「小学生・中学生のうちに知っておきたかった」。こんな感想が寄せられているのが、書籍『「何回説明しても伝わらない」はなぜ起こるのか?』(日経BP)です。本書の背景にあるのは「人は、聞き逃し、都合よく解釈し、誤解し、忘れるもの」という考えであり、これは認知科学における「常識」だと今井むつみさんは指摘します。この常識を知らないばかりに、多くのトラブルや悩みが起こっているというのです。本パートでは引き続き、同書から抜粋して、子育てや教育の現場で起こりがちな「伝わらない」の本質的な原因に迫ります。7回目は、具体・抽象と伝わる説明について。子どもにも伝わる説明の仕方を考えます。

三角形って何? あなたならどう答えますか

 説明が上手な人には、特徴があります。それは、「具体と抽象を行き来している」ということです。
 抽象とは、与えられた多くのものや、事柄全体から共通する性質や特徴を抜き出して一般的な概念として捉えること。具体というのは、直接知覚され、認識できる形や内容を持っていることであり、抽象の概念の中の1つの例です。

 例えば図形として書いた正三角形は、三角形という大きな概念の中の具体例です。その正三角形は間違いなく三角形ですが、正三角形ではない三角形も存在します。
 子どもに「三角形とは何か?」を示す場合、「同一直線上にない3点とそれらを結んでできる3つの線分からなる図形」と説明することはできますが、それよりも実際に描いて見せたほうが、わかりやすく伝えることができます。

 具体にすれば、わかりやすくなる。これは、三角形に限らず、一般的にもいえることです。ビジネスシーンであれば、例えば新人に、
「TPOをわきまえましょう」
 と指導するよりも、
「この会合はフォーマルなスーツにネクタイ着用で参加しましょう」
 と伝えたほうが具体的でわかりやすくなります。

(イラスト:スタジオびりやに)
(イラスト:スタジオびりやに)
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具体と抽象 大人は自然としている行き来を、子どもはどう学ぶのか

 ただし、同時に問題もあります。具体というのはあくまでも「1つの例」であって、全体ではない、ということです。
 たった1つの例で、全体を知ることはできません。概念を理解するためには、具体例という「点」の知識を、「面」の知識に広げる必要があります。

 反対に、抽象にすれば、全体を捉えることができます。しかし先ほどの三角形の例で見るように、そもそも理解することが難しくなります。「同一直線上にない3点とそれらを結んでできる3つの線分からなる図形」ならば、じっくり考えれば「三角形」を指しているとわかるかもしれませんが、より複雑な物事となると、具体例が欠かせません。

 特に意識することがなくても、私たちは、日々、自然と具体と抽象を行き来しながら物事を理解したり、相手に説明したりしています。

 それは大変すばらしい能力なのですが、この「自然と」というのがくせ者です。「どんな物事を説明するときには、何をどの程度具体的・抽象的にすればいいか」は、誰にとってもとても難しい問題です。

 また、相手が具体的に説明をしてくれたとしても、それをどこまで抽象化して捉えれば相手が本当に伝えたかったことを言い表せるようになるのかも、本質的に共有することが難しい。具体化の仕方が偏っていたりすると、抽象的な理解が不十分になってしまうケースもあります。

「おばさん」の説明は三角形よりも難しい!?

 大人は自然と具体と抽象を行き来していますが、この抽象化の能力もまた、言葉の習得とともに身につけていくものといえます。

 先日、4歳の娘さんを持つあるお母さんが、
「うちの娘は、電車内でも道ばたでも、微妙な年齢の女性を見つけると、指をさして『ねえ、あの人はおばさんなの?』と質問するので困る」
 と嘆いていました。この子は今、「おばさん」という抽象的な言葉を定義しようとしている最中なのですね。

 少し話は逸れますが、この「おばさん」という言葉は、かなり定義が難しい言葉の部類に入ります。親の姉妹という意味でも使われますし、ある年齢層の女性を指す言葉としても使われます。さらに、その年齢層に当てはまる人でも「お姉さん」と呼ぶこともあるからです。

 「説明が抽象的だ」というのは、しばしば「わかりにくい」とセットで使われますが、言葉による説明は、それ自体がそもそも抽象的です。抽象化し、ある種の表象にしておくことで、記憶として扱いやすくし、さらに様々な文脈で使用できるよう拡張可能にしているのです。

 ただ、その抽象的な言葉が、「雪景色」などのように、相手の頭の中でエラーなく具体的なイメージと結びつけることができるのか、正しくカテゴリーとして認識されているのかが、「説明のわかりやすさ」につながっているといえるでしょう。

「伝わる説明」を、具体と抽象から考える

 具体と抽象にまつわる問題点と抽象による利点を生かしながら、正しく物事を伝えるコツを考えておきましょう。

 そのカギは、「例」にあります。私たちが何かを説明する際には、どうしても言葉という抽象化された記号を用いなければなりません。そうした言葉を用いて具体を表現し、狙い通りのイメージを相手の頭の中に描かせるのが、伝わる説明です。
 ですから、何かを説明する際には、いくつかの具体例、もしくはたくさんの具体例を用いると、話の範囲を明確にすることができます。

 反対に、注意が必要なのが、「強烈な具体例を1つだけ出すこと」です。強烈な具体例は誤った方向に過剰に抽象化・一般化をされる場合が多くあります。1つの例を聞い「みんなもそうなんだ」と思われてしまわないよう配慮をしなければなりません。
 「これは『面』の話ですよ」と説明しながら、具体例としての「点」を複数出すことで、今の話は「面の中にある『点』ですよ」ということをちゃんと相手にわかってもらう。「点=面」と勘違いされないようにすることです。

 抽象化は、人の理解と記憶を手助けするものであり、本書がテーマのひとつとしている「言葉」は、物事の抽象化の中でも最も身近な例に他なりません。
 伝えたいことがあるときには、その説明が「具体と抽象」の両方の要素を備えているかをつねに確認してみてください。「相手がどう理解するか」に配慮しながら、聞いている人が納得できるように、抽象と具体を行き来して話を進めることが必要です。

「うまく伝わらない」という悩みの多くは、「言い方を工夫しましょう」「言い換えてみましょう」「分かってもらえるまで何度も繰り返し説明しましょう」では解決しません。人は、自分の都合がいいように、いかようにも誤解する生き物です。では、都合よく誤解されないためにどうするか? 自分の考えを“正しく伝える”方法は? 「伝えること」「分かり合うこと」を真面目に考え、実践したい人のための1冊です。

今井むつみ著/日経BP/1870円(税込み)