経営学における世界トップクラスの研究者たちから最新の知見を取材してビジネスパーソンにも分かりやすく解説、2020年に刊行され好評を博した『世界最高峰の経営教室』。そこに新たな2人の取材を加え、大幅に増補改訂して文庫化したのが『 世界最高峰の経営学教室 』だ。著者の広野彩子氏を「最も信頼している経済ジャーナリスト」に挙げる早稲田大学大学院・早稲田大学ビジネススクール教授の入山章栄氏が本書に寄せた解説は、熱く詳細。<1 理論編><2 実践編>合わせて800ページ超の大作を概観するための、最高峰のガイダンスをお届けします。

【解説】
本書を読むにあたってのガイダンス:
信じられないほどの最高水準の知見がこの一冊に

入山章栄 早稲田大学大学院、早稲田大学ビジネススクール教授

 本書は、私が最も信頼している経済ジャーナリストである日経ビジネス副編集長広野彩子氏(現在は慶応義塾大学の特別招聘教授も兼任)が、2019年春から最近まで、経営学の世界における超トップクラスの研究者・経営学者に最新の知見を尋ねてきた取材成果をまとめたものだ。より正確に言えば、この文庫版では、元々の原初版からさらに二人が追加され、合計19人のトップクラス研究者のビジネス、経営、テクノロジーなどに関する最先端かつ骨太な知見がまとめられている。文庫版のために内容もアップデートされている。

1. なぜ本書を読むことに価値があるのか?

 私はこの本をビジネスパーソンなど多くの方々に、ぜひ手にとってほしいと考えている。それはこの本がそれだけ希有な本であり、今後もこのような本が出る可能性は低いからだ。

 その最大の理由は、なんといっても、本書に出てくる19人の世界的な経営学者・経済学者の豪華さだ。まさにドリームチーム! よくぞ、これだけのメンバーを集めたものだ。「世界最高峰」という書名に恥じない、現代の必読書である。
 現代のビジネス環境は変化が激しく、またネットメディアなどを通じて様々な情報や視点・意見が行き交う。逆に言えば、その中で「本物の知見」だけを選んで、しかも経営学、経済学、ファイナンス、テクノロジーなど様々な領域を超えてその知を学んでいくことは至難の業だ。特に、アカデミア(学問の世界)と実務を往復している経営学者・経済学者は、一般のビジネスパーソンからは遠い存在にも感じられ、その知見を学んでみたいものの、誰が「本物」なのかは分かりにくい。
 加えて言えば、研究者が著した本で取り上げる内容は、多くの場合はその研究者の専門分野に限定される。それだけ深い知見は得られるが、ビジネスに必要な知見の全体像を、様々な領域をまたいで1冊で網羅するのは、かなり難しい。
 しかし本書は、広範に経営学者・経済学者と付き合ってきた広野氏だからこその視点で、ビジネスに示唆のある最高峰かつ最先端の論考を、研究領域の垣根を越え、大御所か気鋭か、アカデミア寄りか実務寄りかといった違いにまったく忖度(そんたく)することなく、1冊にまとめて網羅してしまったのだ。
 このような本は、世界を見渡しても他には恐らくないだろう。唯一無二の1冊なのだ。登場する19人の人選は、「ビジネスに示唆のある最先端の知見を持つ、最高の研究者をノンジャンルで集めた」という意味において、まさにスーパードリームチームだ。だからこそ、ビジネスに携わるあらゆる人に、ぜひ読んでほしい1冊なのだ。

 繰り返しになるが、本書の最大の特徴は19人の大物学者の人選であり、その目利きである。この目利きを様々な領域を超えて行うことは、想像以上に難しい。しかも英語でこれら多様な大御所にそれぞれの専門的知見のインタビューをするわけだから、そのハードルの高さは皆さんも想像がつくだろう。そして私はまさに広野氏だからこそ、この仕事ができたと理解している。

 広野氏は、実は経済学分野を中心に、日本の若手研究者からの敬意と感謝を集める存在である。
 広野氏は朝日新聞社を経て、日経BPで『日経ビジネス』記者として活躍しながら、米プリンストン大学大学院(Princeton School of Public and International Affairs)に私費留学し、公共政策修士号を取得した2005年以降、アカデミックな研究の情報発信に力を入れてきた。
 特に、2009年から2016年まで『日経ビジネス』および『日経ビジネスオンライン』で連載されたコラム「気鋭の論点」の編集担当者として、経済学の若手研究者を多く起用し、認知度を高めてきた。その代表は、大阪大学大学院経済学研究科教授の安田洋祐氏(当時は政策研究大学院大学助教授)であり、また東京大学大学院経済学研究科の渡辺安虎教授(当時はノースウエスタン大学ケロッグ経営大学院助教授、その後、アマゾンジャパン経済学部門長などを経て現職)などだ。
 欧米の学界を中心に実績を残しながら、日本のメディアではなかなか注目されにくかった若手に、積極的に情報発信の場を提供したのだ。その人選も、しっかりとした業績の審査に裏打ちされた納得のいくものであり、結果として、日本中の気鋭の実力派研究者、中でも若手経済学者から喝采をもって迎えられたのだ。

 かく言う私自身も、「広野氏に発掘してもらった一人」といえるかもしれない(私は経営学者だが)。2012年、米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールでアシスタント・プロフェッサーを務めていた私は、1冊目の著書となる『世界の経営学者はいま何を考えているのか』(英治出版)の刊行を準備していた。その本の担当編集者が刊行前の原稿の査読を依頼した識者の中に広野氏がいて、読み終えた彼女からある日突然、米国にいる私に電話がかかってきた。
「これはいい! 連載をしましょう。本の宣伝にもなりますよ!」──こうして2012年末、1冊目の本を刊行してから始まった『日経ビジネスオンライン』での連載は、2015年11月に私の2冊目の本である『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』(日経BP)として結実した。もちろん編集は広野氏である。同書は5万部を超えるベストセラーとなり、「ハーバード・ビジネス・レビュー読者が選ぶベスト経営書2016」の1位にも選ばれた。広野氏はこの本を提案・編集した成果で、勤務先の日経BPから社長賞を受賞している。

 このように、広野氏は「現代の日本における経済学・経営学の目利きの達人」であり、しかもその視点は世界で活躍できる日本の有力若手研究者から、海外の大御所や気鋭にまで行き渡っている。言うまでもなく英語での専門知見の取材力もある。現在では、その広い知見を評価されて、慶応義塾大学の特別招聘教授まで務められている。繰り返しになるが、このような方は日本の経済ジャーナリストの中にも、そうはいない。その人脈と、洞察力と、好奇心の広さにはいつも驚かされる。その広野氏が選ぶ世界のトップ研究者19人の論考をまとめた本書だからこそ、信頼できるし、私も強く推薦できるのである。

2. 19人のスーパースター研究者の紹介・位置づけ

 さて、このように広野氏の目利きによる超豪華メンバーの知見がまとめられた本書だが、他方で、その領域は多岐にわたり、また各研究者に個性があるのも事実だ。
 そこでここからは、私・入山章栄の独断で、各研究者の研究領域(①)と、立ち位置(②)を整理させていただこう。各研究者に確認をとったわけではないし、もしかしたら私の整理に異論がある専門家もいるかもしれない。しかし、多くの読者が本書を読み進めていくうえでのガイダンスとして有用と考えるので、あえてこのような整理をする非礼をご容赦いただきたい。

① 研究領域による整理
 言うまでもなく、経営・ビジネスと関わりのある研究分野は、多様である。その代表は経営学かもしれないが、その中身も多様である。加えて、そもそもはより広範な「経済」を扱っていた経済学でも、近年はビジネスに示唆のある理論や研究成果が多く出てきている。マーケティングも同様だし、ファイナンス分野はそもそも経済学の影響が非常に色濃い。
 本書は、そのような「ビジネス、経営、ビジネス関連の経済学、マーケティング、ファイナンスなどに関する研究分野」の様々な領域全体から、できるだけ広範に、トップ研究者を選び抜いているのが特徴である。あえて本書における19人を領域別に分けると、以下のようになるはずだ。

[経営学] 経営者・リーダーの視点
マイケル・ポーター(CEO論とCSV/第3講)
ナラヤン・パント(リーダーシップの経営心理学/第10講)

[経営学] 経営・戦略の視点
野中郁次郎(「人間的」経営論/第1講)
デビッド・ティース(ダイナミック・ケイパビリティ/第4講)
チャールズ・オライリー(両利きの経営/第5講)
ヘンリー・チェスブロウ(オープンイノベーション/第6講)

[経営学] テクノロジーの視点
デビッド・ヨフィー(ネットワーク効果で読み解くプラットフォーマー/第12講)
マイケル・ウェイド(デジタルトランスフォーメーション(DX)/第13講)
マイケル・クスマノ(日本のイノベーション力/第16講)

[経営学] 新時代の経営への視点
ジャズジット・シン(社会的インパクト投資/第7講)
ウリケ・シェーデ(新時代の日本型経営/第18講)
ヘンリー・ミンツバーグ(資本主義論/第19講)

[経済学] 経済学からビジネスを解き明かす視点
スコット・コミナーズ(マーケットデザインで読み解く起業マネジメント/第11講)
スーザン・エイシー(AIとアルゴリズムの進化論/第15講)

[マーケティング]
フィリップ・コトラー(新しい資本主義のマーケティング/第2講)
ドミニク・テュルパン(デジタルマーケティング/第17講)

[ファイナンス]
ロバート・ポーゼン(ステークホルダー理論/第8講)
コリン・メイヤー(パーパス経営/第9講)

[AI・機械学習]
マイケル・オズボーン(AIと雇用の未来/第14講)

 これだけを見ても、この本一冊でいかに多様な領域がカバーされており、いかに豪華メンバーであるかが分かるだろう。

② 各研究者の現在の立ち位置による整理
 さて、もう一つの整理は各研究者の立ち位置だ。筆者はアカデミアにいるので事情が分かっているつもりだが、経営・ビジネスの研究者や経済学者といっても、その立ち位置は人によって異なる。実は今回の19人も、学界におけるその個性や立ち位置は異なっており、そのような背景を理解したうえで本書を読んでいただくことで、本書の醍醐味をより深く味わえるのではないかと考える。こちらは①以上に、私感が強いかもしれないが、ご容赦いただきたい。

 私としては、以下の二つの軸でこの19人を整理すると皆さんに分かりやすいのではないかと考える。

第1の軸 アカデミアvs.実務
 経営・ビジネスに関わる研究者には二つの相反する方向性がある。
 第1は、アカデミア・学界への貢献を重視する方向性だ。理論を磨き、統計分析などの手法も駆使しながらそれを検証し、質の高い学術論文を一流の学術誌に投稿し、掲載されることを目指す人たちだ。自身の知的好奇心を満たし、学界で注目を浴びて成功を目指すパターンだ。とはいえこういう研究者の知見も長い目で見れば、やがて多くの研究者・実務家から多く引用・参照されるようになり、社会によいインパクトを与えることもあるだろう。
 もう一つの方向性は、実務への直接的な貢献を重視する方向性だ。例えば、ビジネススクールの教壇に立ち、実業界の未来を担うエグゼクティブを教育する。実務に使えそうなフレームワークを提供したり、企業におけるケースを分析して書く。あるいは、民間企業に助言やコンサルティングをすることで、現実のビジネスをより良いものに変えていくことを目指すスタンスの方々だ。
 両方とも価値ある貢献だが、1人の研究者がこの二つを両立させることは、現実には非常に難しい。私の場合、米国の大学に所属していた2013年まではきわめてアカデミア寄りだったが、日本に帰国してからこの10年はかなり実務寄りにシフトしてきた。その経験からも、アカデミアへの貢献と実務貢献のバランスをとる難しさは痛感するところだ。
 逆に言えば、いかなる知の巨人といえども、基本的には「アカデミアへの貢献」と「実務への貢献」のどちらかに比重を置くことになる。研究者の言説に触れるとき、どちら寄りの立ち位置にいるかを念頭に置くことは、少なからず理解の助けとなるはずだ。

第2の軸 大御所vs.気鋭
 昔からその名を知られた大物学者か、あるいは、最近になって注目を集めるようになった、比較的若い気鋭の研究者か。本書は、その両方によく目配りした人選がなされている。その中で見逃せないのは、本書が取り上げるのが「ただの大御所」「ただの気鋭」ではない、ということだ。
 本書の特徴の一つは、大御所ならば誰でもいいというわけではなく、「アップデートを続ける大御所」に絞りこんでいるところだ。
 大御所というと、何か「終わった人」のようなイメージを抱く人もいるかもしれない。そのような大御所も現実にはいることを私は否定しない。しかし、本書におけるマイケル・ポーター教授、フィリップ・コトラー教授、ヘンリー・ミンツバーグ教授などの論考を読めば、その考えは一変するはずだ。時代の変化を鋭く捉え、既に高い評価を得ている自らの理論をアップデートし、現代でも知的刺激と実践に役立つ示唆に満ちた論考を提供する。そのダイナミックな知のあり方には、興奮と尊敬の念を覚える。
 一方の「気鋭」も単なる若手ではなく、「真の実力者」を厳選しているのが本書のすごみといえる。誤解を恐れずに言えば、気鋭の研究者は「有象無象」の世界だ。実力を伴わないうちに、ちょっとした偶然から注目を集めてしまう若手もいるかもしれない。そのような混沌とした中から、アカデミアの世界でしっかりとした実績を残している研究者、あるいは実務の世界で本当に評価されている若手を選んできているところは、「さすが広野さん」と私もうなるところだ。
 ゆえに本書を理解する軸としては、「大御所vs.新進気鋭」というだけでは言葉が足りない。ここでは「アップデートを続ける大御所vs.気鋭の実力者」と表現したい。
 さて、この2軸を基に本書に登場する19人をマッピングしたのが、下のマトリクスだ。このマトリクスに19人の研究者が満遍なく配置されることから、本書が非常にバランスよく構成されていることが分かる。本書の読者にはこのマトリクスを地図のように使いながら、本書で知の巨人たちが導く世界を探索してほしい。

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 参考までに、4象限に分けて、19人を再度一覧してみよう。

[大御所] × [アカデミア]
デビッド・ティース(ダイナミック・ケイパビリティ/第4講)
チャールズ・オライリー(両利きの経営/第5講)
コリン・メイヤー(パーパス経営/第9講)
野中郁次郎(「人間的」経営論/第1講)

※ アカデミアでも、やや実務寄りの大御所
フィリップ・コトラー(新しい資本主義のマーケティング/第2講)
マイケル・ポーター(CEO論とCSV/第3講)
マイケル・クスマノ(日本のイノベーション力/第16講)
ヘンリー・ミンツバーグ(資本主義論/第19講)

[大御所] × [実務]
ロバート・ポーゼン(ステークホルダー理論/第8講)
ナラヤン・パント(リーダーシップの経営心理学/第10講)
ドミニク・テュルパン(デジタルマーケティング/第17講)

※ 実務でも、ややアカデミア寄りの大御所
ヘンリー・チェスブロウ(オープンイノベーション/第6講)

[気鋭] × [アカデミア]
ジャズジット・シン(社会的インパクト投資/第7講)
スコット・コミナーズ(マーケットデザインで読み解く起業マネジメント/第11講)

[気鋭] × [実務]
マイケル・ウェイド(デジタルトランスフォーメーション(DX)/第13講)
マイケル・オズボーン(AIと雇用の未来/第14講)

[大御所と気鋭の中間] × [アカデミアと実務の中間]
スーザン・エイシー(AIとアルゴリズムの進化論/第15講)
ウリケ・シェーデ(新時代の日本型経営/第18講)

[大御所と気鋭の中間] × [実務]
デビッド・ヨフィー(ネットワーク効果で読み解くプラットフォーマー/第12講)

3. 各講・各研究者の紹介

 最後に、本書の「ドリームチーム」を構成する19人のスター研究者について、私なりの解説を簡単に加えておこう。本書は各講の冒頭で、広野氏が書く「講義の前に」という部分があり、そこで彼女から見た教授たちの素顔が記されていて面白い。そちらはそちらで楽しんでいただくとして、ここでは私から見たそれぞれの教授の立ち位置と、各講の論考の読みどころを駆け足で紹介したい。本書はどこから読んでもいい構成になっているので、以下をざっと読んで、興味があるところから読み始めるためのきっかけにしていただきたい。

第1講 野中郁次郎 一橋大学名誉教授
 日本が誇る、経営学の知の最大の巨人。もし経営学にノーベル賞があったら、間違いなく受賞するだろう。この文庫版冒頭に野中教授を持ってきた意義は大きい。それは以下の三つによる。第一に、イノベーションが足りない日本企業にはいまこそ同教授の代名詞と言える知識創造理論(SECIモデル)が不可欠だからだ。
 私からみれば、日本企業の多くのイノベーション創出プロセスには知識創造理論が不足している。だからこそ、いまデザイン経営などがもてはやされているともいえる(デザイン経営とは暗黙知を形式知化することなので、知識創造理論そのものだ。詳しくは、手前味噌になるが拙著『世界標準の経営理論』〈ダイヤモンド社〉なども参考にしてほしい)。その意味で、改めて我々は野中教授の言説に注目すべきなのだ。
 第二に、いまIT業界やデジタルトランスフォーメーションの潮流で日本でも注目される「スクラム・アジャイル」の源流が野中教授にあるからだ。この点は本書で解説されているのでぜひ一読いただきたい。
 そして最後に、野中教授は自身の理論を昇華させた集大成として、「知恵(Wisdom)による経営」を提唱しており、本講でも解説されている。チャットGPTなどAI技術が発展する中で、人類に最後に残るのは知恵(Wisdom)である。その意味で、野中教授の本書の思考こそまさに最先端であり、最高水準なのだ。この第1講は必読だろう。

第2講 フィリップ・コトラー 米ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院名誉教授
 言わずと知れた「マーケティングの神様」。ただ、フィリップ・コトラー教授のすごさとは、常に自身の考えを、最先端の現実を踏まえて、アップデートしていることでもある。私もコトラー教授とは何度かご一緒しているが、その度にアップデートされている最新知見にはただただ驚くばかりだ。結果、教授のマーケティング理論は現在、「5.0」までバージョンアップされている。本稿では専門のマーケティングにとどまらず資本主義論まで展開し、経営者・ビジネスパーソンが知るべき視点を網羅している。「神様」が語る新しい資本主義のマーケティング論、貴重な論考である。

第3講 マイケル・ポーター 米ハーバード大学教授
 経営戦略の神様。1980年代から競争戦略論を切り開いてきた、世界で最も高名な経営学の教授とさえ呼べる。その功績で注目すべきは、SCP(構造―遂行―業績:structure-conduct-performance)という経済学の理論を経営学に応用し、学術的な知見を実践への示唆があるように提示していったことにある。マイケル・ポーター教授はSCP理論を前提として、ファイブフォースなどの競争戦略論のフレームワークを提示したのだ。最近では、CSV(共有価値の創造:Creating Shared Value)など、社会の変容を踏まえて新しい視点を提示しているのもすごい。文庫版の本稿では、その「開発秘話」とでもいえる特別インタビューが収録されており、資料としても大変貴重である。まさにアップデートする大御所の代表といえるだろう。また「CEOの時間の使い方」という、これまた新しく興味深いテーマで実践的な視点を提示している。

第4講 デビッド・ティース 米カリフォルニア大学バークレー校経営大学院教授
 1980〜90年代の経営学の黎明(れいめい)期に、その基礎を打ち立てた重鎮の一人。日本のビジネスパーソンの間での知名度は分からないが、経営学のアカデミアでは、誰もが知る〝巨人〞である。なかでも、1997年に『ストラテジック・マネジメント・ジャーナル』誌で初めて提示した「ダイナミック・ケイパビリティ」という考え方は、今も世界の経営学における最重要な視点の一つである。ダイナミック・ケイパビリティは、現代でもますます重要な視点である一方で、抽象的で実践化が難しいとも言われる。しかし実は、デビッド・ティース教授自身が、この考え方をどんどんアップデートさせているのだ。文庫版で新たにアップデートした本稿の後半では、昨今の米中対立に端を発する経済安全保障についても積極的に提言し、ダイナミック・ケイパビリティを軸に日本が考えるべき論点を提供している。この第4講では、現代における必須の経営視点の提唱者による、最先端のダイナミック・ケイパビリティ論を紹介する。

第5講 チャールズ・オライリー 米スタンフォード大学経営大学院教授
 今、日本で最も注目されている経営学の用語は、「両利きの経営」ではないだろうか(余談になるが、これはそもそも英語で「Ambidexterity」と表現される学術用語であり、「両利きの経営」という言葉は私が2012年に出版した先の本で初めてそう翻訳したものだ)。この理論の精緻化と実践化を推し進めた世界的な第一人者がチャールズ・オライリー教授である。実は日本通でもあるオライリー教授が、日本でも話題の著書『両利きの経営』(東洋経済新報社)の内容を超え、日本企業の事例を交えながら、「両利きの経営」の最新論を語ってくれる。イノベーションが求められるこれからの時代に不可欠な両利きの経営の最新視点を、その第一人者から得たい。

第6講 ヘンリー・チェスブロウ 米カリフォルニア大学バークレー校経営大学院特任教授
 日本でも定着してきたオープンイノベーション。その概念を初めて提示した、世界的に著名な教授である。様々なオープンイノベーションの事例を見てきた第一人者であり、「オープンイノベーションの権化」とも呼ぶべき存在だろう。本書では、「オープンイノベーションが、なぜつまずきやすいのか」から説き起こし、日本企業が成功するための示唆を示す。オープンイノベーションに取り組みながらも、悩む企業は今、日本に多い。それだけに実例を熟知する提唱者による論考は、一読の価値があるだろう。

第7講 ジャズジット・シン 仏インシアード経営大学院戦略教授
 世界の経営学では、研究者間の激しい研究競争があり、結果としてアカデミックな世界と実務への関わりを両立することは難しい。しかしながら、今、気鋭の若手からは、学術的な実績を上げつつも実務にも影響を与える実力者たちが台頭している。その代表格の一人がジャズジット・シン教授だ。特に同教授の専門の一つは、いま日本でも注目されているESG投資(環境や社会、統治を重視する投資)である。世界では注目されているものの、日本ではまだ深く語られない社会的インパクト投資について、最新の知見を交えて語る。

第8講 ロバート・ポーゼン 米マサチューセッツ工科大学(MIT)経営大学院上級講師
 ファイナンス界、ガバナンス界の超大物。先の「アカデミアvs.実務」の軸でいえば、ポーゼン氏は実務を極めた大御所だ。米証券取引委員会(SEC)顧問や、フィデリティ投信社長を歴任するなど、政府機関や民間におけるファイナンスやガバナンスの実践において第一線に立ち続けてきた。そのロバート・ポーゼン氏が「株主中心の資本主義を変えなければならない」と主張しているというのは、まさに傾聴に値するだろう。

第9講 コリン・メイヤー 英オックスフォード大学サイード経営大学院教授
 アカデミアでも、実務でも実績ある超人。ファイナンスの研究者として世界的な権威であり、この分野を研究する者で彼の名前を知らない人はいないのではないか。同時に、欧州のコーポレートガバナンス(企業統治)制度の中心人物であり、実務にも強い。そのコリン・メイヤー教授が、今、一番重要であるとする「パーパス経営」とは何か。日本への提言も交えながら語る。

第10講 ナラヤン・パント 仏インシアード経営大学院マネジメント実践教授
 欧州の超名門ビジネススクール、仏インシアードで今、最も人気のある教員の一人。もともとは戦略論を専門とし、米ニューヨーク大学スターン経営大学院、カナダ・アルバータ大学、シンガポール国立大学などで教鞭をとってきたが、近年は、実践的なリーダー教育に軸足を移している。心理学の要素を多分に取り込みながら、禅的な色彩も帯びる包括的なリーダーシップ論は、日本人との相性もいいだろう。

第11講 スコット・コミナーズ 米ハーバード経営大学院教授
 先に述べたように、ビジネスに応用される学術分野は、経営学だけではない。近年ではむしろ若手を中心に、経済学研究のビジネスへの応用が急速に進んでいる。そのような若手経済学者の代表的な人物の一人が、スコット・コミナーズ氏である。彼の専門分野はマーケットデザインである。マーケットデザインは聞き慣れない言葉かもしれないが、米グーグルや米ウーバー・テクノロジーズが手掛けるプラットフォームの構築により、新しい取引の仕組みが作られている現代、これらのビジネスを理解するのに役立つ概念である。コミナーズ氏はこういった新しい取引の仕組みの専門家であり、本講では、これからのビジネスを考えるうえで示唆に富む論考を展開する。

第12講 デビッド・ヨフィー 米ハーバード経営大学院教授
 コミナーズ氏とは逆に、経営学、それも実務の視点を存分に取り入れた経営学の立場から現代ビジネスを語れる第一人者が、デビッド・ヨフィー教授だ。ハーバードビジネススクールでおそらく最も多く企業のケーススタディを書いている一人であり、同校の学生で、ヨフィー教授の手になるケーススタディを読んだことのない人はいないのではないか。私も米国で教鞭をとっていたときは、ヨフィー教授のケーススタディを頻繁に使っていた。そんな「企業事例の超エキスパート」が語るプラットフォーマー論は、実に示唆に富んでいる。

第13講 マイケル・ウェイド スイスIMD教授 兼DBTセンター所長
 日本でも注目が集まっているキーワードである、デジタルトランスフォーメーション、略してDX。世界で今、DXに通じる教授といえば、マイケル・ウェイド教授。DXについて知りたければ、まずはウェイド教授に話を聞け、ということになっている。本書では、実は日本通でもある彼から、日本でDXが進まない理由を尋ね、そこから浮かび上がる、日本企業がDXを進めるための手がかりをつかんでいく。

第14講 マイケル・オズボーン 英オックスフォード大学工学部機械学習教授
 本書の中で、唯一、ベイズ統計による機械学習など、ビジネスではなくテクノロジーそのものを専門にしているのが、マイケル・オズボーン教授だ。同氏は2013年に発表した共著論文で、「AIが米国の雇用の47%を自動化する」というショッキングな数字を示し、世界で一躍、注目を集める存在になった。ただ、筆者の見るところ、オズボーン教授の真意は十分に伝わっていないように思う(私はオズボーン教授とご一緒したことがあるが、たいへんに優しい性格で、誠実・真摯な方だった)。「雇用の47%を自動化する」の本当の意図とは何か。実は、そこには単純な恐怖や危機感ではなく、「我々は未来に向けて、どのような仕事をしていけばいいのか」についての展望がある。本講では、世界で最も注目される機械学習の専門家の真意に耳を傾けたい。

第15講 スーザン・エイシー 米スタンフォード大学技術経済学教授
 ノーベル経済学賞の登竜門とされるジョン・ベイツ・クラーク賞を2007年、女性として初受賞した実力派経済学者。米マイクロソフトのチーフエコノミストとして、自身の専門分野である「オークション理論」を、オンライン広告の入札の仕組みに応用するなど、理論と実務をつなぐ研究を続けてきた。本講では、IT企業の競争力の源泉とも言えるアルゴリズムの進化について、最前線の知見を披露する。近年は全米経済学会(AEA)会長など要職も務める。マイクロソフトやグーグル、アマゾンなど、プラットフォーム型のビジネスを模索する米国のIT企業が、エイシー教授をはじめ、経済学における一流のアカデミア人材を以前から積極的に登用してきたことにも、注目したい。

第16講 マイケル・クスマノ 米マサチューセッツ工科大学(MIT)経営大学院 『スローン・マネジメント・レビュー』主幹教授
 世界的な経営学者の中で、最も日本通といっていい人物ではないか。マサチューセッツ工科大学で「MITメディアラボ」を立ち上げ、組織の大変革を成し遂げた経験を持つマイケル・クスマノ教授は、学者として超一流であると同時に、優秀な実務家の顔も持つ。そんなクスマノ教授が日本に提言するのは、「単純なものづくりから脱却せよ」。このメッセージは実に重い。また、文庫版ではAIと経営の関係についても考察を披露する。

第17講 ドミニク・テュルパン スイスIMD教授・前学長
 エグゼクティブ教育の権威にして、大変な日本通。所属するIMDは、世界屈指のビジネススクールであると同時に、エグゼクティブ教育に特化したユニークな存在として知られる。特に、忙しい人たちが気軽に参加できるオープンプログラムには定評があり、フィナンシャル・タイムズ(FT)紙によるランキングで9年連続、世界1位の評価を得たこともある。つい最近までIMDの学長を務め、2022年からは中欧国際工商学院(CEIBS)のプレジデント(欧州)も務めているドミニク・テュルパン教授は、まさに世界のエグゼクティブの考え方を熟知する第一人者だ。本書では日本通である彼が、日本が苦手とする、デジタル活用を進めるリーダーの条件を語る。

第18講 ウリケ・シェーデ 米カリフォルニア大学サンディエゴ校教授
 世界的に活動する海外の経営学者の中で、最も日本企業をよく知る一人。私も彼女とは以前からの知人だが、彼女ほど日本企業を丹念かつ熱心に調査している人はいない。日本中の様々な企業を訪れ、経営者とも徹底議論している。学者としても一流だが、実務家の視点を持てているのが彼女の特徴だろう。
 そんなシェーデ教授の本書での論説は極めて興味深い。それは日本企業の今後の改革に、前向きな視点を提供してくれるからだ。「日本的な総合職兼業は興味深い仕組み」「日本が直面する高齢化とDXはチャンスでもある」「日立に代表される日本企業の再興は始まっている」など、悲観的な我々からみると目から鱗の視点である。普段はアメリカに拠点を置くドイツ出身の経営学者だからこそ、かえって客観的に日本企業の現状を見ることができているのかもしれない。みなさんの企業の未来を前向きに捉えるためにも、ぜひ目を通してほしい。

第19講 ヘンリー・ミンツバーグ カナダ・マギル大学デソーテル経営大学院教授
 1980年代の黎明期から、世界の経営学を支えてきた一人である、知の巨人。一方で、筆者の見解ではヘンリー・ミンツバーグ教授の言説は、1990年代から2000年代の初頭まで、科学的な手法を重視する現代の経営学のメインストリームからややずれる存在であったようにも思う。だからこそ、逆に今、彼の言説はとてつもなく重いのだ。中でも今回、本書で示された主張は、単純な経営のあり方にとどまらず、国家のあり方にまで鋭いメスを入れ、米国的な資本主義を礼賛する視点が、いかに現実からずれているかということを、我々に問う。そんなミンツバーグ教授の第19講は、本書の中でも特に必読である。ビジネスに携わるすべての人に読んでほしい。

 いかがだろうか。繰り返しになるが、本書はどこから読んでも面白い。気になったところから、ぜひ読み進めてほしい。本書を通じて、現代ビジネスの知の巨人から、様々な知的興奮を得てほしい。


本稿の執筆にあたって、一部の経済学者の知見に関し、大阪大学の安田洋祐教授の助力をいただいた。ここに感謝したい。しかしながら、本稿で紹介した経営学者・経済学者の紹介・グルーピングの責任はすべて私にある。

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