クラウド会計や家計簿アプリなどを展開するマネーフォワードは、創業13年で売上高400億円、社員数2900人にまで達している。同社の急成長を支えるのは全社に根づく「読書文化」だ。同社の「本」活用の秘訣を伝える書籍『会社は「本」で強くなる マネーフォワード 全社で取り組む「読書経営」』(宮本恵理子/日本経済新聞出版)から、創業者である辻庸介グループCEOの読書遍歴を紹介する。第1回は起業のきっかけとなった1冊について。(文中敬称略)
日常を支える“道具”としての本
マネーフォワードの読書文化を語るうえで欠かせないのが、2012年に同社を創業した辻庸介グループCEOの“読書力”だろう。
東京・田町の高層タワーの21階にある本社オフィス。辻の執務室を訪ねると、そこかしこに横に縦にと積み上がった本の多さに気づくはずだ。壁に沿って並ぶ棚や机の上、椅子の背後にも、すぐ手の届く場所に本が置かれている。
「整然と」というよりむしろ「雑然と」と表現したほうが正確かもしれない。しかし、だからこそそれらが単なる飾りや“教養アピール”ではなく、辻の日常を支える“道具”であることが伝わってくる。
「いや、お恥ずかしい。最近は全然読めてないので……」としきりに謙遜する辻だが、その読書量の多さはほんの少し話を向ければ分かる。
「最近読んで良かった本は?」と尋ねるだけで、次々とタイトルが出て止まらない。「読んで感動した」「度肝を抜かれた」「絶対読むべきですよ」と目を輝かせながら、1冊1冊の本に対するリスペクトを表す。
誰よりも深く、本を読むことの効用を実感してきたからこそ、自ら経営する会社を速く遠くへと伸ばす動力の一つとして、「読書」を活用してきたのだろう。あるいは、会社と共に経営者である自身もまた成長を遂げる過程で、「読書」の価値を発見してきたのか。
『会社は「本」で強くなる』著者×マネーフォワード グループCHOが明かす人材育成、組織づくりの秘訣
■リアルとオンラインの同時開催
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オンライン開催 人数制限なし
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10代に身についた読書グセ
いずれにせよ、辻はよく本を読む。その原点は幼少期にさかのぼるという。
自宅から離れた場所にある小学校に通い、電車通学が日常となっていた辻少年の「暇つぶし」はもっぱら読書だった。今ならショート動画やチャットが時間を埋めていたかもしれないが、当時はスマートフォンどころかPHSもない時代だ。
その後、中高一貫の甲陽学院に進学したことで、通学時間はさらに延びて往復3時間に。平日5日間×3時間×6年間と、単純に計算して約4500時間。辻は純粋にエンタメとして本の世界を楽しんでいた。シャープ2代目社長を務めた祖父の「いつも熱心に何かを読んでいた」という背中の記憶も、きっと影響しているのだろう。
学校の図書館や書店で気になった本を片っ端から手に取り、特に夢中になったのは山岡荘八の『徳川家康』や池波正太郎の『真田太平記』など歴史小説。三島由紀夫や太宰治、村上春樹などの文学作品にも触れ、星新一のSFショートショートも好きだった。活字だけでなく漫画も、『ツルモク独身寮』『スラムダンク』『行け!稲中卓球部』など当時流行っていた作品はひととおり読んだ。『三国志』や『蒼天(そうてん)航路』など歴史物のコミックスもほぼ制覇している。

10代に身についたこの読書グセが、社会に出てからも自然と本を手に取る習慣の素地となっている。
京都大学農学部ではバイオテクノロジーを研究し、卒業後はソニーに入社。「希望ではなかった」経理部に配属された後は「AIBO(アイボ)」などのプロダクト部門の損益管理や原価計算を担当した。
後に、「当時の経験が、バックオフィスの効率化を実現するサービス開発に役立った」と振り返る辻だが、当時は「もっとビジネスのど真ん中に身を置きたい」と渇望していた。ソニーが50%出資して設立したオンライン証券会社、マネックス証券のCEO室に出向する社内公募のチャンスを見つけるや、勇んで立候補し、同社創業者の松本大(おおき)のもとで9年間を過ごした。
経営のダイナミクスを肌で感じる日々を送りながら、同社初の社費留学として米ペンシルベニア大学ウォートン校でMBA(経営学修士号)留学も経験。各国から集まるグローバル人材との交流や、経営の実践を想定したディスカッション型の講義に刺激を受け、「日本でもユーザーサイドに立ったお金のサービスをつくってみたい」という構想が膨らんでいった。
本から学び続けなければ経営はできない
そして、この構想が「起業」という選択に結びつくきっかけが、まさに“1冊の本”との出合いだったのだ。
2011年、MBAの修了証を携えて帰国する機上で、辻が夢中でめくった本の名は『 フェイスブック 若き天才の野望 』(デビッド・カークパトリック/滑川海彦、高橋信夫訳/日経BP)。
この本は、ハーバード大学在学中に革新的ソーシャルネットワークサービス「Facebook」を生み出した天才エンジニア、マーク・ザッカーバーグの情熱と苦悩を赤裸々に描いた傑作として知られる。
自分よりも年下の若者が世界中のコミュニケーションの形を一変させるプロダクトをつくり、さらに広めていこうとするオープン思想に激しく揺さぶられた辻の胸は、「自分も何かを始めなければいけない」と沸き立った。
線を引きながら何度も読み返し、「毎日持ち歩くのに表紙の重さすらわずらわしくなり、つい破って切り離してしまった」というエピソードは、当時の辻の焦りにも近い情熱を象徴している。
背中を押されるように会社を設立し、以後、絶え間なく数多(あまた)の本から吸収し、経営の実践に生かしてきた。
「本から学び続けなければ、経営ってできないと思うんですよね」
声を張るでもなく淡々と発せられたこの言葉に、辻にとっての読書がなんたるかが表れている。ふと漏れたこの一言には他者を卑下する意図は一切なく、ただシンプルに、自身の経験に基づく素直な実感であり、自身に対する鼓舞であることが、「経営者・辻庸介を支えた本の遍歴」を聞いた私には分かる。
「お金に関する課題を解決して、誰でも自分の夢や目標に向かって進むことができる、明るい世の中をつくりたい」という壮大なビジョンを描き、起業家としての一歩を踏み出した辻にはさまざまな困難が降りかかった。その経緯は、辻の著作『 失敗を語ろう。 「わからないことだらけ」を突き進んだ僕らが学んだこと 』(日経BP)に詳しいが、壁を乗り越えるたびに開ける未知のステージには、常に新たな課題が立ちはだかり、そのたびに辻は「経営者としての進化」を迫られてきた。
自らを変え、前に進むために、藁(わら)にもすがる思いで手を伸ばした武器の数々。辻の読書歴は、経営者としてのサバイバルの歴史なのだ。
写真/鈴木愛子
宮本恵理子著/日本経済新聞出版/1870円(税込み)

