知っておきたい今井むつみさんの認知科学の広くて深い世界を、体系的に学べるように、えりすぐってお届けしていきます。今週は、新書大賞2024を受賞した『 言語の本質 ことばはどう生まれ、進化したか 』(今井むつみ、秋田喜美 著、中公新書)からの抜粋です。4回目は、言語習得に不可欠な「一般化」について。赤ちゃんがどうやって名詞と動詞を理解しているのかを見ていきます。
名詞学習
2回目で見たように、「名づけの洞察」により、単語に意味があることに気がついた乳児は、ことばを少しずつ覚えていく。ことばを対象に対応づけていくだけではない。ことばが指す対象を探しながら、同時に対応づけた対象を一般化するときの手がかりを探索しているのである。
手がかりはいろいろある。たとえば、子どもは話し手の視線や表情を手がかりにできることがわかっている。ある実験では、実験者が2歳児に二つのモノを見せたあと、それぞれ穴が開いている別の箱に入れ、一方の箱を覗(のぞ)き込みながら「モディ、これはモディ」と言った。その後、二つのモノを箱から取り出し、モディをちょうだいと言うと、子どもは実験者が覗き込んだ箱に入っていたモノを選んだ。つまり、子どもは、名づけるときに話者が見ているモノが名づけの対象であることを想定していたとわかる。
手がかりはそれだけではない。ほかにもいろいろある。子どもの目の前に、名前を知らないモノがある。そこで知らないことばを聞いたら、そのことばは色や素材の名前ではなく、目の前のモノそのものの名前であると考える。ことばを知っているモノと知らないモノの両方を目にして、知らないことば(たとえば「ネケ」)を聞くと、ネケはことばを知らないモノの名前だと想定すること、さらにそのことばを一般化するときには、モノの大きさ、素材、色ではなく、形を基準に一般化できると考えることも、筆者(今井)の実験でわかった。
子どもが知らないモノに新奇な名前(「ネケ」)をつけ、①名づけられたモノと形もその他の特徴(大きさや模様)もそっくりのモノ、②形は似ているが他の特徴が異なるモノ、③形もその他の特徴もまったく異なるモノを見せ、「ネケはどれ?」と聞いた。すると2歳児は躊躇(ちゅうちょ)なく、もともと「ネケ」と名づけられたモノや、①形と他の特徴を共有しているモノだけでなく、②形は似ているが他の特徴が異なるモノも、「ネケ」の対象として選んだのである(図6-3)。子どものこのような選択行動は、ことばというのは形が似ている他のモノにも使えるのだと子どもが思っていることを示している。
この子どもの思い込みは、「形バイアス」と呼ばれる。モノの名前を憶(おぼ)えていくうちに、子どもはモノの名前を指すことばは似た形のモノに使える、ということに気づき、新しいことばを聞くたびにそのルールを適用しているのだ。この形バイアスは、子どもの語彙の学習を加速させ、知っていることばを急速に増やしていく。
語彙が増えると、すでに知っている単語も新しい単語の学習を促進する。知っていることばが多ければ大人の言うことも理解しやすくなり、知っていることばの知識を使って推論をしやすくなる。大人は子どもの理解度に合わせて、これまで使わなかった、ちょっと難しそうなことばを使うようになり、それがまた語彙を成長させることができる。
語彙が増えるとさらに子どもは、一般化をするときに大事なのは、モノの形とは限らず、「卵から生まれる」や「お母さんのお腹の中で育ってから生まれる」などの内的な性質だということに気づくようになる。モノの内的な性質を共有するほうが形よりも大事なのだという認識を得て、形バイアスそのものを修正し、対象のより本質的な性質に目を向けるようになる。語彙についての知識も概念についての知識も、より洗練されていく。
このような既存の知識が新たな知識を生み、語彙の成長を加速させ、さらにことばを学習するときの手がかりとなるバイアス自体、つまり「学習の仕方」を洗練させていく。このポジティブな循環がブートストラッピング・サイクルである。
動詞学習
動詞の場合にはどうだろうか? ブートストラッピング・サイクルの顕著な例を筆者(今井)が行った実験から紹介しよう。
すでに述べたように、動詞の一般化は幼児には名詞よりもさらに難しい。オノマトペの持つ音象徴性は、シーンのどの部分に動詞を対応づけるかを教えてくれると第4章で紹介した。
この実験では、動作主体(ウサギ)が特定の動作で歩いているところに「ネケっているよ」と動詞で名づけをし、そのあと、①同じ動作主(ウサギ)がまったく違う動作で歩いている動画と、②違う動作主(クマ)がさっきと同じ動作で歩いている動画を見せた。すると、3歳の幼児はどちらが「ネケっている」動作かわからなくなってしまう。しかし、「ノスノスしてる」という、音と動作につながりが感じられる動詞を使うと、動作主が変わっても同じ動作に動詞を一般化できるという結果を紹介した。
実は、子どもが動詞の意味を推測するのに頼ることができる類似性は、音象徴(つまり音と意味の間の類似性)だけではない。動作に使われるモノの形の類似性もブートストラッピングに使うことができる。
今度の実験では、動画にもう一つ要素を加えた。動作に使われるモノである。女の人(動作主)が新奇なモノに対してある動作をする動画を見せ、動作に動詞のラベルをつける。たとえば、「お姉さんがチモっているよ」と言う。この新奇動詞を一般化できるかをみるテストでは①モノが同じで、もとの名づけられた動作と違う動作の動画、②モノは別で、動作がもとの動作と同じ動画の二つのテスト動画を用意した。新奇動詞はどちらの動画かといえば、もちろん②である。このとき、②の動画に2種類を設定し、子どもを二つのグループに分けて、2種類のうちのどちらかの動画を用いた。一つのグループの子どもには、②の動画で、動作に用いられるモノがもとの動画と形の似ている動画(類似物体群、上パネル)を見せた。残りの半分の子どもには、モノがもとの動画と形が似ていない動画(非類似物体群、下パネル)を見せた(実験1、図6-4)。
すると、非類似物体群の子どもは、②の動画(同じ動作を含む動画)に動詞を一般化できなかったが、類似物体群の子どもは一般化に成功した。すなわち、動作に使われたモノの類似性が、動詞の一般化を助けたのである。この実験から、動作に用いられるモノの類似性もまた、ブートストラッピング・サイクルを引き起こすことができることがわかる。


