ビジネスパーソンの教養である「会計」に、苦手意識を持つ人が多いのはなぜか。ビジネススクールの人気教授である大津広一氏によれば、「原因は、会計だけを単独で勉強しているからであり、経営戦略とリンクさせて勉強すれば理解が深まる」とのこと。今回は、トヨタの「なぜなぜ分析」の事例も踏まえて、実践的な経営分析のノウハウを伝授する。新入社員から管理職、経営陣まで、すべてのビジネスパーソンに役立つ内容を 『ビジネススクールで身につける 会計×戦略思考』 から一部を抜粋してお届けする。

 トヨタ生産システムの生みの親である、大野耐一元トヨタ自動車工業(現:トヨタ自動車)副社長は、著書『トヨタ生産方式』(ダイヤモンド社)の中で、5回の「なぜ?」を繰り返すことによって、本質的な問題解決につながることを説いている。これは会計数値の考察でもまったく同様であろう。例えば販売費一般管理費(販管費)が競合と比較して多いことに問題意識を持った会社であったとすれば、次のような5つの「なぜ?」を問いかけてみたい。

1 「なぜ、販管費が多いのか?」⇒広告宣伝費が多いからだ。

2 「なぜ、広告宣伝費が多いのか?」⇒一般消費者が相手であり、テレビCMで顧客への訴求が必要だからだ。

3 「なぜ、テレビCMが顧客への訴求につながるのか?」⇒自社の顧客ターゲットは老若男女のマス市場である。ちらしやDMより、テレビCMがより多くの顧客に効率よく伝えられるからだ。

4 「なぜ、顧客に伝え続けることが必要なのか?」⇒ 自社の商品は機能に優れたものであるが、市場には低価格な類似品が溢(あふ)れてきている。著名芸能人が身につけている姿をテレビCMで露出することで、ブランドを確立し、品質の良さを伝え続けることが重要だからだ。

5 「なぜ、テレビCMだけが、ブランドを確立し、品質の良さを伝え続けられる手段なのか?」⇒ SNSやECサイトに消費者が費やす時間がシフトしている中、顧客ロイヤルティーを高めるための施策も、SNSやECサイトに数年前からシフトしている。テレビCMといった一瞬の情報ではなく、SNSでは持続的な関係性を構築でき、自社の優位性である機能をむしろ伝えやすい。広告宣伝費の効果的な投資で金額は微減傾向にある中、さらなる売り上げ成長に結びつけることに成功している。

 広告宣伝費が他社比で多いことへの問題意識(会計数値へのWHY?)と、市場がSNSやECサイトにシフトしている事実(顧客の動向、自社の優位性へのSo WHAT?)を早期につかみ、スピーディーなマーケティング政策の変更と実践による勝利である。

「WHY?」の次は「So WHAT?」

 「WHY?」の次に問いかけるべきキーワードとして、「SO WHAT?」、つまり「そこから何が言えるのか?」がある。「SO WHAT?」の問いかけは、解明された原因から経営の意味合いを導き出すことにある。目に見える「高い」「低い」といった事象を語るだけならば、小学生でもできる。ビジネスパーソンに問われているのは、原因を解明し(なぜ低いのか?)、意味合いをとらえた上で(低いのは問題なのか)、問題解決へとつなげることだ。

出典:『ビジネススクールで身につける会計×戦略思考』から
出典:『ビジネススクールで身につける会計×戦略思考』から

 例えば、「競合比でわが社に在庫が多いことの意味合いは?」と問われたら、何と答えるだろうか。「競合比で在庫が多い」というのは特定の事象(WHAT)を表現しただけであり、経営の視点に立った分析には、なんら至っていない。なぜ競合比で多いのか(WHY)、競合比で多いという事象を、経営としてどうとらえるべきなのか(SO WHAT)を追求して初めて、分析と呼べる世界に入るわけだ。さらには、ではどういったアクションをとるべきか(HOW)に最終的に結びつけることで、実際の問題解決へとつながっていく。

会計スキルが身につく人の共通点

 「どうすればスキルとして会計を身につけることができるのでしょうか」

 この質問に対する私の答えを述べていきたい。まずは慶應義塾大学名誉教授の竹中平蔵氏の言葉を紹介してみよう。

 「私はこの一〇年間、慶應義塾大学で教鞭(きょうべん)をとってきました。一〇年の体験を通してわかったことですが、伸びる学生とそうでない学生とでは、一つの大きな違いがあります。それは、伸びる学生は例外なく身の回りの経済問題に大きな知的好奇心を抱き、興味を持って見聞きし、自分の頭で考えているということです。 私達の生活は経済だらけです。そんな身近な問題をきっかけに、経済を深く考えることには、やはり大きな意義があると思います。」(『竹中教授のみんなの経済学』幻冬社ー2000年)

 竹中氏の言葉の中の「経済(問題)」を「会計」に置き換えてみると、こうなる。

 「伸びる学生は例外なく身の回りの会計に大きな知的好奇心を抱き、興味を持って見聞きし、自分の頭で考えているということです。 私達の生活は会計だらけです。そんな身近な問題をきっかけに、会計を深く考えることには、やはり大きな意義があると思います。」

 これが、先の質問に対する私の答えとなる。私の結論は竹中氏と同様だ。つまり、会計をスキルとして身につけていくには、学んだことを教室の場で終わらせずに、自分の身の回りで起きていることに応用していくことに尽きる。

 自分の会社や顧客の会社の決算書を、手始めにじっくりと読むのもよい。学んだフレームワークを頭に描きながら、予算を立てるときに、いつもより入念に考えるのもよいだろう。家に帰れば、自分のマンションの管理組合の決算書を引っ張り出して、一度上から下まで読んでみたらどうだろうか。仕事の後にいつも通っているあの英語学校でも、昨日買い物をしたあのネット通販会社でも、週末に家族で行く予定のあのレストランでも、あるいはどう考えても経営が成り立っていないと思われるあの第三セクターでもよい。

 上場している会社や、ある程度の規模の企業であれば、決算書はすべてインターネット上で簡単に手に入る。もちろん無料で24時間いつでも見られるわけだ。問われているのは、あなたがそれに知的好奇心を抱いて、興味を持って見たいと思うかだ。そして、それを見たときに、自分の頭で考えることができるかにある。会計を使いこなすことができる人とできない人を分けるのは、頭が良いとか普段数値に触れているとかではなく、そこに興味を持って見聞きし、自分の頭で考え、そして行動を起こせるかに尽きる。

 「会計の学習」などと、難しく構える必要はない。毎日の新聞や雑誌にある会社の数値動向に関する記事を、いつもより少しだけ深読みしてみることを、今日から始めてみてはどうだろうか。

(写真:Shutterstock)
(写真:Shutterstock)

日経ビジネス電子版 2021年6月17日付の記事を転載]

会計のロングセラー、全面リニューアル!

人気ビジネススクール教授が教える「会計×経営戦略」のハイブリッド学習法。会計は、経営戦略と同時に学ぶことで理解できる。トヨタ、ニトリなど、人気企業の決算書を「経営戦略」とリンクさせて読み解く!
ビジネスには会計数値を読み解く力=会計力と、企業活動を考察する力=戦略思考力が必要だ。「WHY ?」「SO WHAT ?」の2つのキーワードで、決算書をロジカルに深く読み解き、2つの力を一度に身につけよう。 大手企業の選抜研修を中心に、多くのビジネスパーソンに会計と経営戦略をディスカッション形式で講義している人気MBA教授による解説。

大津広一著 日本経済新聞出版 1980円(税込み)