ビジネスパーソンの教養である「会計」に、苦手意識を持つ人が多いのはなぜか。ビジネススクールの人気教授である大津広一氏によれば、「原因は、会計だけを単独で勉強しているからであり、経営戦略とリンクさせて勉強すれば理解が深まる」とのこと。今回は、会計と戦略の関係性、そして両者をどのように結びつけるのか、実践的な経営分析のノウハウを伝授する。新入社員から管理職、経営陣まで、すべてのビジネスパーソンに役立つ内容を 『ビジネススクールで身につける 会計×戦略思考』 から一部を抜粋してお届けする。

 会計数値を理解し読み取る力、これを会計力と呼ぼう。一方、企業活動(企業が置かれた経営環境、業界の特性、あるいはその企業が採用する経営戦略)を理解し考察する力、これを戦略思考力と呼ぼう。分かりやすくいえば、前者が定量的アプローチで、後者が定性的アプローチとなる。

 この両者は密接に関連するものだ。つまり、企業活動があって初めて会計数値は作られるのであって、その順序は決して逆にはならない。一方、会計数値は企業活動の結果なのだから、会計数値を紐(ひも)解くことで、企業活動をある程度類推することは可能となる。そして、この両者を結びつけるものが、論理的思考力となる。

出典:『ビジネススクールで身につける会計×戦略思考』から
出典:『ビジネススクールで身につける会計×戦略思考』から

なぜ、会計に苦手意識を持ってしまうのか

 ところが現実には、両者があたかも別世界の存在であるかのような扱いを受けている。この背景には、複数の理由が挙げられる。

 いったん企業に入社すれば、営業や製造、研究開発、あるいは人事、企画部門など、それぞれの専門領域での業務が中心となり、それ以外の分野でのスキルアップは本人の自主性に任される。よほど意識の高い人でなければ、自分の扱う製品や自分が所属する部門の売り上げ、コストや在庫、設備投資が会計のすべてとなり、それ以外の数値はまったく別世界のものとして放置される。

 そのような状況で10年、20年が過ぎ、突如選抜教育で会計を学習することになる社員は、ある意味悲惨だ。嫌悪感と苦手意識という大きな障壁が築かれた研修会場に早朝入っていく場面を、私は何度も目撃してきた。しかし、もっと悲惨なのは、そうした教育機会すらないまま、突然子会社の経営者として出向するような人だろう。武器のない戦い、言語が分からないコミュニケーションほど、苦痛を感じるものはない。

 もうひとつの理由として、我々経営(MBA)教育を提供する側の問題もある。MBA科目は、マーケティング、経営戦略、アカウンティング、ファイナンス、人的資源管理など、科目ごとに寸断されている。経営教育の現場そのものが、「これらは別々のものです」と明言していることに他ならない。学問の世界であるから致し方ないことだが、クラス運営の場においては、講師の立場にある我々の力量が試される。

会計と戦略を結びつける方法

 分断を解決する手段として、ケースメソッドを活用し、ケースに登場する企業の経営課題に対して、総合的な分析から意思決定の訓練をする手法がある。アカウンティング分野のケースメソッドであっても、実際は経営の意思決定である。そこでは経営戦略やマーケティング戦略の分析、組織管理の問題解決などとあわせて会計数値を考察し、総合的な判断の下、意思決定をすることが求められる。

 しかし、ケースメソッドの議論の前段となる、会計の基本を理解するステージでは、会計力と戦略思考力の融合は、まだ十分でないのが実態だろう。会計力と戦略思考力は本来一心同体であり、常に両者を行き来しながら会計を読み解いていくことが不可欠となる。そして、そのときに重要となるキーワードは、京セラ創業者の稲盛和夫氏が常に問いかけていた、「WHY?」である。「なぜ?」を突き詰めた先には、本質的な原因が待ち受けている。本質的な原因が分からなければ、本質的な問題解決には至らず、誤った行動を導きかねない。企業にとっては、重要な経営資源の喪失につながる。

(写真:Shutterstock)
(写真:Shutterstock)

日経ビジネス電子版 2021年6月16日付の記事を転載]

会計のロングセラー、全面リニューアル!

人気ビジネススクール教授が教える「会計×経営戦略」のハイブリッド学習法。会計は、経営戦略と同時に学ぶことで理解できる。トヨタ、ニトリなど、人気企業の決算書を「経営戦略」とリンクさせて読み解く!
ビジネスには会計数値を読み解く力=会計力と、企業活動を考察する力=戦略思考力が必要だ。「WHY ?」「SO WHAT ?」の2つのキーワードで、決算書をロジカルに深く読み解き、2つの力を一度に身につけよう。 大手企業の選抜研修を中心に、多くのビジネスパーソンに会計と経営戦略をディスカッション形式で講義している人気MBA教授による解説。

大津広一著 日本経済新聞出版 1980円(税込み)