世の中には、「努力」し続けられる人と、そうでない人がいます。努力できる人は、目標に向かって着実に歩みを進め、大きなことを成し遂げることができます。一方、努力が苦手で何事も中途半端になってしまう人も少なくありません。努力できる人とできない人の差は、いったいどこにあるのでしょうか。この連載では、人間の行動と心理について長年研究し、行動経済学・ナッジを基に企業へのコンサルティングを行っている経済学者・山根承子さんが、「努力ができる人とできない人はなぜいるのか?」「努力をしておくといいのは本当か?」「正しい努力とは何か?」「どうすれば努力できるのか?」という観点から、「努力」を科学で解明します。今回のテーマは「努力の中断」について。人が努力をやめてしまうタイミングから、努力継続の秘訣を考えます。
人が努力をやめてしまうタイミング
多くの人が想像しているように、努力と意志にはそれなりの関係性があり、そして、努力を継続できていない人ほど自分の意志力に問題を感じ、努力を継続できている人は努力を努力と思わずにできている。
前回紹介したのは、オーストラリアで18歳を対象に行われた、健康的な行動が取れている人の特徴を見た研究だ(1)。「健康によい食生活を送れているか」「日常的に運動を行っているか」「飲酒を適量に抑えることができているか」「禁煙を続けることができているか」という4つの観点で、普段の生活で「健康に関する努力を継続できている人」と「健康に関する努力を継続できていない人」の考え方の違いをあぶり出している。
この研究が面白いのは、飲酒と運動に関する結果から、「努力が途切れてしまいがちな場面」が明らかになっていることだ。
論文の著者らは、飲酒量について、女性は1日当たり2杯以上、男性は1日当たり4杯以上の人は「危険な飲酒量」のグループに分類し、それ以下の人は「安全な飲酒量」のグループに分類している。そしてそれぞれに「あなたにとって、健康的な飲酒の妨げとなるものは何か?」という質問をして、「どんなときに飲酒をし過ぎてしまうか」を尋ねている。
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「努力できない人」ほど、周囲の影響を受けやすい
「危険な飲酒量」の人たちが健康的な飲酒の妨げとして多く選んでいた項目は、「お祝いの席」「パーティー」「友人や家族とレストランに行くとき」だった。どれも社交の場であり、他人が存在するシーンである。他の項目には「思い通りにいかなかったとき」や「落ち込んだとき」などがあったが、これらは過度な飲酒を招く脅威とは見なされていなかった。

また、運動についても同様に妨げる要因を尋ねたところ、「仕事や勉強で疲れていて、体を動かすことができない」という項目を選んだ人も、日常的な運動習慣の有無によって大きな差があった。「疲れが日々の運動の妨げになっている」という項目を選んだ人は、運動習慣のある男性の中では約19%だったのに対し、運動習慣のない男性では約35%に上っていた。

同様に、運動習慣のある女性では約25%、運動習慣のない女性では約50%が、「疲れが障害になっている」と回答していた。また、女性では「人付き合いで忙しくて体を動かすことが難しい」という項目についても、普段の運動習慣による差が有意に出ている。運動習慣のない女性は「人付き合いで忙しいことが運動の妨げになっている」と回答しがちであった。
つまり、人と一緒にいるときや、疲れているときが、努力をやめてしまう危険なタイミングなのである。
「お酒をほどほどにしておこう」と思っていても、周りの友人たちが飲んでいると一緒に飲んでしまう。「毎日運動しよう」と思っていても、仕事で疲れた日はサボってしまう。経験のある人も多いのではないだろうか。
別の研究も紹介しよう(2)。この研究の実験参加者はオンラインで、2日間で20問の経済学の課題を解くことを求められた。初日に20問全てを回答してもいいし、2日間に分けて回答してもいい。20問全てに回答すると7.5ドルが支払われ、正解していると1問につき0.75ドルが追加で支払われる。実験は、いくつか条件を変えて行われたが、そのうちの1つが曜日だった。1つは火曜日と水曜日に行うグループで、もう1つは金曜日と土曜日に行うグループだ。週の終わりに近い金曜と土曜のほうが疲れており、意志力が弱くなっていると考えられる。
158人の参加者のうち、タスクをやり遂げ20問全てに回答したのは100人(63%)だった。グループ別に見てみると、火・水グループでは79人中57人(72%)が20問全てに回答したのに対し、金・土グループで全てに回答したのは79人中43人(54%)で、金・土グループのほうが途中でやめてしまった人が多かった。やはり疲れは、「努力をやめてしまう」確率を上げるのだろう。
努力が途切れやすいタイミング
このような状況で飲酒の自制や運動などの努力を続けるには、かなり強い意志を必要とする。もしあなたの意志が強くないのであれば、他人の影響を受けそうな状況や、疲れた後に「努力」しようとするのは避けたほうがいいだろう。
万が一、そういう状況になってしまったら、より気を引き締めなければならない。自分の努力が途絶えるかもしれない危険な状況を、きちんと理解しておく必要がある。
ただし、健康的な食生活の習慣ができている人や、運動習慣ができている人は、「疲れ」や「周囲の人」を努力の妨げとは感じていない。つまり、気を付けなければいけないのは「習慣になる前」なのだろう。努力が習慣になるまでは、意志をぐらつかせる危険な状況からは離れておくほうがよい。
例えば、禁酒し始めには飲み会に行かない、お酒を飲む友達とは会わない、ジョギングをする曜日は週の前半にしてみる、などである。
努力の継続はどれだけ、周囲からの影響を受けるのか
周囲の状況が努力の継続に重要であることは、大学を転学した学生の運動習慣の変化を追った研究からも分かる(3)。
転学後も変わらず運動を継続していたのは、習慣的な運動を行っていた場所が、新しい大学でも変わらず存在している人だった。例えば自室でトレーニングしている人などである。
一方、大学の近所のジムに通っていた人など、運動する場所が転学によって変わった人は、習慣的な運動をやめてしまっていることが多かった。そして環境が変わっても習慣的な運動を続けていたのは、運動意欲の高い人、つまり強い意志がある人だけだった。この「周囲の状況」にはルームメートの行動も含まれている。つまり、かつてのルームメートが運動習慣のある人で、新しいルームメートも運動習慣のある人だと、自分も変わらず運動を続けることができていた。しかし、新しいルームメートが運動習慣のない人だと、自分も運動をやめてしまっていることが多かった。
この研究では運動習慣だけではなく、テレビを見るという習慣、新聞を読むという習慣についても同時に調査しており、同じ結果を得ている。
この研究結果から、どんな努力であれ、続けたいのであれば環境を変えてはいけないということが分かる。意志の強さに自信がないのであれば、特に注意すべきだ。
引っ越しや転職などで環境が変わったとき、「心機一転」と新しい習慣を始めることも多いだろう。確かに努力を開始するいいチャンスではあるが、それまで習慣となっていたことをやらなくなってしまう危険もはらんでいる。環境の変化は、悪い習慣を断ち切り、いい習慣を始める機会として、うまく利用していきたい。
(1) Milligan,R.A.K., Burke, V., Beilin, L.J., Richards, J., Dunbar, D., Spencer, M., Balde, E., and Gracey, M.P. (1997) "Health-related behaviours and Psycho-social Characteristics of 18 Year-old Australians"Social Science & Medicine, vol. 45 (10), pp. 1549-1562.
(2) Burger, N., Charness, G., and Lynham, J. (2011) "Field and online experiments on self-control" Journal of Economic Behavior & Organization, vol. 77, pp. 393-404.
(3) Wood, W., Tam, L., and Witt, M. G. (2005) "Changing Circumstances, Disrupting Habits" Journal of Personality and Social Psychology, vol. 88, No. 6, pp. 918-933.
- 「飲み過ぎを改善する」「運動不足を解消する」…悪い習慣の見直しをしたいときこそ、環境に気を配ること。飲酒量が多い人と一緒に過ごせば自分の飲酒量を減らすのは難しく、疲れ過ぎている状況では運動を習慣にすることは難しい。
- 習い事、グループ、サークル…「こうなりたい」という人たちの中に身を置いたほうが、努力が継続しやすい。
- 環境が大きく変化したときには、「前から続けていた、いい努力」をやめてしまわないように注意すべし。
「今度こそ、頑張ろう!」と決意したはずなのに、いつの間にか忘れてしまっていた…そんなことはありませんか? 実は、努力は行動経済学や心理学の観点から捉え直すことで、才能や性格に関係なく、仕組み化することができます。「英語などの勉強で成果を出したい」「資格を取得したい」「子どもに勉強をさせたい」「部下を頑張らせたい」「ダイエット・運動を頑張りたい」「健康的な食事を続けたい」「5S(整理・整頓・清掃・清潔・しつけ)を徹底したい」「夏休みの宿題を計画的に終わらせたい」…。本書はこのような悩みに効果を発揮する1冊です。
山根承子著/日経BP/1870円(税込み)

