フクロウは古代から世界中の人々を魅了し、知恵・知識・先見の象徴とされてきた。が、保護色を持ち、主に夜間に活動する彼らは発見も研究も難しく、科学者たちがその生態を理解し始めたのは近年のこと。新刊『 フクロウ 地球上で最も謎めいた鳥の科学 』(鍛原多惠子訳、日経ナショナル ジオグラフィック)は、著者のジェニファー・アッカーマン氏が研究者たちとともに行動し、最新のテクノロジーとツールを駆使して、“フクロウの真実”に迫るサイエンス・ノンフィクションである。ここでは日本語版監修を務めた国立科学博物館の樋口亜紀氏による「解説」をお届けする。本書の魅力とともに、日本におけるフクロウの研究について、またフクロウの輸入大国である日本特有の状況や問題点についても詳解。フクロウの森の、さらに奥へと誘ってくれる。

【日本語版監修者解説】

 神話の世界にも登場するフクロウは、その姿やしぐさ、そして音もなく夜を飛ぶ力など、数えきれない魅力を備えた鳥です。その思索に満ちた顔立ちから森の賢者にたとえられることもあります。しかし、夜に活動する彼らの暮らしは観察が難しく、まだ解明されていないことが数多く残されています。

 本書は、「フクロウはどのような鳥類なのか」を、進化や生態、感覚や認知機能といった科学的な側面から解き明かすだけでなく、文化や芸術における人との関わりについても目を向けて解説しています。著者のジェニファー・アッカーマン氏は、『鳥! 驚異の知能――道具をつくり、心を読み、確率を理解する』(鍛原多惠子訳/講談社ブルーバックス)などの鳥類に関する著作で広く知られるサイエンスライターで、フクロウの多様で一括りにできない姿が執筆の動機の一つであったと語っています。世界各地の研究や保全活動の現場での声を丁寧にすくいあげ、「科学を人に伝える」誠実さと深い観察力で綴られた内容は、最新の知見をわかりやすく伝えるだけではありません。多くの専門家の経験や言葉を織り交ぜている点も、本書の大きな魅力です。その充実した内容は、読み手を選ばず、フクロウへの理解を深めると同時に、自然界への理解、ひいては人間自身への理解へとつながっていくでしょう。

 1997年2月、カナダ・ウィニペグで第2回国際フクロウ学会が開催されました。世界各地から研究者や関係者が集まり、現状を報告し合い、議論を重ねる貴重な場でした。第1回から10年ぶりの開催とあって、再会を喜び合い、それぞれの成果を報告し交流する雰囲気は、とても温かなものでした。参加していた研究者の方々が、まだ若い学生であった私にも惜しみない助言をくださったことは、今も心に鮮やかに残っています。そのとき知り合った方々とのご縁はその後も続き、日本での研究を見守り、支えてくださいました。本書には、その学会で中心的に活躍されていた方々が随所に登場しています。国や地域、文化の背景は異なっていても彼らに共通しているのは、フクロウや自然界、そして科学を深く理解するために、粘り強く観察を続け、実験や調査を積み重ねてきた姿勢です。そうした姿勢が織り込まれている本書は、単なるフクロウの入門書にとどまらず、「フィールド科学の集大成」と呼ぶにふさわしいものでしょう。

 私たちが自然を観察するとき、対象へのストレスをできる限り抑え、介入を最小限にとどめ、長期的な影響を見極めながら調査を行うことは、フィールドワークの大原則です。こうした姿勢は、専門家や現場を深く知る人々の経験や、長年にわたる観察から得られた知見によって初めて実現します。さらに近年は、めざましい技術の進歩によって、新たな事実が次々明らかになりつつあります。本書では、夜行性であるフクロウをどのように観察すべきか、経験豊かな研究者たちの言葉から多くを学ぶことができます。その一つひとつは洞察と経験に裏打ちされており、読む者の関心を強く引きつけるでしょう。それらは若い研究者や学生、フクロウの現場に向き合う人にとっては大変貴重な学びになるはずです。しかし一方で、本書の日本語版を刊行するにあたり、日本のフクロウを取りまく現状についても少し触れておく必要があると考えました。本書で紹介される調査技法は専門家によって長い年月をかけて磨かれたものですが、日本の現場において、それらが正しく理解されずに模倣されれば、フクロウを傷つけたり、自然界の均衡を乱したりする恐れがあるからです。

 日本は南北に細長い森林大国で、豊かな自然に恵まれていることから、生息しているフクロウの種類も多く、迷鳥も含めるとこれまでに12種が確認されています。しかし夜行性で扱いにくいこともあり、その専門家の数は限られ、長期的な研究が育ちにくい状況が続いてきました。その反面、現代におけるフクロウと人との距離は、かつてないほど近づいています。野生のフクロウの生態を詳しく知りたいという科学的関心のみならず、近年では「近くで見たい」「触れたい」「飼いたい」といった方向に日本の人々の興味が広がっています。この傾向は世界的なものですが、日本では特に、フクロウの文化的イメージの良さや愛好の対象として人気があることから、フクロウカフェやペットとしての需要が急速に増加しました。都市部ではフクロウカフェが人気を集め、SNS上でも飼育下のフクロウの愛らしい表情やしぐさが日常的に発信されています。フクロウを触ることができる観光地として世界の人々の間でも有名になるなど、フクロウカフェは日本特有の文化とまで認識されるようになっています。商業施設やカフェでの展示については、飼育環境上の個体へのストレスや、衛生問題に対する懸念が以前からも指摘されてきましたが、制度や基準が不十分なままで、一部では野生由来の個体が輸入・取引されています。この現象は海外からも懸念視されており、著者は、日本独特の「可愛い文化(Kawaii)」が関係していると述べています。

 フクロウに限らず近年ではペットショップにさまざまな生きものが並ぶようになりました。実際にフクロウを飼えば、その卓越した能力から多くを学ぶこともでき、飼い主の深い愛情を理解し、強い絆が育まれることもあるでしょう。飼育されている方々やカフェの関係者が、1羽1羽を大切に世話し、愛情を注いでいることも確かであり、その努力や想いを否定するつもりはありません。ただ、本書でも触れられている通り、日本は世界の市場に流通するフクロウの9割を輸入する輸入大国とまで言われるようになりました。世界のどこかで捕獲されたフクロウが高額で売買されることが、やがて絶滅の危機につながる可能性があることを、私たちは忘れてはなりません。犬や猫に代表されるペットは、長い歴史の中で人とともに暮らし、コンパニオンアニマルとしての位置を築いてきました。フクロウは、人のために作られた存在ではありません。フクロウは夜の森で孤高に暮らす捕食者です。昼夜のリズムや音や光への感受性、縄張りの中で生きた獲物を狩るといった行動の特性は、人間の生活環境とは大きく異なります。狭い室内でストレスなく展示できるのか、衛生環境に問題はないか、本書にも描かれている通り、フクロウは本来、特定の環境やリズムに深く依存する鳥です。その気質や能力を思えば、人間の空間で暮らすことは、決して容易ではないことがわかります。夜の森にひっそりと、音もなく羽ばたくその姿を想うとき、私たちはただ静かに、その生命の重さに耳を澄ませることができるのではないでしょうか。

 本書は、「ふれあいの本質に目を向け、いま私たちが享受している関係の尊さ」を、あらためて考えるきっかけを与えてくれます。ペットとして売買される個体の素性、密猟が種の存続に及ぼす影響、不本意に逃げ出したフクロウが在来種に交雑などの形で負荷を与える可能性――こうした事実の一つひとつを、まず正しく知ることが出発点になるのではないでしょうか。大切なのは、「知ること」から始めることです。私たち一人ひとりがフクロウという存在を理解し、その命に敬意をもって向き合うことができれば、飼育している方々も、展示に関わる方々も、研究者や自然保護に関心を持つ方々も、同じ想いを分かち合えると思います。

 野生鳥獣の無許可捕獲や飼育は、世界各国それぞれの法律によって厳しく禁じられています。日本においても、カラスやスズメのような身近な鳥であってさえ、許可なく捕獲・飼養することは「鳥獣の保護及び狩猟の適正化に関する法律」により禁じられ、違反すれば1年以下の懲役または100万円以下の罰金に処されます。国や自治体によって捕獲が許可されるのは、有害鳥獣の駆除や標識調査、学術研究などに限られます。さらに、カスミ網については、売買はもとより、所持すら禁じられており、使用に際しては、環境省の旗を掲げ厳正に行うことが義務付けられています。怪我をした野鳥の保護についても、速やかな報告と専門機関による適切な処置が求められます。近年は鳥インフルエンザウイルスによる野鳥の汚染も深刻であり、生態系に与える影響が甚大となっています。弱った個体や死体を見つけた場合は、自己判断せず必ず自治体の指示を仰ぐことが大切です。

 フクロウの魅力に惹かれ、その保護に関わりたいと願う人は少なくありません。その気持ちは純粋で尊いものですが、自然を相手にした保護活動は、善意だけでは必ずしも望ましい結果に結びつかないことがあります。本書でも描かれているように、巣箱の設置や給餌行為など、人為的な介入は十分な知識と配慮を欠くと、生態系の均衡を乱したり、かえって個体を危険にさらしたり、人間への危険を生じさせてしまう場合もあります。

 また、怪我をして野生復帰できなかったフクロウが教育の場で「アンバサダー」として人々に多くを伝えている事例も紹介されています。車窓から無意識に投げ捨てられたリンゴの芯が、ネズミを呼び、そこに狩りに来たフクロウを交通事故に巻き込む――そうした小さな行動の連鎖が、自然に思いがけない影響を及ぼすのです。著者は声高に批判するのではなく、私たち一人ひとりが「知る」ことから始められる変化を示しています。

 本書が描くのは、「フクロウの知性」だけではなく、「自然と人との関係をいかに結び直せるか」という問いでもあります。フクロウの声に耳を澄ませるとき、私たちは自然界の深い秩序と、その中で生きる自分たちの在り方を見直すことになるのではないでしょうか。

 自然界のしくみの奥深さと素晴らしさに私はいつも驚きと感銘を受けますが、留鳥として長く同じ場所で暮らすフクロウたちは生息地の自然を熟知し、生態系内の均衡の中で変化を敏感に感じとりながら暮らしています。見晴らしの利く、風通しの良い、お気に入りの木のお気に入りの枝――そこが平穏であればフクロウたちはいつまでもそこを利用するでしょう。優れた聴覚は我々の出す微かな音も聞き逃さず状況を把握します。十分な餌と、安全な子育ての場があれば、フクロウのつがいは一生その場所に暮らしつづけ、世代交代を繰り返します。本書では、多くの種類のフクロウの子育てに必要な樹洞についても取り上げています。樹洞は長い歳月を通じてしかできません。森の巨木はフクロウのヒナのゆりかごとなるだけでなく、その地に多様な生命を育みます。フクロウは生態系の高次消費者として、それらに支えられています。私たち人間も自然界の一員です。消費者である動物たちは、生産者である植物に支えられ、また分解者である菌類の力で、やがて土壌に還る。一度壊されたその営みは、簡単には戻りません。

 人は快適な暮らしを求めて自然を切り開き、人工的な環境を築いてきました。その一方で、日本の大都市には、公園や庭園、屋敷林、神社や仏閣といった歴史ある緑地が点在しています。100年以上の歴史を持つ孤立林もあり、樹洞を抱えた巨木を含むこれらの緑地は、多様な生物を育んできました。翼を持つ鳥たちは、これらを「緑の島」として行き来し、渡りの中継地点や休息の場、子育ての場、さらには餌場として利用します。限られた空間に多くの生物が集まる都市の孤立林は、特異な生態系を形づくっています。

 私たちの研究により、東京の都心部でもフクロウが定着し、天然の樹洞での繁殖が増えていることが明らかになってきました。フクロウと同じく成熟した林を好む森林性の猛禽類であるオオタカと同所的に生息している場所もあります。彼らは都市の限られた空間と餌資源をどのように利用しているのでしょうか。その背景には、カラスやドバト、ドブネズミやクマネズミといった都市部特有の生きものたちとの相互作用があります。近年の研究手法の進歩によって、これまで詳しく知ることができなかった夜行性フクロウの行動、繁殖、生息環境利用、餌資源の調達、競合種との棲み分けについて少しずつ明らかにされています。これらの知見は、人と自然の共生を考える上で貴重な示唆を与えてくれるものです。

 本書は、「フクロウがなぜ魅力的なのか」を語るだけでなく、「私たちはフクロウにどう向き合うべきか」を静かに問いかけています。その視点は、自然を身近に感じるすべての人にとって大切なものです。日本各地には、地域に根ざして自然を見守る方々が数多くいます。そうした人々と、専門家や行政が力を合わせることで、フクロウや猛禽類への理解が深まり、人と自然がともに生きる未来を探る大きな一歩となるでしょう。

 その意味でも、本書が日本語で広く読まれる意義は大きいと感じます。本書は、立場の異なるあらゆる読者の期待に応えてくれるでしょう。人の都合や好奇心のためではなく、フクロウいう生きもののあり方を深く理解し、敬意を持って接し、向き合っていくという姿勢――これこそが科学と保全の原点であると、著者は力強く訴えています。日本でもこの視点が広がり、本書の情報が正しく受け止められ、フクロウや自然への新たなまなざしにつながることを、私は心から願っています。

 夕暮れ時、小鳥たちの声がしだいに静まり、あたりが深い静けさに包まれると、夜行性の生きものたちが動き出します。つがいのフクロウは、ささやくような優しい声で一声ずつ交わし、狩りに出かけます。その会話を耳にすると、彼らにとって声を通じたやりとりがいかに大切かを思わずにはいられません。警戒心の強いフクロウですが、危険がないとがわかれば、私たちにもありのままの営みを見せてくれます。互いの領域を必要以上に侵さない――それは自然界に息づく暗黙のルールなのかもしれません。野生の生きものの暮らしぶりから、私たちはいつも大切なことを教えられているように思います。フクロウの棲む森に足を運び、気配を消して静かに佇み、静寂に耳を澄ますとき、この鳥たちが発しているさまざまな問いかけを、ようやく受け止められるのかもしれません。

 本書の翻訳本と出版するにあたりご尽力いただいた皆様と、本書を丁寧に適確に翻訳された鍛原多惠子氏に敬意を表しますとともに、田中祥子氏、川端麻里子氏には編集に際して大変お世話になりました。素晴らしい本書に対して、このようなお仕事を戴いたご縁に感謝しますとともに、研究の継続を支えてくださったすべての方々にこの場をお借りして深謝いたします。

樋口亜紀

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