知っておきたい今井むつみさんの認知科学の広くて深い世界を、体系的に学べるように、えりすぐってお届けしていきます。今週は、新書大賞2024を受賞した『 言語の本質 ことばはどう生まれ、進化したか 』(今井むつみ、秋田喜美 著、中公新書)からの抜粋です。3回目は、1つのことばが複数の意味を表すということ(多義性)を、乳幼児はどのように身につけるのか。オノマトペから見ていきます。

単語は多義であるということ

 第3章で述べたように、それぞれの単語が幅広い文脈で使われ、幅広い意味を持つこと、つまり多義であることも言語の重要な特徴の一つである。たとえば、動詞の「切る」にはどのような意味があるだろうか?

①野菜を包丁で切る
②洗った野菜の水を切る
③電話を切る
④パソコンの電源を切る
⑤契約を(打ち)切る
⑥期限を切って試してみる
⑦先陣を切る

 少し考えただけでもこれだけ多様な使われ方が思い浮かぶ。
 子どもは動詞の一つの意味を覚えるだけでも苦労している。ましてや一つの動詞のさまざまな意味を覚えるのは並大抵の苦労ではない。ある単語の意味を覚えると、その意味と違う意味でその単語が使われる文を読んだとき、文の意味に合わせて単語の意味を考えるより、知っている意味に合わせて誤って(自分勝手に)文の意味を考えてしまうのだ。そもそも一つの単語に多様な意味があること、つまり単語は多義であることを理解していない。
 オノマトペは単語が多義であることを子どもが理解するための足場をかけることができる。オノマトペもまた、多様な文脈で使われ、多義だからだ。「コロコロ」を例に考えてみよう。

①ボールがコロコロと転がる
②社長の話はコロコロと変わる
③僕たちのチームはコロコロと負け続けた
④コロコロとしたかわいい子犬
⑤アマガエルがコロコロと鳴いている

 それぞれの文脈での「コロコロ」の意味を単独に考えるとずいぶん違う。小さくて軽いものが回転しながら動いている。モノが回転するように話の内容が変わっている。丸くて軽いものが自然に回転するように簡単に負ける。毬(まり)のように丸々としたかわいい子犬。軽いものが回るようなイメージの軽く続く鳴き声。

 「切る」のように、音と意味の関係がわかりにくいと、〈ハサミなどの刃物で対象を分断する〉意味から電気や電源を切ったり、期限を切ったりする意味への関係性がわかりにくく、子どもや外国の日本語学習者は戸惑うだろう。しかし「コロコロ」だと、その音から軽い、丸いというイメージを持ちやすいので、かなり離れた意味もなんとなくわかる感じがする。
 この経験が、子どもに、「ことばの意味は文脈によって変わる。だから自分の知っている意味を押し付けて文脈をむりやり解釈するのではなく、文脈に合わせて意味を変えるほうがよい」という洞察を与えると考えられる。

オノマトペは言語学習の足場

 オノマトペが持つ音と意味のつながりが赤ちゃんを助けるのは、単語の意味の学習だけではない。オノマトペは(とくに日本語の中では)、さまざまな規則性にのっとって使われている。
 第3章で述べたように、要素から新しい意味を持つ新しい単語を作り出すオノマトペの生産性は、驚くほど高く、システマティックである。たとえば、「パ」という語根をもとにして、「パッ」「パッパ」「パン」「パンパン」、さらに「パーッ」「パパッ」「パーン」「パパパーン」などが作れる。一拍の語根からでも、これだけのバリエーションが派生される。

 これが二拍の語根(たとえば「チク」「パチ」「パク」)になるとさらに生成性は高まる。仮に、四つの子音と五つの母音の組み合わせだと、論理的には一拍の「子音+母音」の場合には20個の語根ができるが、二拍の場合は400個の語根ができることになる。さらに、それぞれの語根に重複や接辞付加といった操作を施すことで、「パク」から「パクッ」「パクン」「パクリ」「パックリ」「パクパク」「パクパクッ」「パックン」のようにさまざまな形態を作ることができる。

 いくつかの語根においてこのようなバリエーションのパターンがあることを観察すると、子どもはすかさずそれを他の語根にも使い、自分でオノマトペを作るようになる。第3章で紹介した、ショベルカーを「ばよっ ばよっ ばよっ」と写したエピソードもその例である。

 軸となる要素(語根)に規則的に小さな要素(接辞)がついて、意味を変化させることができるというのはオノマトペに限らず、あらゆることばが持つ大事な特徴である。たとえば、「確か」という語は、「確かさ」「確かめる」「不確か」「不確かさ」のように派生する。同じようなことは、「笑う」→「笑わす」(使役)→「笑わされる」(受身)→「笑わされます」(丁寧)→「笑わされました」(過去)のような動詞の語形変化にも見て取れる。
 接辞を組み合わせて、単語の意味を変化させる。そのようにして作られた単語を文法規則によって組み合わせて、文を作る。そもそも言語が持つ意味とは要素の組み合わせで作られているのである。

 オノマトペは言語のミニワールドである。一般的なことばと同じように、語根に接辞がついて意味が変化する。絵本の中でオノマトペは豊富に使われる。絵本を読んでもらいながら、子どもは軸となる要素につく小さい要素がいろいろあることに気づく。ことばは要素の組み合わせで構成されることに気づき、大きな塊から小さい要素を抽出してその意味を考える。絵本で多用されるオノマトペから、単語の意味だけでなく文法的な意味を考える練習もしているのである。