日経BPの専門誌の編集長およびラボの所長約50人が今後注目すべき技術を100件選定、専門記者が解説する『日経テクノロジー展望2026 未来をつくる100の技術』が発刊。本コラムでは「日経トレンディ」の澤原昇編集長が「もっと知りたい」と注目する技術について、記事を執筆した専門記者に話を聞きます。第3回は「空飛ぶクルマ」について。
自動車でもヘリコプターでもなく航空機
澤原昇(以下、澤原):新刊『日経テクノロジー展望2026 未来をつくる100の技術』の中で、気になるトピックについて専門記者に聞く企画、第3回は「空飛ぶクルマ」です。最近では大阪・関西万博でのデモンストレーション飛行をきっかけにメディアでの露出が一気に増えた感があります。いろいろ教えていただきたいのですが、その前に……。
私は「空飛ぶクルマ」と初めて聞いたとき、まず映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のデロリアンが頭に浮かび、次に道路を走るクルマから両翼が出て颯爽(さっそう)と空へ飛び立つ姿を想像してワクワクしました。が、実際の機体を見るたびに思うんです。「これ、クルマじゃなくて、ヘリコプターですよね?」と(笑)。

内田泰(以下、内田):羽根付き自動車タイプの開発を進めている海外ベンチャーもありますが、主流はヘリコプター型ですね(笑)。まず乗り物としての分類はクルマでもヘリコプターでもなく航空機になります。
現在、日本で空飛ぶクルマと呼ばれているものは「eVTOL(イーブイトール)」。英語で「electric vertical takeoff and landing」、日本語で電動垂直離着陸機、ですね。垂直に離着陸するため、滑走路などの大がかりな設備を必要とせず、例えば小さなビルの屋上でも離着陸しやすい。

澤原:ヘリコプターも真っすぐ降りてくるイメージですが……。
内田:ヘリコプターの離着陸は斜めなんです。垂直では風が戻ってくるダウンウオッシュ現象などで不安定になるため、斜めの離着陸のための角度を確保するスペースが必要です。
電動であることもeVTOLの大きな特徴です。まず静か。そして点検コストなども、複雑なメカニカルのヘリコプターより安くなります。さらにEV(電気自動車)と同様、自動化との相性がいい。最初は機体をパイロットが操縦するとして、次は遠隔操作による自動飛行(オペレーターが介在)、さらにシステムによる自律飛行になっていく。『100の技術』では「100年に一度の移動革命」をもたらす「ドローンと車を合わせたような新しいタイプの航空機」と定義しました。
国連の世界人口予測では2050年までにさらに20億⼈以上が都市部に居住するとされていて、従来の交通⼿段だけでは対応が難しい。そんな中、eVTOL開発を手掛ける米Eve Air Mobility(イブ・エア・モビリティー)が発表した予測では、2045年までに運⽤される空⾶ぶクルマは世界で約3万機に達し、30億人の乗客を輸送すると見込んでいます。

中国が先行、米国はロス五輪を起爆剤に
澤原:世界各地での新規需要が期待できる熱い分野、開発競争も激しそうですね。
内田:社会実装のトップランナーは中国のEHang(イーハン)です。パイロットなしで運行する機体を開発して、世界で初めて商用運行のための型式証明を取得し、2025年に上海市や深圳(しんせん)市などでテスト運行を開始しています。

澤原:昨年、このコラムでクルマの「完全自動運転」の話を聞いたのですが、そこでも中国での社会実装の速さが印象的でした。
内田:中国の場合、国が推す事業に関しては法律の改正などもどんどん進めますからね。ただ、中国の型式証明というのは日本や米国と互換性がないんです。日本でもイーハンのデモ飛行は行われていますが、実用化するには日本の型式証明が求める安全基準などをクリアする必要があります。
澤原:米国の動向は?
内田:米国が見据えるのは、2028年開催のロサンゼルス五輪です。公式の輸送手段の1つとして米Archer Aviation(アーチャー・アビエーション)の機体が活用されることが決まっていて、トランプ大統領が社会実装を後押しする内容を含んだ大統領令に署名しました。「中国に後れをとるな!」という檄(げき)が聞こえてくるようですし、五輪で「米国の空飛ぶクルマ」を世界にアピールしようという意図が見て取れます。

二次交通から始まる“総合格闘技”
澤原:具体的にはどんな用途で広がっていくのでしょう?
内田:まずは空港からの二次交通が有望と見ています。日本の成田や羽田から周辺の拠点へ、米国のニューヨークJFKから周辺へ……。例えばロサンゼルス空港からの移動にはフリーウエイが何車線もありますが、渋滞がすごい。こうした状況は世界各地にあり、空飛ぶクルマによる短距離移動の実用化は救世主的に捉えられるでしょう。そして次は都市間の移動手段へと広がっていく。
澤原:鉄道の駅と観光地を結ぶような需要もありそうですし、救急搬送的な用途なども考えられますね。どんどん身近になっていきそうです。

内田:新しい移動手段を作るというのは“総合格闘技”です。機体の開発はもちろん離着陸場などインフラの整備のほか、法律面の整備も必要ですし、社会の受け入れも大切。航空機の型式証明についても、これまでにない機体に関する規定の整備が進められています。それが定まった後、認証を取得した機体となれば高い安全性が認められているわけですが、例えば飛行ルート周辺の住民にとってはこれまで身近になかった機体が頭上を飛ぶことに不安を感じたりもするでしょう。しっかりと説明し、理解を得ることが必要です。
澤原:導入後も事故なく運用を続けることで社会に溶け込んでいく、ということですね。

100年に一度の移動革命をビジネスチャンスに
澤原:日本企業にとっても大きなビジネスチャンスになりますね。
内田:国産の空飛ぶクルマを開発するSkyDrive(スカイドライブ)とスズキが連携したり、米Joby Aviation(ジョビー・アビエーション)とトヨタがパートナーシップを結んだり、自動車メーカーが持っている高い技術は空飛ぶクルマの開発に貢献しています。世界で実用化が進んだ際には量産体制を整備するノウハウなども生かされるはずです。
モーター関連でデンソーやニデック、筐体(きょうたい)の素材で東レなどが技術提供や協力をしています。そのほかにも、運行管理システムの開発にNECが取り組んでいたり、空港を拠点とした運行管理業務は航空会社、駅を拠点とした運行管理は鉄道会社が参画して……といった具合に、新たなビジネスの芽は広範かつ多岐にわたります。

モーターも電池も、EV向けよりもさらに軽く長持ちするものが求められますし、空飛ぶクルマだけでなく大型ドローンなども飛び交う“道なき道”をいかに安全に管理するか等々、難題は尽きません。が、新たな課題は、すなわち新規参入のチャンスともなり得る。
「100年に一度の移動革命」をいかに有意義なものにするか。ビジネスパーソンとして、そして生活者として、私たちの“未知への対応力”が試されます。
(人物写真:尾関祐治 構成:坂巻正伸=日経BOOKプラス編集部)
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