知識からの実りをより大きく生かすためには、失敗から学ぶこと、良き師と友から学ぶことが重要です──。英国の作家、サミュエル・スマイルズが書いてベストセラーとなった 『自助論』 を、ベイン・アンド・カンパニー日本法人会長、パートナーの奥野慎太郎さんが読み解きます。 『ビジネスの名著を読む〔リーダーシップ編〕』 (高野研一著、日本経済新聞社編/日本経済新聞出版)から抜粋。
良き師と友から学ぶ
自らの汗と涙で勝ち取った知識ほど強いものはありません。学校教育は勉強の習慣をつけるという意味では価値がありますが、人は自ら能動的に学ぶことで、はるかに多くのものを得ます。「鉄が熱いうちに打つ」だけでなく「鉄が熱くなるまで打つ」。すなわちどんな機会も逃さず努力し続けることが、卓抜な技量、大きな成果を得るために必要なのです。
ここでいう知識は、人を追い抜くための手段になったり知的遊戯の道具として人を満足させてくれたりするものではありません。自己修養を通じて得た優れた知識、知恵や理解力は、人生の高い目的を追求するための活力源となり、人格や精神を豊かにすると『自助論』は説きます。
知識からの実りをより大きく生かすためには、失敗から学ぶこと、良き師と友から学ぶことが重要です。挫折や失敗の克服から人間は多くを学びます。「何を行うべきか」に気づくのは往々にして「何を行ってはいけないか」を悟るときです。また、人格教育の成否は、誰を模範にするかによって決まります。その意味で、良き師や友は、人が成長するうえで最高の宝ですし、家族ら身の回りの様々な人々も人生の良き指標となります。
こうした真の知識と経験、良き師や友が育ててくれる人格こそ、一生通用する唯一の財産であるとスマイルズは主張します。「君子」という言葉は本来、地位や権勢の象徴ではなく、真の人格者を指します。空高く飛ぼうとしない精神は、地べたをはいつくばる運命をたどるのみです。人格こそが、困難に際しても人を誠実かつ前向きにさせてくれます。
旧約聖書では真の人格者は「まっすぐ歩み、義を行い、心の真実を語る」とされます。不断の修養で身につけられた人格や礼節、洗練された態度こそが、人々の尊敬を集め、さらなる自己修養と克己心、勇気や優しさの源泉にもなるのです。
いかにして「鉄を熱く」するか
今回の内容は、まさにビジネスパーソンの成長にあてはまる内容です。真の知識と経験、よき師、良き友は、人格を育て、ビジネスパーソンを大きく成長させてくれます。
19世紀の英国で書かれた『自助論』ですが、「人は授業よりも訓練を通じて自ら能動的に学ぶことで、はるかに多くのものを得る」という指摘は、高等教育が職業訓練の場としてあまり位置づけられていない現代の日本には、特によくあてはまります。学生時代になかなか習得できなかった語学や会計などのスキルが、社会人になって必要に迫られてから急に伸びた、という経験をされた方は少なくないのではないでしょうか。
我々、経営コンサルタントを含むプロフェッショナルファームでの成長は、そうした機会と成長のサイクルの濃縮版と言えるかもしれません。ベイン・アンド・カンパニーの場合、コンサルタントとして入社すると、平均して1年半に1回、世界のどこかで同じランクのコンサルタントが集まって行われるトレーニングに参加します。毎月、あるいは場合によっては毎週上司からパフォーマンスについてのフィードバックと注力すべきスキルについての指導があります。まさに「鉄が熱くなるまで打つ」トレーニングプログラムが設計され、実行されています。
しかしそうした環境下でも、本当に伸びる人は、自ら進んで上司や同僚にフィードバックを求め、他のプロジェクトで使われている分析手法や周囲で議論されている最新の経済事情にもアンテナを高くして、自ら学び努力し続ける人です。そしてそうした自己修養や、プロジェクトを通じて出会う経営者や企業幹部の方々との議論、施策の実行過程で直面する様々な障害や困難を経験することで、本当に優れた知識や知恵が得られ、人格や精神が豊かになっていきます。
良き「師」や「友」はどこにいるのか
人格教育の成否を決める「師」や「友」を得るうえでも、仕事上の上司や同僚、部下、取引先や顧客というのは、言うまでもなく最大の人材供給源となるでしょう。境遇や社会への不満を語り合う仲間ではなく、より上を目指そうという志を共有できる友、互いに競い合い励まし合いながら成長していける友を1人でも得ることができれば、ビジネスパーソンとしてこれほど心強いものはありません。
若手に限らず、起業家や経営者など大小の組織を率いる立場になっても、いや孤独と重圧に耐えて決断し続けなければいけない立場になってからこそ、そうした友の存在はかけがえのないものになります。
良き「師」は、何も直接的に仕事の手ほどきをしてくれる上司や先輩とは限りません。取引先や顧客から、そうした存在を得ることもあるでしょう。ちょっと煩雑に感じることもあるかもしれませんが、きちんとこちらに正対し建設的なフィードバックをくれる人、何らかの判断の軸や視点を提供してくれる人は、実に貴重な、大切にすべき存在です。
今では有償のサービスとしてコーチングを提供するプロも珍しくありませんが、スマイルズの言うように、家族に代表される身の回りの様々な人々も、人生の良き指標となってくれます。あるいは1人の自然人格の中に完璧な「師」を見つけることが難しくとも、何人かの長所を集めれば、きっと理想とする「師」を得ることができるでしょう。
共通して言えるのは、こうした「友」も「師」も、自ら進んでそうした存在を求め、能動的に何かを学ぼうとしなければ、本当にそうした存在を得て関係を持続するのは難しい、ということでしょう。
「トレーナー」や「指導員」などという呼称で、入社十年前後の社員を新入社員の一人ひとりに割り付け、仕事上や身の回りの相談に応じさせたり、会社に順応させたりする取り組みを組織的に行っている会社は珍しくありません。もちろん、きっかけはそうした会社が用意した関係であっても、後に文字通りの師弟関係になることもあるでしょうし、そうした制度の価値を否定するものではありません。
機会を逃さず、自らを励ます
しかし、そうしたサービスを受ける側が不断の修養と人格的成長を求めていなければ、また提供する側が「まっすぐ歩み、義を行い、心の真実を語る」準備ができていなければ、スマイルズが言うような意味での「良き師」を得たことにはならないでしょう。
以前、児童養護施設に預けられ希望を失いかけていた子どもたちが、施設職員の方やケースワーカーの方、同じように施設を卒業して夢に向かって努力する先輩を見て、自らも夢をもって頑張ろう、大学に行って立派な大人になろうと考え、そうした思いをスピーチで語る姿に触れる機会を得ました。まさにスマイルズの言うように、彼らは身近に人生のよき指標を得たことで、「空高く飛ぼうとする精神」を獲得したのです。
こうした自らの精神を励ましてくれる人、人生の良き指標となってくれる人は、何も特別な偉人とは限らず、私たちの周りに必ず存在します。連載第2回 「『自助論』 どんな人が幸運を手にすることができるのか」 でご紹介したニュートンの万有引力の法則の発見やコロンブスの新大陸発見の逸話のように、自ら常に考え、求めていれば、こうした「友」や「師」を得る機会もおのずから見えてくるはずです。ぜひそうした機会を逃さず、良き支援者を得て、自己修養と成長の糧としたいものです。
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