知っておきたい今井むつみさんの認知科学の広くて深い世界を、体系的に学べるように、えりすぐってお届けしていきます。今週は、新書大賞2024を受賞した『 言語の本質 ことばはどう生まれ、進化したか 』(今井むつみ、秋田喜美 著、中公新書)からの抜粋です。2回目は、オノマトペについて。乳幼児がことばを習得する上での、オノマトペの役割を解説します。
ことばの音が身体に接地する第一歩
図4-3の二つの図形のうち、どちらが「キピ」で、どちらが「モマ」だろうか? ほぼ全員が、丸い方が「モマ」で、尖(とが)っている方が「キピ」であると直感的に感じる。第2章で見た「マルマ/タケテ」と同様、この直感は日本語話者だけではなく、世界中の異なる言語話者の間で共有されているようである。この直感的な音と形のマッチングを、11か月の赤ちゃんも感じることができるのだろうか?
このことを調べるため、赤ちゃんにことば(音)と対象の組み合わせを次々と提示していった。そのうちの半分は「合っている」組み合わせ(丸い形に「モマ」、尖った形に「キピ」)で、残りの半分は「合っていない」組み合わせ(丸い形に「キピ」、尖った形に「モマ」)である。合っているペアと合っていないペアは規則性を持たないようにランダムな順序で提示した。筆者らはこのように予測した。音と形が合っているか合っていないかを赤ちゃんが認識できるならば、二つのケースで“違う”脳の反応が見られるはずだ。
実際、この仮説は正しかった。しかもそれだけではなく、なんと、「合っていない」組み合わせを提示したときに、大人が「イヌ」という音を聴いてネコの絵を見たときと同じ反応、つまりN400の脳波の反応が見られたのである。
この結果はおもしろい可能性を示唆している。まだほとんどことばを知らない11か月の赤ちゃんは、人が発する音声が何かを指し示すものであることをうっすらと知っているのだ。しかも、「音の感覚に合う」モノが、単語が指し示す対象かどうかを識別している。だから単語の音声が、音の感覚に合わないモノと対応づけられると違和感を覚えるのだ。
第2章で、大人がオノマトペを言語として、また環境音として二重処理をすると述べた。対象とことばの音が合うと、脳の左半球の言語の音処理を担う部位も活動するが、それより強く右半球の環境音を処理する部位(上側頭溝)が活動するのである。
実は言語学習をまだ本格的に始めていない赤ちゃんも、ことばの音と対象が合うと右半球の側頭葉が強く活動することがわかった。脳が、音と対象の対応づけを生まれつきごく自然に行う。これが、ことばの音が身体に接地する最初の一歩を踏み出すきっかけになるのではないか。
名づけの洞察──ヘレン・ケラーのひらめき
ことばの音と対象の対応づけが自然にわかると、何がもたらされるか? これを何回か経験すると、「単語には意味がある」という洞察を赤ちゃんが得ることができるのだ。
一般的に、ことば(単語)はその音から意味を推察することができない。「フィッシュ」「ポワソン」「ユイ」。これらは英語、フランス語、中国語でそれぞれ〈魚〉を意味する単語である。とくに〈魚〉を思わせる音ではないし、互いに音が似ているわけでもない。つまり、ことばの音と意味の間には、直接的な関係はない。
しかしオノマトペは違う。「トントン」と「ドンドン」、「チョコチョコ」と「ノシノシ」など、それぞれの単語の音は意味とつながっている。つまり音が意味を教えてくれるのだ。音をちょっと変えて、「チョカチョカ」「ノスノス」にしても、軽い感じ、重くてゆっくりした感じは保たれる。普通のことばだとそうはいかない。たとえばサカナの最後の母音を変えてサカノにすると、サカナとはまったく関係ない意味になってしまう。
言語をすでに使いこなしている私たち大人にとって、音声のことばにはそれぞれ指し示す対象があり、意味を持つ、という「名づけ」は、当然のもののように思える。しかし、考えてみると、赤ちゃんはどのように名づけに気づくようになるのだろうか?
対象それぞれに異なる名前があるということは、実は偉大な洞察なのである。視覚と聴覚を失(な)くしたヘレン・ケラーは、掌(てのひら)に冷たい水を受けているときにサリバン先生が“water”と指文字で綴(つづ)ると、その指文字とは掌に流れる冷たい液体の名前なのだという啓示を得た。このエピソードをご存じの方は多いだろう。
それ以前にもヘレンは、モノを手渡されるそのときどきに、サリバン先生の指が別々の動きをしていることに気づいていた。しかし、彼女が手で触れるサリバン先生の指文字の形がその対象の「名前」だということには気づいていなかった。それまで、指文字を覚え、対象を手渡されれば指文字を綴ることができたが、ヘレンはのちにそれを「猿まねだった」と回想している。ヘレンは、waterという綴りが名前だということに気づいたとき、“すべてのモノには名前があるのだ”というひらめきを得た。このひらめきこそが「名づけの洞察」だ。
名づけの洞察は、言語習得の大事な第一歩である。人間が持っている視覚や触覚と音の間に類似性を見つけ、自然に対応づける音象徴能力は、モノには名前があるという気づきをもたらす。その気づきが、身の回りのモノや行為すべての名前を憶(おぼ)えようとするという急速な語彙の成長、「語彙爆発」と呼ばれる現象につながるのだ。語彙が増えると子どもは語彙に潜むさまざまなパターンに気づく。その気づきがさらに新しい単語の意味の推論を助け、語彙を成長させていく原動力となるのである。
音と意味が自然につながっていて、それを赤ちゃんでも感じられることが、「単語に意味がある」という「名づけの洞察」を引き起こす“きっかけ”になるのではないか。だから大人は赤ちゃんにオノマトペを多用するのだろう。(しかし、これは重要ではあるが、きっかけにすぎず、赤ちゃんが名づけの洞察を得るにはさらなる認知能力を想定する必要がある。このことは第6章で詳しく述べる。)

