世の中には、「努力」し続けられる人と、そうでない人がいます。努力できる人は、目標に向かって着実に歩みを進め、大きなことを成し遂げることができます。一方、努力が苦手で何事も中途半端になってしまう人も少なくありません。努力できる人とできない人の差は、いったいどこにあるのでしょうか。この連載では、人間の行動と心理について長年研究し、行動経済学・ナッジを基に企業へのコンサルティングを行っている経済学者・山根承子さんが、「努力ができる人とできない人はなぜいるのか?」「努力をしておくといいのは本当か?」「正しい努力とは何か?」「どうすれば努力できるのか?」という観点から、「努力」を科学で解明します。今回のテーマは、「努力と意志の関係性」について。努力を継続するには、強い意志が必要だという考えは本当か、科学的に考察します。

努力における「意志の強さ」の測り方

 努力を続けるには強い意志が必要だ、とよくいわれている。そして確かに、努力を続けている人は意志が強そうに見える。それは本当なのだろうか?
 今回は、「努力と意志の強さの関係性」を見ていこう。

 オーストラリアで18歳を対象に行われた、健康的な行動が取れている人の特徴を見た研究がある(1)。この研究における「健康的な行動」とは、「健康によい食生活を送れているか」「日常的に運動を行っているか」「飲酒を適量に抑えることができているか」「禁煙を続けることができているか」である。普段の生活で「健康に関する努力を続けることができているかどうか」を見ているといってもいいだろう。

 この研究では、「あなたが健康的な行動をすることの妨げとなっているものは何か」を尋ねている。「健康的な食事をするために必要な食材が家にないこと」や「健康的な食事について考える時間を確保することが難しいこと」「自分がどのくらい運動すべきなのかが分からないこと」などが挙げられており、参加者はこれらの項目が自分にとってどの程度重要な障害となっているかを回答している。

 この、健康的な行動の妨げとなっているものの中に、「健康的な食事をするように自身に言い聞かせるのが難しいこと」「運動を続けようという意識を持つのが難しいこと」という項目があり、これらが「意志の強さ」を反映するとされている。

健康的な食生活の実践可否は「意志」が決めている?

 意志の強さは、実際の行動にどう影響しているだろうか。
 この研究では一人一人に食事記録を提出させているので、各個人の食生活をかなり詳細に見ることができる。今回は、脂質の多い食事を取っている人を「健康的な食生活ができていない人」とし、そうでない人(=脂質が少なく健康的な食生活ができている人)と比較して「意志力」が障害となっている度合いに差があるかをチェックした。

 「健康的な食事をするように自身に言い聞かせるのが難しいこと」に「YES」と回答した人、つまりこの要素が自身にとって「重大な障害となっている」と回答した人は、健康的な食生活ができている男性では約17%だったのに対し、健康的な食生活ができていない男性では約30%を占め、この差は統計的にも有意であった(女性においては、差は見られなかった)。

図1「健康的な食事をするように自身に言い聞かせるのが難しい」と考える人の割合
図1「健康的な食事をするように自身に言い聞かせるのが難しい」と考える人の割合
(Milligan et al. 〈1997〉より著者作成、図制作:キャップス)
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「運動習慣」の持てない人は、意志が弱い?

 運動についても同様に見てみると、「運動を続けようという意識を持つのが難しいこと」に「YES」と回答した人、つまりこの要素が自身にとって「重大な障害となっている」と回答した人は、日ごろから運動習慣のある男性では約20%、運動習慣のない男性では約50%だった。

図2「運動を続けるように自身に言い聞かせるのが難しい」と考える人の割合
図2「運動を続けるように自身に言い聞かせるのが難しい」と考える人の割合
(Milligan et al. 〈1997〉より著者作成、図制作:キャップス)
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 運動では女性にも、男性と同様の傾向が見られ、日ごろから運動習慣のある女性の約30%、運動習慣のない女性の約60%が、「運動を続けようという意識を持つことの難しさ」が障害となっていると回答している。
 また、「体を動かす習慣がなかなか続かない」に「YES」と回答した人の割合も、日ごろから運動習慣のある人と運動習慣のない人とでは大きな差があった。この項目は意志力と継続力を反映しているといえるだろう。

図3「体を動かす習慣がなかなか続かない」と考える人の割合
図3「体を動かす習慣がなかなか続かない」と考える人の割合
(Milligan et al. 〈1997〉より著者作成、図制作:キャップス)
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「意志の強さ」は努力しないことの言い訳か

 実際に健康的な行動を取れていない人は、自分の意志力に問題を感じていることから考えれば、この研究によって意志力と努力の関連が示されているといっていいだろう。
 一方、努力を継続できている人は、意志の強弱が行動のハードルとなっているとは感じておらず、「努力を努力と思わずにできること」の重要性も示唆されている。

 この研究では、努力を続けられる人が、もともと「大変だ」と思わないから続いているのか、あるいは努力を続けているうちに「大変だ」と思わなくなったのかは明らかにされていない。しかし、努力と意志の関係性を、努力を続けられない人ほど強く意識しているのは間違いないだろう。

 では、「努力しようとしても、意志の力が足りなくて努力が続かない」のはどういうときなのだろうか? 「意志の力が足りない人」が、努力を続けていくには、どのような点に留意する必要があるのだろうか?
 次回は、努力と意志の関係性のもう一つの側面、「努力し、継続していたことをやめてしまう」点に注目して、努力と意志の関係性への考察を深めていこう。

■参考文献
(1) Milligan,R.A.K., Burke, V., Beilin, L.J., Richards, J., Dunbar, D., Spencer, M., Balde, E., and Gracey, M.P. (1997) “Health-related behaviours and Psycho-social Characteristics of 18 Year-old Australians” Social Science & Medicine, vol. 45 (10), pp. 1549-1562.

<12回目のまとめ>
  • 努力を続けられない人ほど「努力には意志の力が必要だ」と考えている。
  • 努力を継続できる人は、努力を努力と思わずにできている。
  • 努力の継続のために考えるべきは、「努力を努力と思わずに続けられる」仕組みである。
(写真:Shutterstock)
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