「どんなに説明を工夫しても、子どもの理解度が上がらない理由がわかった」。こんな感想が寄せられているのが、書籍『「何回説明しても伝わらない」はなぜ起こるのか?』(日経BP)です。本書の背景にあるのは「人は、聞き逃し、都合よく解釈し、誤解し、忘れるもの」という考えであり、これは認知科学における「常識」だと今井むつみさんは指摘します。この常識を知らないばかりに、多くのトラブルや悩みが起こっているというのです。本パートでは引き続き、同書から抜粋して、子育てや教育の現場で起こりがちな「伝わらない」の本質的な原因に迫ります。9回目のテーマは、数字の具体性と抽象性です。
なぜ分数でつまずく子どもが多いのか
具体と抽象を、「数字」を例に考えてみましょう。数字というのは、抽象と具体のどちらにも関わるものです。
「リンゴが23 個」と言えば、「リンゴがたくさん」と言うより具体的です。しかし、「全体を1と見て、そのうちの何割」というような考え方、つまり分数のような発想にすると、とたんに抽象度がはね上がります。
実際、「抽象的な概念としての数字」には、つまずく子どもが非常に多くいます。
私たちの研究グループは、小学生の学習のつまずきを発見するためのテストを開発しました。「たつじんテスト」といいます。このテストを使って、2020年に広島県福山市の3つの小学校の3年生167人、4年生148人、5年生173人を対象に調査を行いました。次の問題の正答率はそれぞれどのくらいだと思いますか?
問)1/2と1/3は、どちらが大きいですか? 大きいほうに○をつけましょう。
正解)1/2
この問題の3年生の正答率は17.6%、4年生は22.4%、6年生でも49.7%と半数を超えませんでした。なお、
「6個のリンゴを2人で分けたら何個もらえますか? 3人で分けたら何個もらえますか? どちらが多くもらえますか?」
というような具体的な問題になると、正答率はぐんと上がります。
抽象的な分数というものを、具体的に考えるところまで自分の力で持ってくることがそもそも難しいのでしょう。
大人は無自覚に「数字についてのルール」を書き換えている
ただし、この抽象概念としての数字については、子どものスキーマの形成のさせ方にも課題があると思います。
というのも、子どもたちは、「数字というのは自然数だ」という信念(スキーマ)を持っているからです。「リンゴが6個」など、数字は「モノ」に結びつくものなのだと、赤ちゃんのときからずっと思い込んでいるのです。
そうしたスキーマに対して、1/2や1/3という分数は相容れません。何年もかけてつくられたスキーマを修正することなく、「(分割の際の)基準としての1」の理解が簡単にできるわけがないのです。
分数の意味を理解していないので、分母でも分子でも「大きい数字が、大きい」という間違ったスキーマを持っている場合もあります。「1/3が1/2より大きい」と思うのは、分子は両方1で同じなのに、分母は3が2より大きいからです。こういった誤った抽象化をしてしまった例は無数にあります。
こうした数字に関する紐づけの失敗は、普通はその後何年もかけて学習していく中で、徐々に書き換えられ、修正されていくものです。しかし、修正が難しいスキーマもあります。スキーマを修正するのが苦手な人もいます。
あなたのまわりにも、ビジネスパーソンとして、どうも「数字に疎(うと)すぎる」人はいませんか? 予算などを、桁違いくらいのレベルにとんちんかんなものを書いてくる人。1桁違う請求書を作成しても違和感を持たない人。絶対に実行できないような工程表を書いてくる人……。
こうした方々はもしかしたら、数字という抽象とお金や時間といった具体が、いまだにうまく紐づけられていないのかもしれません。
ちなみに、この分数の大小の比較は、2023年の時点では、ChatGPTなどの生成AIも正しく回答することができませんでした。このことは、生成AIもまた、抽象的な数字の「意味」を理解していないことを示唆しています。そもそも生成AIは人間とは異なるプロセスで答えを導き出していますから、私たちが言うところの意味を必要とはしていません。
生成AIは、人間のようには思考しません。言い換えれば、どんなに生成AIに触れても、私たちの思考する力は磨かれないのです。
今井むつみ著/日経BP/1870円(税込み)
