はタコが自分たちの世界をどのように体感しているのか、何が彼らを突き動かしているのかを想像でき、なおかつ、タコにも人間同様、個体ごとに違う性格や特質があるのではないかと思いをめぐらすことができる。また、さまざまな物語を通して、この軟体動物がほかの高い知能を持つ生き物、ひいては人間と意外な類似点を持つことが分かるはずだ。

 本書に登場するタコは、通常カラス、チンパンジー、クジラ、ゾウといった大きな脳を持つ鳥類や哺乳類に特有のものと考えられがちな特徴を示してみせる。具体的には、道具を使い、遊び心のある行動を取り、さまざまな経験から学習するだけでなく、異種の動物たちと驚くべき協力関係を結ぶことさえある。

 しかし、科学的思考の染みついた私を最も驚かせるのは、タコと人間の間に結ばれる関係性だ。この軟体動物はたいてい私たちの数分の一の大きさしかなく、身を守る殻も持たない。それにもかかわらず、生来の好奇心と人間に対する関心が、しばしば恐れや不安を上回るように見えるのである。

 アリストテレス(紀元前384年~322年)や大プリニウス(紀元後23年~79年)など初期の博物学者は、タコの好奇心旺盛な性質を考察し、彼らを愚かで単純な生き物と見なしていた。しかし、クジラやイルカが同じように人間への好奇心を示しても、馬鹿にされることはなかった。このように、長らくタコが私たち人間の共感を得られなかったのは、鯨類に比べて体が小さかったり、解剖学的に奇妙だったりしたせいなのだろうか? それとも、ほかに何か理由があったのだろうか?

 私たちの惑星には何百万もの多様な種が生息している。そのすべてが人間の感情を強く揺さぶるわけではない。共感や哀れみの気持ちは、自分たちに近い種であるほど高まるようだ。人類から系統学的に遠い種は、ポジティブな感情をあまり呼び起こさせない傾向がある。

 研究によれば、私たちの共感的知覚は、それぞれの種に関する知見によって変わってくるという。人類の系統から遠く離れた動物種が、かつて考えられていた以上に私たちと似ていることが、科学的発見によって証明されてきた。例えばミツバチは道具を使うし、ロブスターは痛みを感じる。ホンソメワケベラという小さな青い魚は、鏡に映る姿を自分だと認識しているように見える。

 多種多様な動物の知力に関するこのような発見は、私たちの視点を転換させてくれる。「他者性」という障壁を取り除き、異なる生命体と心を通じ合うことを可能にするからだ。

 私はこの視点の転換を、革命的な変化だと考えている。ニコラウス・コペルニクスによる1543年の発見が、人々の世界観と世界における自身の位置づけを一変させたのと同じだ。何世紀もの間、私たちは地球が静止点であり、その周りを太陽や月、星、惑星が回っているものと信じていた。しかしコペルニクスは、宇宙の中心を地球から太陽に置き換える詳細な代替案を発表した。彼の発見は視点の革命的転換をもたらした。そして地球は宇宙の中心から退けられ、近代天文学が誕生したのである。

 私たちは今、同じような革命の入り口に立っているのだ。人類だけが高度な知能を持つわけではないことに、私たちは気づいている。認知的、感情的な洗練の表れは私たちの周囲にあふれているし、最も意外な存在の中にさえ見て取れるのだ。こうした視点の大きな転換は、多様な動物の知力に対する根本的に新しい理解をもたらし、タコのような動物に対する考え方、さらには接し方をも変えさせていく。

 タコの秘密が明らかになればなるほど、私たちはより深い共感と思いやりを抱くことができる。ひいては、あの謎めいた生き物とその壊れやすい生態系を守る必要性を痛感するだろう。本書は、変革の旅のガイドとして申し分のない1冊である。

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