ソフトウェアエンジニアが、マネジャーやCTOなどの管理職には進まずに、テクニカルリーダーシップを発揮できるエンジニアリング職のキャリアパスを貫く――そのための「指針」と「あり方」を示す『 スタッフエンジニア マネジメントを超えるリーダーシップ 』(日経BP)から、増井雄一郎氏による解説をお届けする。プロダクト開発等を経て現在はCTOを務める同氏が「スタッフエンジニア」という新しい役職の意味を提示する。

 本書『スタッフエンジニア マネジメントを超えるリーダーシップ』は、米国で2021年に出版され米アマゾンで740以上のレビューおよび4.4という高評価(2023年4月現在)を誇る「Staff Engineer: Leadership beyond the management track」の邦訳です。この「Staff Engineer(スタッフエンジニア)」は、マネジャーやCTO(最高技術責任者)といったマネジメント職に就くのではなく、技術を武器に「生涯現役のエンジニアでありたい」とする「テクニカルリーダー」にぴったりの職種です。「第1章 全体像」で説明されているように、本書は、スタッフエンジニアとしてテクニカルリーダーシップのキャリアパスを歩んで行くための「指針」と「あり方」を示しています。

「スタッフエンジニア」として生きる意味と意義を示す
「スタッフエンジニア」として生きる意味と意義を示す

「スタッフエンジニア」とは何か

 エンジニアとして成熟に向かい今後のキャリアについて悩んだとき、「ずっと手を動かせるエンジニアでいたい」「マネジャーなどの管理職には就きたくない」という人はけっこういるのではないでしょうか。そういう人でも“ スタッフエンジニア” という言葉を聞いたことのある人はまだあまり多くないと思います。私が初めて聞いたときは、「スタッフ=社員」ととらえ、「一般社員のエンジニア」かと思いました。変だなと思い辞書を引いたり検索すると、Staffには参謀といった意味もあり、「エンジニアのリーダー」および「幹部の補佐役」として米国では定着している役職であることを知りました。

 エンジニアに限ったことではありませんが、一般社員がマネジメントに向かうとき、ピープルマネジメントの手法、例えば1on1などの面談や評価の方法などに関する数多くの本が存在します。しかし、マネジメントトラックではなくエンジニアリングリーダーシップを発揮しつづける道を選んだときには、参考になる文献はほとんど見当たりません。技術進化が激しい業界で10年先まで通用する具体的な手法が存在しにくいことに加えて、そうした役職自体がまだ認知されていないためと思われます。そうした状況だからこそ、技術を軸に据えたキャリアパスの築き方を示す本書は米国で多くの支持を得たのでしょう。

本書の内容構成

 本書は2部構成になっており、第1部でスタッフエンジニアの役割とあり方を解説。第2部(おもに第5章)で現役のスタッフエンジニアのインタビューを通してその実像を掘り下げています。

 私のおすすめの読み方は、まず第5章のインタビューを2~3人分読んでから、第1部を読み進めることです。とくにある程度経験を積まれたエンジニアの方は、第5章に登場するスタッフエンジニアの具体的なエピソードに大いに共感されることと思います。その共感を胸に第1部を読むことで、スタッフエンジニアに求められる役割が自然と腑に落ちるのではないでしょうか。

 原書では14人のスタッフエンジニアのインタビューが掲載されています。いずれも個人的な経験にもとづいた具体的な内容で、これからスタッフエンジニアを目指す人にとって大いに参考になるでしょう。ただし、これらは米国での話であり、日本周辺での現状も気になるところです。そこで日本語版では、日本人のスタッフエンジニア4人に新たにインタビューし、貴重な経験とそれを支える志を明かしてもらいました。

 日本人のインタビューの1人目は、Circle CIに務めていた宇佐美ゆうさん。インフラ領域を中心にスタッフエンジニアとして勤務されていました。インフラ領域は事業や部門を跨ぎ、コストにも直結するため、スタッフエンジニアの特徴のひとつである組織を横断した調整が求められるそうです。そうした活動を教えていただきました。

 2人目は、toC スタートアップのVoicyに勤める三上悟さんにお話を伺いました。現在の職種はテックリード。多くのスタートアップのエンジニアがそうであるように、ピープルマネジメントよりも、テクノロジーリーダーとしての役割が明確に求められているそうです。その具体像を明かしていただきました。

 3人目は日本発のシリコンバレー企業といえるトレジャーデータのスタッフエンジニア、竹添直樹さん。竹添さんはIC(Individual Contributor:管理職ではない上級専門職)として同社に入社されたそうです。そのあとで正式にスタッフエンジニアという役職ができたそう。その経緯と役割をお聞きしました。

 4人目はサイボウズの野島裕輔さんです。エンジニアリーダーという肩書で、基盤システムの移行チームを率いています。リーダーになってからコードを書く時間は減ったけれど、ピープルマネジメントに過剰に時間が取られることはなく、技術的なやりとりや設計、課題解決に時間を使えているそうです。

 宇佐美さん、三上さん、竹添さん、野島さん、お忙しいなか貴重なお時間とお話をいただき、ありがとうございました。この場を借りて深くお礼申し上げます。

スタッフエンジニアの役割

 このように、彼ら4人だけを見ても、スタッフエンジニアの役割は異なります。重責を担う点は同じですが、活動内容は組織形態や責務に応じて、さまざまです。だからこそ、それらを包括的に解説している第1部の内容は斬新だと言えるでしょう。具体的には、スタッフエンジニアの役割を「テックリード」「アーキテクト」「ソルバー(解決者)」「右腕(ライトハンド)」に大別し、それぞれの責務と活動内容を解説しています。

 スタッフエンジニアが比較的新しい役職であるため、こうした類型化はその実態をわかりやすく説明してくれる半面、型にはめることで融通を欠く恐れも伴います。それでも第2部のスタッフエンジニアたちの実像を読めば、軸となる役割を担いながら、それを果たすため柔軟にさまざまな活動を行っていることがわかるでしょう。その意味では、マネジメントすらスタッフエンジニアの活動の一部であり(もちろんそこに軸足はありませんが)、本書のサブタイトル「マネジメントを越えるリーダーシップ」の意味が見えてきます。

 本書を通じて「スタッフエンジニア」という役職名がエンジニア内外から認知されることにより、その役割の重要性と今後の選択肢としての可能性が高まればいいなと思います。名前が広がることで、その地位が確立することがあるからです。たとえば、近年ではSRE(Site Reliability Engineering:サイト信頼性エンジニアリング)がそれに相当するのではないでしょうか。こちらはシステム運用のアプローチ名ですが、SREという呼び名が定着することで、そのアプローチが確立すると同時に、従来の運用方法やDevOpsとの差異が明確になったと思います。同じように、スタッフエンジニアという役職名とその立場が広まり確立することで、シニアエンジニアやエンジニアリングマネジャーとの違いが際立ち、それぞれの役割がより鮮明になっていくのではないでしょうか。

 本書が、スタッフエンジニアという重責を担うエンジニアにとっての道標となり、キャリアを歩むうえでの参考になればとてもうれしいです。さらに、IT 業界全体がこの役職を認知することにより、さらなる業界発展につながることを願っています。

スタッフ(超上級)エンジニアになる!

ソフトウェアエンジニアの新しい役職として注目される「スタッフエンジニア」は、上級エンジニアの次のステップとしてマネジメント職には進まずに、技術力を武器にチームを率いて組織に貢献しつづける。本書は、豊富なインタビューを通じて、重責を担う日米のスタッフエンジニアたちの役割と志を明らかにし、後続への指針も示す。

ウィル・ラーソン(著)、増井雄一郎(解説)、長谷川圭(訳)、日経BP、2750円(税込み)

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