クラウド会計や家計簿アプリなどを展開するマネーフォワードは、創業13年で売上高400億円、社員数2900人にまで達している。同社の急成長を支えるのは全社に根づく「読書文化」だ。同社の「本」活用の秘訣を伝える書籍『会社は「本」で強くなる マネーフォワード 全社で取り組む「読書経営」』(宮本恵理子/日本経済新聞出版)から、創業者である辻庸介グループCEOの読書遍歴を紹介する。第2回は創業直後のプロダクトづくりや組織づくりに役立った本について。(文中敬称略)

プロダクトづくりのための読書時代

 仲間8人で、会社員との“二足のわらじ”を履いての週末起業から始まったマネーフォワードは2012年に産声を上げた。最初のオフィスは高田馬場で、わずか6坪のワンルームに身を寄せ合った。辻の席は「すぐに営業に飛び出せるように」という理由で、入り口のすぐ近くだった。

 以後、2025年現在に至るまでの13年超のプロセスを「創業者・辻庸介の読書歴」という視点でたどっていくと、それは4つのフェーズに区分できるようだ。

 第1フェーズは「プロダクトづくりのための読書時代」。

 破竹の勢いとも言える2020年代の発展の姿からは想像しづらいが、マネーフォワードの歴史は「失敗」から始まっている。満を持してリリースした、記念すべき第1号プロダクト「マネーブック」は個人の資産運営状況を限定公開するネットワークを売りにするものだったが、あまりにも斬新過ぎたのか、ほとんど世に知られぬまま早々に閉じる結果となってしまった。

 辻の思いに共感して集まってくれた仲間たちは、安泰だったはずの大企業キャリアを捨てたり、新婚のパートナーを説得したりと、人生をかけて参画してくれた友人ばかりだった。「とにかく、使ってもらえるプロダクトをつくらなければ死んでしまう」という切実さの中で求めたのは、2012年春に日本語訳が刊行された『 リーン・スタートアップ ムダのない起業プロセスでイノベーションを生みだす 』(エリック・リース/井口耕二訳/日経BP)だ。

『リーン・スタートアップ ムダのない起業プロセスでイノベーションを生みだす』(エリック・リース)。画像クリックでAmazonページへ
『リーン・スタートアップ ムダのない起業プロセスでイノベーションを生みだす』(エリック・リース)。画像クリックでAmazonページへ

 「新しいサービスを開発するときに起こり得る壁とその乗り越え方が、具体的に書かれている。もっと早く読んでおけば失敗を防げたのに……と強く思ったことを覚えています」と辻は苦笑する。

 ほかにも、アップルのイノベーティブなものづくりを支えた天才デザイナーにフォーカスした『 ジョナサン・アイブ 偉大な製品を生み出すアップルの天才デザイナー 』(リーアンダー・ケイニー/関美和訳/日経BP)も貴重な参考書となった。

 早く失敗して、また次に生かす。辻はシリコンバレーで働いた経験はないが、読書を通じてその精神「Fail Fast」を吸収したに違いない。プロダクト第1号で涙を飲んだ失敗から半年とたたぬうちに鮮やかな方向転換を果たし、家計簿・資産管理アプリ「マネーフォワード ME」のβ版をリリース。複数の銀行口座やクレジットカードの利用履歴など、すべての「お金の動き」の可視化をワンストップでできるという、ユーザー視点を徹底したプロダクトは着実にユーザーを増やしていった。

【イベント】人も組織も成長する「読書経営」
『会社は「本」で強くなる』著者×マネーフォワード グループCHOが明かす人材育成、組織づくりの秘訣
■開催日時:2026年3月3日(火)18:30~19:30
■リアルとオンラインの同時開催
・リアルの場所:東京・日本橋兜町「Book Lounge Kable」(東京都中央区日本橋兜町7-1 KABUTO ONE 3階)
・オンライン:参加申込者にURLをお送りします
■参加料金:無料
■定員:リアル開催 50名様
    オンライン開催 人数制限なし
■申し込み方法: お申し込みはこちら

経営者になるための読書時代

 起業から3年目、プロダクトが軌道に乗り始めた2015年頃から、辻の関心は「経営」へと移っていく。これが第2フェーズ、「経営者になるための読書時代」だ。

 象徴的なタイトルが、『 経営者になるためのノート 』(柳井正/PHP研究所)だろう。

『経営者になるためのノート』(柳井正)。画像クリックでAmazonページへ
『経営者になるためのノート』(柳井正)。画像クリックでAmazonページへ

 「迷ったときに繰り返し開く教科書の一つ」と辻が言うこの本は、地方の衣料品メーカーに過ぎなかったファーストリテイリングの創業者で「ユニクロ」を世界的ブランドへと押し上げた柳井正が、自社の経営幹部候補生のために書いた「経営の要諦」が詰まった1冊だ。

 「変革する力」「儲(もう)ける力」「チームを作る力」「理想を追求する力」の4つに分けて、まさに「経営者になるために」必要な資質と視点が書かれている。「ノート」という題のとおり、書き込み式で構成されており、読むだけでなく「考える」ための本と言える。

 取材中、辻が大事そうに差し出したのは、10年前の発売直後、書店で見つけて「すぐにレジに直行した」という同書の私物だった。角が擦り切れ、色あせたクリーム色の表紙をめくって中のページをのぞくと、当時の辻の熱心な書き込みが随所に見られる。そこににじみ出るのは、素直で貪欲な実践だ。

 例えば、「売り上げ目標を明確にせよ」という著者の教えがあれば、そのページに「売り上げ目標4.6億円」と実際に書き込んである。あれから10年たった今、マネーフォワードグループの売上高は400億円超にまで達している。

 同じく柳井について書かれた本『柳井 正 わがドラッカー流経営論』(NHK「仕事学のすすめ」制作班編/NHK出版)の中で、辻が星印を書き込んで強調している数行がある。経営学者、ピーター・ドラッカーの本を例に柳井がその読み方を解説している箇所だ。

 「仕事の中で自分の成長と同時に、何度も読み返してみることに意味がある。それもただ理解するのではなく、『ドラッカーはこんなふうに言っているけど、自分にとってそれはどうなのか?』と問いかけながら読み、自分の頭で考え、行動することが大切なんです」

『柳井 正 わがドラッカー流経営論』(NHK「仕事学のすすめ」制作班編)を読むマネーフォワードの辻庸介グループCEO
『柳井 正 わがドラッカー流経営論』(NHK「仕事学のすすめ」制作班編)を読むマネーフォワードの辻庸介グループCEO

組織づくりに役立つ何度も買った本

 この一節を機に、「柳井さんに導かれるように」読み始めたのが、一連のドラッカー本だったという。2015年5月には『 経営者の条件 』(上田惇生訳/ダイヤモンド社)を購入している。さらに、『 HIGH OUTPUT MANAGEMENT(ハイアウトプット マネジメント) 人を育て、成果を最大にするマネジメント 』(アンドリュー・S・グローブ/小林薫訳/日経BP)、『 PRINCIPLES(プリンシプルズ) 人生と仕事の原則 』(レイ・ダリオ/斎藤聖美訳/日本経済新聞出版)、『「価値創造」の経営』(北尾吉孝/東洋経済新報社)などを繰り返し読み、先例に学びながら意思決定の判断基準となる軸を探っていった。

 このうち『HIGH OUTPUT MANAGEMENT』は、現在も研修の課題図書として頻繁に活用しているタイトルの一つだ。辻はこの本が新装改訂される前の『インテル経営の秘密 世界最強企業を創ったマネジメント哲学』(早川書房)を2016年4月に読み、衝撃が走ったという。

 「当時直面していた組織の問題について、ヒントをたくさん得られましたね。何度も買っているので、オフィスや自宅に合わせて4冊くらい持っているのですが(笑)、1回目に買った本にはめっちゃ線を引いています。当時、100人から200人、300人とどんどん組織が大きくなる中で、僕は組織をどうつくっていけばいいのか分からなかった。組織をつくるうえで重視すべきポイントが具体的に書かれていて、マネジャーの役割もすっきりと理解できたので、とても参考になりました。社長になって良かったと思うのは、『これはいい!』と発見したことを即実行できることです(笑)」

『HIGH OUTPUT MANAGEMENT(ハイアウトプット マネジメント) 人を育て、成果を最大にするマネジメント』(アンドリュー・S・グローブ)。画像クリックでAmazonページへ
『HIGH OUTPUT MANAGEMENT(ハイアウトプット マネジメント) 人を育て、成果を最大にするマネジメント』(アンドリュー・S・グローブ)。画像クリックでAmazonページへ

写真/鈴木愛子

クラウド会計や家計簿アプリなどを展開するマネーフォワードは、創業13年で売上高400億円、社員数2900人にまで達している。急成長を支える「本」活用の秘訣を、辻庸介グループCEOから現場の社員まで徹底取材。全社に根づく「読書文化」を明らかにする。

宮本恵理子著/日本経済新聞出版/1870円(税込み)