「子どもからしたら『間違えて当たり前』のことに、今まで気づけていなかった」。こんな感想が寄せられているのが、書籍『「何回説明しても伝わらない」はなぜ起こるのか?』(日経BP)です。本書の背景にあるのは「人は、聞き逃し、都合よく解釈し、誤解し、忘れるもの」という考えであり、これは認知科学における「常識」だと今井むつみさんは指摘します。この常識を知らないばかりに、多くのトラブルや悩みが起こっているというのです。本パートでは引き続き、同書から抜粋して、子育てや教育の現場で起こりがちな「伝わらない」の本質的な原因に迫ります。8回目は、子どもが起こしがちな具体・抽象の3つのエラーを紹介します。

エラー①特徴的な代表例を全体だと思い込む

 しばしば起こりがちな具体・抽象のエラーは、特徴的な代表例を、その概念が表すものすべてだと思い込むパターンです。

 幼い子どもの中には、アナログの時計(丸い文字盤に、短針と長針と秒針がついているもの)とデジタルの時計(文字盤は四角が多く、時刻が数字で表示されているもの)を同じ「時計」だと認識できない子がいます。
 アナログの時計は時計だとわかるのにデジタルの時計は時計だと思っていない子どもも、デジタルは時計だとわかるのにアナログは時計だと思っていない子どもも、両方とも存在します。
 それは、家庭で使っている時計だけを「時計」だと認識するからです。家にアナログの時計しかない子どもは、
「時計というのは、円の中に数字があり、長い針と短い針があるものだ」
 と認識し、デジタルの時計しかない子どもは、
「時計というのは、デジタルの画面に数字が表示されているものだ」
 と認識する、ということになります。「普段見ている時計が、時計のすべてだ」と考えてしまうのです。

 「時計=アナログ」と思い込んでいる子どもに、デジタル時計しかない部屋で「時計を持ってきて」と言っても、話は絶対に通じません。

 こうした、具体と抽象の紐づけの失敗は、大人にとっても実はそう珍しいことではないのです。なぜなら、この具体と抽象の紐づけは、文化により、慣習により、変わることが多いからです。
 例えば、何らかの事情で綿密なコミュニケーションが取れないときに、
「予算資料を準備して」
 などとだけ、指示したとしましょう。もし指示された人が、入社したばかりで、予算資料に何が含まれるかを正しく理解していなかったらどうでしょう。しかも、以前、別の会社で予算資料を扱ったことがあり、それと同じだと思い込んでいたら?
 「指示をしたはずなのに、必要な書類がそろわない」ということは、簡単に起こってしまいます。

エラー②本当は別のグループに入るものを、同じグループだと思い込む

 再び、子どもの時計の例に戻りましょう。
 「時計というのは、円の中に数字があり、長い針と短い針があるものだ」と思っている子どもは、おそらく、アナログのはかりや温度・湿度計なども、時計だと認識するでしょう。
 「この部屋にある時計はいらないから、捨てておいて」と言われたら、きっとアナログのはかりなども捨ててしまうことになるはずです。
 これもまた、具体と抽象に関する紐づけのエラーです。

 そして、同様のことはやはり、大人にも起こり得ます。例えば時計ではなくて、何かのプロジェクトに関わる資料だったらどうでしょう?
 指示した人は、もう終わったプロジェクトの資料だけを処分してもらうつもりだったのに、指示を受けた人がそれ以外の資料も処分してしまったら……。
「指示してもいないのに、勝手に処分するな!」
 とあとで怒られたとしても、取り返しがつきません。さらに、怒られた側としては、「言われた通りに作業をしただけなのに、怒られた」と感じるでしょう。上司を理不尽だと感じ、下手をすれば仕事を辞めてしまうかもしれません。

 より抽象度の高い概念であればあるほど、それを理解するためには複数の具体例が必要です。たった1つの点から面をつくるのではなく、複数の、観点がそれぞれ少しずつ異なる事例を起点に抽象化を行うことが大事なのです。

 しかし一方で、具体例のどこまでがその抽象概念に含まれるのかを、直接的に伝える方法はありません。「これはその概念に入るのかどうか」と1つずつ確認して確かめていくしかないのです。

 ちなみに子どもは、徐々に、デジタル時計もアナログ時計も壁掛け時計も目覚まし時計も腕時計も、さらには日時計や水時計といったまったく違った形のものまでも、時計だと捉えるようになります。そして、はかりや温度計、ストップウォッチなどの、形は似ていても時計ではないものも、徐々に区別することができるようになっていきます。

 最初は「円の中に数字があり、長い針と短い針があるもの」などという具体的な1点にしか紐づいていなかった「時計」が、様々な時計を家の外でも経験することで事例が増え、概念が抽象化され、「時計」というカテゴリーの意味が定まるのです。また同じ形をしていても「時刻を知る」ことのできないものは時計ではない、とその範囲を定めることができるようになります。 これには大変高度な認知の力が必要です。

エラー③具体と抽象がそもそも紐づかない

 だいぶ昔の話ですが、
「遠足のおやつは300円まで」
 と学校の先生に言われて、
「バナナはおやつに入りますか?」
 と返すのは定番でした。これは、「おやつ」という抽象に、「バナナ」という具体が入るかどうかを尋ねる質問です。当然ですが、具体と抽象が正しく結びついていなければ、認識は食い違ってしまいます。
 バナナがおやつに入るかどうかということでは、おそらくそう揉め事にはならないと思いますが、この具体と抽象の紐づけの失敗は、様々なトラブルの要因の1つです。

 何かしらの契約書を結ぶ際には、通常、どういう事柄がその契約書で規定されるのかを、冒頭で定義します。不動産契約であれば、どの建物のどの部分についての話なのか。医療保険契約であれば、どんな病気やけがについての保障なのか。
 抽象と具体の紐づけを正しく行うことは、私たちに求められる重要な能力の1つといえるでしょう。

 このように説明すると、具体と抽象を正しく紐づけることは、シンプルなもののように感じられます。しかし、この話自体の抽象度が上がると、具体と抽象の正しい紐づけは途端に困難なものとなります。

「うまく伝わらない」という悩みの多くは、「言い方を工夫しましょう」「言い換えてみましょう」「分かってもらえるまで何度も繰り返し説明しましょう」では解決しません。人は、自分の都合がいいように、いかようにも誤解する生き物です。では、都合よく誤解されないためにどうするか? 自分の考えを“正しく伝える”方法は? 「伝えること」「分かり合うこと」を真面目に考え、実践したい人のための1冊です。

今井むつみ著/日経BP/1870円(税込み)