ドーナツを穴だけ残して食べる方法はあるのか──。大阪大学の知の精鋭たちが、この超難問に挑む『 ドーナツを穴だけ残して食べる方法 』(大阪大学ショセキカプロジェクト編/日経ビジネス人文庫)。昨今TikTokで話題となり、新たな読者を獲得しています。本書に収録された大竹文雄・大阪大学特任教授の解説を紹介します。

【解説】

 「ドーナツを穴だけ残して食べる方法を考えてください。」あなたはこんな質問にどう答えるだろうか。

 穴はそもそもドーナツの一部ではないのだから、それを残すこと事態が無理ではないのか。いや、ドーナツの穴というのは、穴の周りのドーナツが存在して初めて穴となるのだから、穴の周りのドーナツを残して食べればそれでいいのではないか。普通なら議論はこれで終わりそうなものだ。普通ではないことを考えるのが、大学教授と呼ばれる人間たちだ。こういう質問を学生たちから受けると、それぞれの学問の専門分野に応じて彼らは真剣に延々と議論を始める。

 仕掛学を作り出した松村真宏氏は、「ドーナツの穴問題」は、ネットで議論されたことが元になっているのだからと、その発生源を詳しく調べ始めた。その上で、インターネットでのクチコミがどのように伝播していくかという自身の研究成果への紹介につなげていく。

 一方、穴の周りのドーナツをどれだけ薄く残せるのかということを「切る」「削る」という工学的な側面から分析する人(高田孝氏)がいる。まず、ドーナツの材料を分析し、機械加工に適していないことを示す。その上で、手、口、はさみ、ナイフという人力によってどこまで削れるかを考える。ただ、そこで終わらないのが、工学部の先生だ。ドーナツを樹脂などで固定化してから旋盤、フライス盤での加工ならどこまで薄くできるかを検討する。さらには、レーザーを使うことまで考える。結果的には、人力と機械にそれほど違いがない、という結論だ。さすがに、真面目な工学の先生らしい。

 いかにも大学教授らしい回答を寄せているのは、文学部の田中均氏と理学部の宮地秀樹氏だろう。美学を専門とする田中氏は、「ドーナツを食べればドーナツがなくなる」ということ自体に反論する。プラトンやハイデガーの議論をもとに、食べられるドーナツというのは本物のドーナツでない、とさんざん議論したあげく、食べられるドーナツについては「ドーナツは家である」と結論づける。

 数学者の宮地氏に至っては、4次元空間を持ち出してくる。しかも、元の問題を「ある人がドーナツの穴に指を通してドーナツの穴を認識したまま、別の人がドーナツを食べることができるか」という問題に定義し直している。そして、4次元空間ならそれが可能だという論証をするのだ。そんなことを聞きたかったのかという気がしないわけではないが、同じ問いでも、答える人が違うとここまで違ってくるのだ。

 以上は、本書の一部にすぎない。精神医学、歴史学、人類学、分子化学、法律学、経済学など様々な分野の専門家が、ドーナツという言葉をもとに、各分野のアプローチを一般向けに解説する。各章末にはブックガイドもあるので、興味をもった読者は深く調べることもできる。世界9カ国のドーナツ事情を紹介するコラムも章の間に挟まれている。

 この本は、一般の人だけではなく、高校生にも有益だろう。高校生にとっては、勉強とは質問に対する正解を覚えることだ。既存の知識をきちんと獲得することは学問をする上での基本だ。しかし、研究の最前線や現実の社会ではそれだけではだめで、答えが分からない問題に対して解が求められている。つまり、問題を発見し定式化する能力と、それを解決する能力の両方が必要なのだ。そのためには、自分の専門分野を他分野の人に分かりやすく説明し、違う分野の人の意見にも触れることが大切だ。本書はそうした学問の現場を体感させてくれる。

 本書を読む前と読んだ後で、「ドーナツを穴だけ残して食べる方法」についてのあなたの答えはどれだけ変わっただろうか。その変化を楽しんでもらいたい。

 この本は、大阪大学の学生たちが中心になって作成したものだ。研究者にとっては、当たり前の議論の仕方も、一般の人にとっては、新鮮で多くの発見がある。そうしたことを見出し、伝えていけるのも本という媒体だ。本の可能性はまだまだあると思わせてくれる。

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