「テレポーテーション」と聞くと、SFのように人や物が一瞬で別の場所へ移動する姿を思い浮かべるかもしれません。しかし現実の「量子テレポーテーション」で移されるのは、物体そのものではなく「量子状態」です。すでに実験でも実現しているこの現象は、いったいどのような仕組みなのか。『 量子革命 量子コンピュータからネット、ハード、AIまで ― すべてを変える新技術 』より抜粋して、SFと科学の違いから解説します。

(画像:Who is Danny/stock.adobe.com)
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「スコッティ、私を転送してくれ!」

―ジェームズ・T・カーク(『スター・トレック』)


 SF作品に登場する装置の中でも、とりわけ多くの人々の心を惹きつけてきたものの一つが、やはりテレポーテーションでしょう。特にテレビシリーズ『スター・トレック』によって有名になったこの概念は、空想科学の世界を象徴するテーマとなりました。SFにおけるテレポーテーションとは、生物であれ無生物であれ、ある場所から別の場所へ瞬時に移動させる技術です。しかし、この意味でのテレポーテーションは、相対性理論と矛盾します。相対性理論では、光速を超える速度で情報や物体を伝送することはできないからです。光の速度は非常に速く、一秒間に約三十万キロメートルですが、それでも有限です。たとえば地球から火星までは、平均して約十三分かかります。したがって、瞬間的なテレポーテーションは実現できません。一方で、原子よりも小さいサイズの粒子における情報の量子テレポーテーションは、すでに実験室で実現されています。もし将来、大規模な量子テレポーテーション技術が開発されれば、量子通信や量子コンピュータを中心として、さまざまな応用が生まれる可能性があります。

移動するのは「物質」ではなく「量子状態」

 ここで言葉の意味を明確にしておきましょう。量子テレポーテーションとは、『スター・トレック』のように物体そのものを移動させることではありません。移動ではなく、一つの粒子の量子状態を、物理的な輸送なしに別の粒子へ移す技術です。この意味で、量子テレポーテーションは現実に存在する極めて興味深い現象であり、多くの実験によって確認されています。また、そこには相対性理論との矛盾もありません。情報の伝達速度は光速を超えないからです。

 具体例を考えてみましょう。アリスとボブがそれぞれ量子ビットを持っているとします。アリスは二準位原子(二つのエネルギー状態を取れる原子)を持っており、その原子は0状態と1状態の重ね合わせ状態にあります。ボブは光子を持っており、この光子もまた二つの状態の重ね合わせ状態を取ることができます。量子テレポーテーションを行うと、アリスの原子が持っていた量子状態が、ボブの光子の状態として再現されます。しかし、アリスの原子もボブの光子も、それぞれの手元に残っています。つまり移動するのは「物質」ではなく、「量子状態を記述する情報」なのです。1993年に量子テレポーテーションを提案した論文の中で、ベネット、ブラサール、クレポー、ヨージャ、ペレス、ウーターズらは、「未知の量子状態は分解され、その後再構成されうる」と述べました。つまり、アリスの量子ビットがどのような状態であっても、テレポーテーションの後には、その状態がボブの量子ビットに再現されるのです。同時に、アリス側の量子ビットはもはや元の状態ではなく、別の状態へ変化しています。したがって、テレポーテーションとは「物体の移動」ではなく、「状態の移動」なのです。

 ここで注意しなければならないのは、「未知の量子状態」を転送することは、一見すると不可能に思えるという点です。なぜなら、これまで見てきたように、量子力学では量子ビットを測定すると、その状態は制御できない形で乱されてしまうからです。測定後の量子ビットは、北極(測定結果0に対応)または南極(測定結果1に対応)のいずれの状態になります。しかし、その情報だけからは、測定前に量子ビットがどのような状態だったのかを復元することはできません。つまり、測定前の量子状態を知ることはできないのです。それにもかかわらず、量子テレポーテーションは可能です。

量子もつれを使って「未知の状態」を転送する

 以下では、その基本的な仕組みを、技術的詳細を省略しつつ説明しましょう。なお、テレポーテーションのプロトコルの説明に興味のない方は、この解説を飛ばしても本書の続きの理解には支障ありません。まず必要なのは三つの量子ビットです。一つはテレポートしたい量子ビットです。さらに、アリスとボブが共有する一組の量子もつれ状態にある量子ビット対が必要です。この対のうちの一つはアリスの実験室に、もう一つはボブの実験室にあります。アリスは、量子もつれの状態にある量子ビット対のうち自分が持っている量子ビットと、ボブへテレポートしたい量子ビットとを相互作用させます。その後、アリスはこの二つの量子ビットに対して測定を行います。すると、測定結果として二ビットの古典情報が得られます。測定結果は00、10、01、11のいずれかです。たとえば、測定結果が10だったとしましょう。アリスはこの二ビット情報を通常の古典通信路を使ってボブへ送ります。重要なのはここからです。ボブは受け取った二ビット情報に基づいて、自分の量子ビットにどの操作を施せばよいかを正確に判断できます。その結果、ボブはアリスが最初に持っていた量子ビットの状態を正確に再現することができます(ボブがどのようにしてその操作を選ぶのかという詳細には、ここでは立ち入りません)。こうして操作が完了すると、ボブの量子ビットは、アリスの量子ビットが最初に持っていた状態とまったく同じ状態になります。しかも、その量子ビット自体がアリスのもとからボブのもとへ移動したわけではありません。さらに重要なことに、アリスの量子ビットの元の状態は、測定によってすでに破壊されています。したがって最終的には、アリスの量子ビットが持っていた量子状態だけが、アリスの量子ビットからボブの量子ビットへとテレポートされたことになります。

 ここまでの説明から明らかなように、量子テレポーテーションは光速を超えて情報を伝えることを可能にするわけではありません。実際には、ボブが量子状態を再構成するためには、アリスが二ビットの情報を送らなければなりません。この情報は先ほど述べたように古典的な通信手段によって送られます。その伝送速度は、相対性理論に従い、光速を超えることはありません。また、量子テレポーテーションは、「複製不可能定理」とも完全に整合しています。量子状態はアリスからボブへ移されますが、テレポーテーション後、アリスの量子ビットは測定により北極(0)または南極(1)の状態になっています。つまり、未知の量子状態が複製されたわけではありません。アリス側ではその状態が消滅し、ボブ側で再構成されただけなのです。

量子力学がもたらす技術革命の現在地

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ジュリアーノ・ベネンティ(著)、ジュリオ・カサティ(著)、シモーネ・モンタンジェロ(著)、森弘之(訳)/日経BP/2750円(税込み)