新刊『 神と科学 世界は「何」を信じてきたのか 』(鳥取絹子訳、日経BP)は、ITエンジニアのミシェル=イヴ・ボロレ氏と起業家のオリヴィエ・ボナシー氏が「専門家20人の協力のもと、3年の月日をかけて行った探求の成果」。その目的は「創造神が存在するかどうかを考えるために必要な要素を提供すること」。「神と科学」という深遠なテーマを前に戸惑う人が多いかもしれません。ここでは解説役としてロバート・ウィルソン氏による本書の「序文」を紹介します。ノーベル物理学賞受賞者であるウィルソン氏は「(著者たちの)主張は、私にとってあまり納得できるものではないが…」と断りつつ、「科学的知識に基づいた探求」の意義を自らの取り組みとともに説きます。本書を手に取る皆さんが、著者たちとともに進む長い長い知的探求の旅の“案内役”として、ぜひご一読ください。
【序文】
本書はビッグ・バン理論を中心とした科学の発展と、それが私たちの信仰や世界観にどのような影響を与えたのかについて、非常によくまとめられたものである。宇宙論に関する多彩な章を読んで思うのは、科学や宇宙論、さらにはその哲学的・宗教的意味合いに、きわめて興味深い展望を提供しているということだ。
著者のミシェル=イヴ・ボロレとオリヴィエ・ボナシーはともにエンジニアで、彼らによると、宇宙の起源は「優れた知性」だろうということだ。この主張は、私にとってあまり納得できるものではないが、しかし筋が通っていることは受け入れよう。私の仕事は、たしかに宇宙の科学的解釈に限定されているが、ビッグ・バン理論が形而上学(けいじじょうがく)的な説明につながることは理解できるからである。
私の恩師カリフォルニア工科大学教授、フレッド・ホイルが提唱する仮説「定常宇宙論」)[* 宇宙の空間の質量はつねに一定に保たれ、基本的な構造は変化しないとする理論]によると、宇宙は永遠で、創造の問題は発生しないことになる。しかし、ビッグ・バン理論が示唆するように宇宙に始まりがあるとしたら、創造の問題を避けて通るわけにいかなくなる。
私自身、この仕事に就いた当初は多くの仲間と同じように、宇宙は永遠だと考えていた。私にとって宇宙はつねに存在するもので、起源については考えることさえしなかった。だからまさかその私が、偶然からとはいえ、いくつかの新事実を発見し、宇宙の見方を完全に変えることになるとは思ってもいなかった。
1964年春、私は同僚のアーノ・ペンジアスと一緒に、ニュージャージー州ホルムデルにあるベル研究所で、電波天文学のいくつかのプロジェクトのため、20脚もある巨大望遠鏡の準備をしていた。プロジェクトの1つは、銀河系のまわりのハロー[* 銀河を包み込むように分布している星の成分]を探索することだった。
しかしその前に予備チェックをしているとき、アンテナが想定外の、明らかに過剰な「ノイズ」を検知した。
当時の私たちはまだ、この得体の知れない「ノイズ」が、まさに宇宙創生時の反射波だとは、とうてい理解できていなかった。それでも運がよかったのは、そのとき、友人の1人で電波天文学者のバーナード・バークが、プリンストン大学の若き物理学者ジェームズ・ピーブルズの研究に注目するよう、私たちにアドバイスしてくれたことだった。
ピーブルズはロバート・ディッケ教授の提案で、ビッグ・バンの残留放射が宇宙で検出される可能性を計算で証明し、この仮説について論文を1本書いていたのだが、まだ発表前だった。その論文[ジェームズ・ピーブルズは、多くの予言や宇宙論の分野での類(たぐ)い稀(まれ)な経歴により、2019年にノーベル物理学賞を受賞]を読み、その驚くべき予測に触発された私たちは即座にいくつか最終テストを行い、それらの測定値をピーブルズとディッケの論文と同時に発表した。私たちが検知した測定値に当てはまる説明はただ1つ、おそらくはディッケが予測し、ピーブルズによって計算された、はるか遠い昔の宇宙からきている「宇宙背景放射」だったのだ。
私たちの発見によって、「宇宙は永遠で、始まりも終わりもない」という信仰はこっぱ微塵(みじん)にされた。
もっとも驚くべきことは、現在の物理学が予言した「ビッグ・バンの100万分の1秒後から今日までの宇宙の変化」と、私たちの観測が見事に一致していることだ。こうして見ると、ビッグ・バン理論は、宇宙がどう始まり、どう発展してきたかを忠実に再現しているようだ。ここで私が言いたいのは、理論と観察がまさしく一致しているということだ。
それでも、この一見もっともらしいイメージには問題が2つある。
1つは、現時点において私たちは、宇宙の物質とエネルギー全体の約4%しか知らないということだ。宇宙にはダークマター(暗黒物質)とダークエネルギー[* いずれも仮説上のもの]がそれぞれ約26%と70%含まれているのだが、しかしそれらが何であるかは、まだわかっていない。この問題が解決された暁(あかつき)には、新たな物理学が出現し、ビッグ・バンから始まる宇宙の変化に対する現在の理解はひっくり返ることになるだろう。
2つ目の問題はおそらくもっと重大だ。初期の宇宙が進化して私たち人間が生成され、現在理解されているような宇宙になるには、ビッグ・バンは必然的に、超がつくほど正確に調整されていなければならなかった。実際、初期宇宙の密度が信じられないほどごくわずかに実際と違っていただけで、膨張の速度が速くなりすぎて太陽も地球も形成されなかったか、あるいは逆に膨張の期間が短くなって太陽が誕生する約47億年前というはるか以前に初期宇宙そのものが崩壊していたか、どちらかになるからだ。
本書を読めばわかるように、宇宙のインフレーションがきっかけとなって、時空が必要に応じて膨張したことは考えられる。ところが、宇宙のインフレーションは新しい物理学の領域に属し、現在の物理学と対立はしないのだが、しかし観察による裏付けがいっさいないのである。加えて、きわめて特殊な形のインフレーション理論が必要になる。このモデルでは、特定の物理定数の値を完璧に調整する必要があるのだ。事実、その1つであるアインシュタインの宇宙定数は、物理学者が「自然の価値観」と呼ぶ値と120桁も異なっている。
ゆえに、宇宙インフレーションがビッグ・バンを必要な値に調整できていたと考えるにしても、それは何か特殊な制約に従わなければ起こりえなかったことになる。つまり、インフレーション理論は宇宙の始まりの問題を、真の答えがないまま一段階先送りしただけになるのだ。
現在のところ、この問題に対する答えの1つが「多元宇宙(マルチバース)論」だろう。これは異なる物理定数を持つ無数のビッグ・バンが偶然的につねに生成されていて、そのなかの1つに私たちが属しているというものだ。
この視点に立つと、私たちは有名な人間原理[* 宇宙の構造を人間の存在に求める考え方]に書かれているような、あらかじめ人間の生成に適した定数に恵まれた宇宙の1つに生きていることになりうる。
しかし私に言わせると、こうしたいかなる仮説も、宇宙がどのように始まったのかについて、納得できる科学的説明を提示してはいない。
本書では、現在の科学的知識に基づいて、創造主としての神あるいは知性の存在を考えうるのかどうかを探求している。これは多くの宗教に見られる考え方でもある。
たしかなのは、もしみなさんが伝統的な意味でのユダヤ教やキリスト教の敬虔(けいけん)な信者なら、ビッグ・バンや宇宙の起源などの科学的理論を説明するものとして、聖書の創世記の記述にまさるものはないということだ。ただし、そう考えたとしても、起源の問題は先送りにされている。この神あるいは知性は、どのように出現したのだろう? そしてその特性は何なのだろう?
ときどき私は、夜空に輝く何千という星を見上げながら、宇宙の始まりについて考えることがある。もしかして、私と同じように空を見上げる人の多くも宇宙の始まりに思いを馳(は)せているのではないだろうか?
宇宙の始まりについて説明することは、私にはできない。しかし、おそらく本書を読んだ読者のみなさんのなかには、その答えの発端を見つける人もいることだろう。
ロバート・ウィルソン
ハーヴァード大学、2021年7月28日
