アイリスオーヤマは、なぜ強いのか。危機のときに必ず業績が飛躍的に伸びるのはなぜか──そんな問いに「15の選択」を軸に答えた大山健太郎会長の著書『 いかなる時代環境でも利益を出す仕組み 』。2020年刊行の本書の文庫化にあたり、一橋ビジネススクール特任教授の楠木建氏が新たに「序文」を寄せた。本書をいかに読み解き、自らの血肉とすればよいのか。たっぷり丁寧に説かれた極上のガイダンスを、どうぞ。

【序文】──文庫化に寄せて

経営学者 楠木建

 僕は競争戦略という分野で、企業が持続的な競争優位を構築する論理について研究しています。さまざまな企業の戦略を観察し、考察するという基本動作をずっと続けていると、まれに痺れるような戦略との出会いがあります。アイリスオーヤマはその一つです。

 痺れるほど面白い。僕の30年の研究生活の中でも、ここまで優れた戦略との出会いは滅多にありません。日本発の競争戦略の傑作として、歴史に残るといってよいでしょう。

 これまでも僕はたびたび、アイリスオーヤマ会長の大山健太郎さんから競争戦略について教えを乞うてきましたが、新型コロナウイルス騒動の渦中で書かれた本書を読んで、いくつもの発見と再発見がありました。

 まずもってタイトルが秀逸です。「いかなる時代環境でも利益を出す仕組み」──ここに競争戦略の本質が詰まっています。

 この序文では、本書を「いかなる時代環境でも」「利益を出す」「仕組み」の3つに分解し、それぞれについて僕の感じた「痺れ」を言語化し、お伝えしたいと思います。

長期利益と顧客価値はコインの裏表

 第1に「利益を出す」──目標を利益に置いているということです。

 目標が間違っていれば、戦略には意味がありません。結局のところ、経営は何を極大化するべきなのか。

 答えは長期利益──儲けて、儲け続けること──です。長期利益は経営の優劣を示す最上の尺度です。「カネ儲けがすべてだ!」という話ではありません。顧客や従業員、株主、社会、すべてのステークホルダーに対して企業は貢献しなくてはなりません。だからこそ長期利益の追求が何よりも大切となります。

 企業活動に対価を支払ってくれるのは顧客です。結局のところ、すべては顧客のためです。ただし、これは極大化すべき目標が長期利益だということと何ら矛盾しません。真っ当な競争があれば(アイリスの事業は常に厳しい競争にさらされています)、長期利益は顧客満足の最もシンプルかつ正直な物差しとなります。その企業がなくなったら、どれだけ困り悲しむ人がいるか──この総量がその企業の提供する独自価値であり、それは確実に利益に反映されます。

 長期利益と顧客価値はコインの両面のようなものです。

 長期利益を稼いでいれば、投資家が評価し株価も上がる。株主に支払う配当も利益処分の一形態に過ぎません。儲けが出ていなければ分配できません。

 経営者が儲かる商売をつくれば、雇用を生みだし、守ることができます。いよいよ日本でも賃上げが重視されるようになりました。労働分配を増やすためには稼げる商売をつくることが先決です。

 刹那的な儲けであれば話は違ってきます。客を騙して儲ける、従業員を泣かせて儲けることも可能です。しかし、それでは持ちません。長期利益の実現はすべてのステークホルダーをつなぐ経営の基本線となります。

 何よりも、長期利益は社会のためになります。企業による社会貢献の王道は法人所得税の支払いです。社会的目的のために使うことができる原資を創出する。そこに企業の社会貢献の本筋があります。あとはすべてオマケです。

環境の追い風に依存しない

 第2のポイントは「いかなる時代環境でも」という言葉にあります。コロナ騒動に突入した頃に大山さんと話をする機会がありました。そのときに大山さんの発した言葉が印象的でした。

 「『ピンチ“は”チャンス』という言葉があるが、より正確に言えば『ピンチ“が”チャンス』。本当のチャンスはピンチのときにしかない」──逆境のときこそ企業の地力が露わになります。もっといえば、逆境のときしか戦略の真価は分かりません。本書の表紙カバーに「危機のときに必ず業績が飛躍的に伸びるのはなぜか?」とあります。戦略の実相を鋭く突く問いです。

 コロナ騒動の渦中では人々の生活様式は変わり、家にいる時間が長くなりました。そうした中でアイリスが事業領域としていた園芸や収納家具、調理器具、家電の売り上げは伸びました。この時期、アイリスのECサイトの売上は倍増しています。表面的には巣ごもり需要の追い風で伸びているように見えるのですが、それは本質ではありません。それ以前からずっと磨きをかけてきたアイリスの戦略に、風を捉える力があったということがより重要です。

 利益の源泉にはいくつかの異なるレベルがあり、持続性が低いものから高いものへと階層をなしています。

 レベル1は単純に外部環境の追い風が利益を生んでいるという状態です。例えば「急激な円安が利益を押し上げている」といったケースです。追い風が止まれば元の状態に逆戻りしてしまいます。持続的な競争優位は困難です。

 レベル2は、事業立地そのものが利益をもたらしているという状態です。世の中には利益が出やすい構造にある業界もあれば、もともと出にくい構造に置かれている業界もあります。利益が出やすい事業立地を注意深く選び、利益が出にくいような構造にある業界への参入を避ける。この戦略的選択は確かに利益水準を左右します。

 アイリスは今も昔も生活用品を主戦場としています。収納家具や家電やお米という事業立地はどうでしょうか。一見して市場は成熟し、競争が厳しい業界ばかり。儲からない要因がそろいまくっています。アイリスの業績が事業立地で説明できないことは明らかです。

 レベル1とレベル2の利益の源泉は外部要因に注目するものです。レベル3からいよいよ競争戦略の出番となります。

「ユーザーイン」と「マーケットイン」は似て非なるもの

 戦略とは何か。競争戦略の本質は「競合他社との違いをつくること」にあります。

 ここで強調したいのは、違いには違いがある──他社との違いを考えるときに、2つの異なったタイプに区別して考える──ということです。すなわち、「程度の違い」と「種類の違い」です。

 程度の違いには、その違いを指し示す尺度なり物差しがあります。2人の人間の違いでいえば、身長や年齢、足の速さ、視力などの違いがこのグループに入ります。AさんはBさんよりも背が高く足が速い、というように英語の比較級での「ベター」として認識される違いです。

 これに対して、男か女かというのは種類の違いです。種類の違いには、それを指し示す連続的な尺度がありません。「私はこの人よりも30%男性である」ということは普通はない。ベターかどうかではなく、ディファレントとして認識される違いです。

 なぜこの区別が重要なのか。その理由は、顧客から見てディファレントな存在になることが戦略の一義的な意義だからです。何かの物差しの上でベターであったとしても、それは必ずしも戦略があるということを意味しません。他社とは異なった独自の価値を創造する。ここに戦略の内実があり、レベル3の利益の源泉があります。

 なぜ「ベター」は戦略になり得ないか。比較級で違いをつくろうとするとイタチごっこに陥ってしまうからです。他社も遅かれ早かれ、多かれ少なかれ、その物差しの上でベターになろうと努力するはずです。一時的にベターであっても、すぐに追いつかれてしまいます。つまり、違いの賞味期限が短い。刹那的な利益は獲得できても、長期的な競争優位にはなり得ません。

 アイリスの独自性は「ユーザーイン」というコンセプトに凝縮されています。「プロダクトアウト」と異なるのはもちろん、一般に言う「マーケットイン」とも似て非なるものです。ここにアイリスの戦略に僕が痺れる最大の理由があります。

 「ユーザー」とは文字通りその商品を使う人、エンドユーザーのことです。

 「マーケット」はユーザーではありません。特定の基準や範囲でのユーザーの集計値に過ぎません。「マーケティング」は文字通りマーケットを相手にしたものです。マーケティングの名のもとにしばしば行われる消費者アンケートからは、マーケット全体の平均値や傾向しか分かりません。誰もが注目する儲かりそうな市場に目を向けることになります。参入企業が相次ぎ、同質的な競争になり、結局のところ儲かりにくくなります。マーケットインでは独自性は生み出せません。

 アイリスのユーザーインは異なります。洞察力と想像力を駆使して、特定の生活シーンで一人ひとりのユーザーが確実に「役に立つ」「使い勝手がいい」と実感できるものを創って、作って、売る。そういう生活提案型商品にしか手を出さない。しかし、生活提案型の価値を持つものであれば、カテゴリーや技術に縛られることなく果敢に挑戦する。ユーザーインの商品開発によって新しい需要を刺激し、これまでになかった市場を創造する。結果的にプロダクトアウトならぬ「マーケットアウト」となるのがユーザーインの戦略の妙味です。ユーザーインのコンセプトで一つ一つの商品力に磨きをかけ、長い時間をかけて一歩ずつ事業領域を拡張してきたことが、極端に多品種を手掛ける現在のアイリスを形成しています。

 メーカーの営業社員はその本能からしてマーケットインの姿勢になります。直接の顧客は問屋や小売店ですから、営業が流通業者のニーズに反応するのは必然です。

 しかし、流通(=マーケット)のニーズは必ずしもユーザーのニーズではありません。ここにマーケットインの盲点があります。

ユーザーインを駆動するための「メーカーベンダー」

 例えば、多数の製品を扱う問屋は売れるかどうか分からない新製品よりも、安定して売れている製品を扱いたいと思うのが普通です。あるいは、単純に安い方を選ぶかもしれません。目先の儲けが計算できるという意味で問屋にとっては合理的だからです。マーケットインはユーザーインではないどころか、かえってユーザーインのチャンスを殺してしまうことにもなります。

 ユーザーインを駆動するために必要になるのが「メーカーベンダー」というアイリスの独特な位置取りです。アイリスはメーカーであると同時に問屋機能まで内部に抱えています。自社のECサイトはもちろん、ホームセンターのような小売業者に対してアイリスは直接商品を納入し、売り場作りや販促まで自ら行っています。

 普通のメーカーであれば、工場から出荷した製品がどこにどのように流れているかは分かりません。しかし、メーカーベンダーであればいつどこで何が売れたかが分かります。データの裏付けをもって仮説を立て、商品を企画し、ユーザーからのフィードバックに基づいて改良することが可能になります。

 一般に問屋を通さずに直接取引をする動機は中間マージンの排除にあります。しかし、アイリスの一義的な意図はコスト削減ではありません。真のユーザーニーズを流通の都合で歪めたくないからです。店頭活動まで責任を持つことでユーザーニーズへの洞察が磨かれます。

 逆向きの因果関係もあります。「問屋を通さない」と「問屋機能を持つ(=メーカーベンダー)」もまた似て非なるものです。

 小売業者はベンダーに品ぞろえを求めます。小売業者にとってアイリスがベンダーでもあるということは、ヒット商品を出すだけでは不十分で、小売店の棚全体をユーザーから見て魅力的なものにしなくてはならないということを意味しています。ベンダーとして小売店に頼りにされて初めて、商品の供給経路とユーザー情報の獲得経路が確保できます。ベンダーとしての競争力に磨きをかけることが、商売がユーザー視点から逸脱することを防ぎ、ユーザーインを強制する規律にもなっています。

 一つの、一つだけの商売の基(もと)──独自性の基盤となるユーザーイン──が明確に定まっていて、決してブレない。優れた戦略の最も大切な条件です。

ほぼ完璧な「ストーリーとしての競争戦略」

 第3の、最も重要なポイントは「仕組み」です。

 考えてみれば、ある企業の競争優位が長期にわたって持続するというのは不思議なことです。儲けるよりも、儲け続ける方が何倍も難しい。なぜならば、競争があるからです。

 ある企業が高いパフォーマンスを達成していれば、ごく自然に他社の関心を集めます。好業績の背後にどのような戦略があるのか、誰しも興味を持って注目します。利益ポテンシャルに富んだ市場セグメントや好業績をもたらす戦略ポジションは、すぐに世の中に知れ渡るところとなります。コンサルティング会社はさまざまな企業の成功要因を分析し、ありとあらゆる知識を提供してくれます。

 一時的に成功したとしても、その戦略はいずれ模倣されてしまい、その結果、競争優位を長期的に持続するのはますます困難になるはずです。

 しかし、現実はそうなっていません。競争優位を長期的に持続する企業が確かにある。その最たるものがアイリスです。四方八方から戦略を注視され、模倣の脅威にさらされながらも、長期にわたって競争優位を維持し、「いかなる時代環境でも利益を出」し続けています。

 これはなぜか──僕はこの問題についてずっと強い関心をもち、持続的な競争優位の正体について思考を巡らせてきました。そのうちに、従来見過ごされていた論理があるのではないかと考えるようになりました。それが「ストーリーとしての競争戦略」──個別の打ち手ではなく、それらが一貫した因果論理でつながっているストーリーの総体にこそ競争優位の源泉がある──という視点です。

 アイリスは、ストーリーとしての競争戦略のほとんど完璧な事例を提供しています。

 戦略ストーリーは業務や取引の体系ではありません。論理の体系です。先述したように、アイリスの戦略ストーリーの最上位には、ユーザーインというコンセプトがあります。ユーザーインである以上、ベンダー機能を自社に持つ。メーカーベンダーだからこそユーザーインが実現できる。この論理がアイリスの戦略ストーリーの主軸になっています。

 本書で紹介されているさまざまな「仕組み」は、すべてこの基幹となる論理から派生しています。裏を返せば、個別の仕組みに注目しているだけではアイリスの強みの正体は分かりません。仕組みをばらばらに取り入れても、アイリスの競争力は手に入りません。

 例えば、毎週月曜日のプレゼン会議。2万5000点に上るアイリスの商品を生み出す原動力であるこの仕組みはよく知られています。同じような会議を取り入れる会社も少なくありません。それでも、アイリスのような成功にはつながっていません。なぜでしょうか。アイリスの仕組みは戦略ストーリー全体の中で初めて機能するものだからです。

 プレゼン会議だけではありません。「ICジャーナル」を使った情報共有、伴走型の製品開発、経常利益の50%を毎年将来への投資に回し、発売3年以内の新製品の売上高比率を50%以上とするといったようなKPIの設定──こうした仕組みはいずれもアイリスに独自のユーザーインとメーカーベンダーの文脈に置いて、初めて意味を持ちます。確かに戦略を実行する上で仕組みは不可欠なのですが、本書にある仕組みを取り入れても、期待する成果が出ないどころか、かえってパフォーマンスが低下する恐れがあります。

 そこにアイリスの持続的な競争優位の核心があります。

「非合理」の理

 アイリスの戦略ストーリーを構成する仕組みには、ストーリーの文脈から切り離してそれだけを見れば一見して「非合理」なものが数多くあります。

 これはストーリーとしての競争戦略の観点から、とりわけ興味深いところです。

 高い業績を上げている企業A社があるとします。競合企業B社は、A社の戦略を模倣しようとするでしょう。このような状況において、なぜA社の競争優位が持続するのか。従来の競争戦略論は「模倣障壁」の論理に依拠してきました。つまり、B社はA社の戦略を模倣しようとするのだけれども、そこにいくつかの障壁があるので、完全にはまねしきれない。だからA社の競争優位が持続するという論理です。

 しかし、です。もしA社の戦略ストーリーの中に、B社から見てあからさまに「非合理」な要素が含まれていたらどうでしょうか。B社はA社の戦略を部分的には模倣するにしても、一見して非合理な要素については手を出さないはずです。その結果としてA社の戦略は独自性を維持することになります。

 ここでの持続的な競争優位の論理は、模倣障壁ではありません。そもそも競合他社がまねしようという意図を持たないという「動機の不在」にあります。模倣するどころか、他社は合理的な意図をもって模倣を忌避する──これが戦略による独自性(レベル3)の一枚上を行くレベル4の競争優位です。

 レベル4にある戦略は、競争優位の持続性という点で模倣障壁という防御の論理よりもさらに強力です。今のところ僕はこれが究極の競争優位の正体であると考えています。アイリスの競争優位はまさにこのレベルにあるというのが僕の見解です。

 本書が執筆された2020年、新型コロナウイルス禍が本格化して、アイリスは即座にマスクを増産し、売上を伸ばしています。2011年の東日本大震災のときも、震災発生の2週間後にLED照明の大規模な増産に踏み切り、これをきっかけに市場で支配的な地位を獲得しています。

 即断即決の瞬発力といえばそれまでですが、こうしたことが可能になるのはあらゆる設備の稼働率を意図的に7割以下に抑え、わざと生産能力に余裕を持たせているからです。

 しかし、稼働率を意図的に低くするということそれ自体は明らかに非効率です。しかもアイリスは部品から内製化しています。市販されている標準部品を使った方がコストの点でも機動力の点でも合理的であるように見えます。

 そもそも自社生産をしていること自体が表面的には非合理です。売上高新製品比率をKPIとし、新しいニーズを捉えた製品を次々に市場化するのであれば、自社工場を持たず、生産を外注するファブレスメーカーである方が合理的に映ります。資産も軽くできます。現実にほとんどの企業は、柔軟性を確保するための手段としてファブレスを選択しています。

 メーカーベンダーにしてもそれ自体では非合理な面が多々あります。問屋相手の商売であればケース単位で出荷できます。しかし、ホームセンターに直接出荷するとなると、製品1個単位の発注形態になります。売り場の面倒まで見なくてはなりません。実に手間がかかります。

 メーカーベンダーであるアイリスは、顧客が欲しいものを迅速に供給しなければなりません。そのため、工場を物流拠点として捉えています。これは生産効率だけで工場立地を決めないということを意味します。日本国内では、高速道路へのアクセスなど物流立地を勘案して生産を9つの工場に分散させています。これにしても、生産効率だけを考えれば非効率な面があります。

 こんなに面倒くさく非効率で非合理に見えることをやろうという企業はまず出てこないでしょう。しかし、「ユーザーイン→メーカーベンダー」という補助線を引いて本書をじっくり読めば分かるでしょう。一見して非合理な打ち手(仕組み)が、ストーリー全体の中で他社がまねできない合理性に転化しています。

変わる仕組み、変わらないストーリー

 アイリスがやっていることはことごとくメーカーの常識に反することですが、だからといって俗にいう「逆張り」ではありません。他社が表面的な合理性を追求する中で見過ごしてきた裏側に注目する戦略であり、「裏張り」といったほうが適切です。競合他社から見れば非合理でも、ユーザーインとメーカーベンダーという戦略ストーリーからすれば、ごく自然で合理的なことをしているわけです。

 それでも、競合他社の目にはアイリスの仕組みはどうしようもなく非合理に映る。まねしてくれと言っても、他社はイヤだというでしょう。他者との違いが無理なく持続するという成り行きです。業界に定着している合理性の裏をかく──ここにアイリスの戦略ストーリーの真髄があります。

 何をやり、何をやらないか。アイリスの選択の基準は常に、ユーザーインを主旋律とする戦略ストーリーにあります。アイリスがやっていることはどれをとっても一本の戦略ストーリーに集中しています。商品カテゴリーや市場で見れば分散しているように見えても、戦略の本質は集中にあります。

 「アイリスでは私の社長時代も、息子に代わってからも、しょっちゅう仕組みを見直します」と大山さんは言っています。戦略ストーリーを動かす方法としての仕組みは、より良いものが出てくれば、それに取って代わられます。それでも、大山さんが「昔の新聞記事を見れば分かる」と言っているように、1980年代からアイリスの戦略ストーリーは変わっていません。ユーザーインの生活提案型価値創造にこそアイリスの存在理由があり、パーパスがあります。大山さんはこう言っています。

 どの企業も、もともとは何かしらの事業を顧客に提供したくて組織をつくったはずです。組織を存続するために事業を開始した会社は一つもない。しかし長く経営を続けていると、組織が事業をするための手段ではなくなり、組織を維持することが目的で、事業がその手段になるという逆転現象が起きやすくなります。それは結果的に組織をむしばんでいくのです。

 改めて「パーパス経営」が叫ばれている昨近です。しかし、考えてみればこれは奇妙な話です。そもそも企業はパーパスがあるからこそ生まれているはずです。最初には必ずパーパスがある。しかし、そのうちにパーパスは希薄化します。その理由は、組織が大きくなるにつれて、手段が目的化することにあります。

 経営の問題のほとんどは、突き詰めると手段の目的化に起因しているというのが僕の考えです。企業組織は目的と手段の連鎖でできています。上司の手段が部下の目的になる。そもそも組織には「手段を目的化するシステム」という面があります。放っておけば必ず手段の目的化に陥ります。

 だからこそ、経営者が本来の目的と手段の関係を回復させなければなりません。時間軸で言い換えれば、とかく目先の利得という短期視点に流れがちな人々の目線を持続的な競争優位という長期視点へと引き戻す。そこに経営者のリーダーシップの本領があります。それは戦略ストーリーを構想し、そのストーリーの上に戦略の実行に関わる人々すべてを巻き込むことにほかなりません。

 経営や戦略の巧拙はワンショットの静止画では分かりません。さまざまな仕組みが明確な因果関係でつながったときに現れる動画として見ることが大切です。本書はこの戦略の本質を見事に描いています。文庫化をきっかけに、本書がさらに多くの読者を獲得することを願っています。