チャットGPTをはじめとする大規模言語モデル(LLM)による生成AI(人工知能)の進化で、AIが一気に身近な情報ツールとなった。この「LLMショック」はこれからの社会をどう変えていくのか。人工知能の専門家でオックスフォード大学発ベンチャーの創業者でもあるマイケル・オズボーン氏に聞いた。日経ビジネス人文庫『世界最高峰の経営学教室 <2 実践編>』(広野彩子編著)から抜粋・再構成してお届けする。

生成AIの登場をどう捉えるか?

 まず2022年末から2023年にかけての生成AIをめぐる急激な展開について、オズボーン教授はどのようにみていたか。

オズボーン氏 2023年、私は17年間のAI研究のキャリアの中で、最もエキサイティングなタイミングを迎えている。今の私はいくつかの仕事に携わっている。まずはオックスフォード大学の機械学習教授。新しい機械学習アルゴリズムの開発に取り組んでいる。

 もう一つは、オックスフォード大学からスピンアウトして創設したベンチャー、マインド・ファウンドリーの共同創業者としての役割だ。現在70人の従業員がいる。私は、マインド・ファウンドリーの事業を通じて機械学習とAIが、仕事の自動化で実社会にどのような影響を与えているか、直接かかわりながら知ることができている。

 だが私にとって現在最も重要なミッションは、AIが社会に与える広範な影響を研究することだ。オックスフォードではAI規制に関するプログラムを始めようとしている。

 AIは「人工知能の父」と呼ばれる英国の20世紀半ばの計算機科学者アラン・チューリングをはじめ、マービン・ミンスキー、米国のハーバート・サイモン、アレン・ニューウェルらの創造的な研究が登場して以後、試行錯誤を繰り返してきた。2023年は後の歴史で、それらに連なる「AIの実用化における歴史の転換点」として記憶されるかもしれない。オズボーン教授の観察の中でも「今回は違う」ことを思わせる兆候がデータとして表れている。

オズボーン氏 2023年の第1四半期、大手ハイテク企業の決算説明会でAIに言及する回数が激増した。AIは現在、世界中のメディアや人々の関心を集めている。AIが想像力をかきたてる理由の一つは、テキストから画像への変換モデルの能力が高まったからだろう。Midjourneyや、米オープンAIのDALL・E2(ダリ・ツー)のような画像生成ツールのことだ。

マイケル・オズボーン氏(写真提供:エクサウィザーズ)
マイケル・オズボーン氏(写真提供:エクサウィザーズ)
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マイケル・オズボーン 英オックスフォード大学工学部機械学習教授
1981年、オーストラリア生まれ。西オーストラリア大学で、純粋数学と機械工学を専攻。2010年、英オックスフォード大学で機械学習の博士号を取得(Ph.D.)。同大学でポスドク、リサーチフェローなどを経て2012年、准教授、2019年から現職。日本のAIベンチャー、エクサウィザーズの顧問も務める。

 Midjourneyはテキストで指示した内容に基づき、一見プロフェッショナルの作品に見える画像を作り出せる画期的なツールだ。だがMidjourneyにはまだ、人間が直感的に理解するような、(現実世界における位置関係や方向感覚、配置など)物事や風景のごく基本的な関係を理解できない。例えば、「4個の赤い果物が並んでいる油絵の静止画」のような配置を、すんなり描写することができないのである。

オズボーン氏 Midjourneyが人間が現実世界の深い暗黙知を自然に身につけるようなやり方で学習・訓練しているわけではない。暗黙知の代わりに大量のデータを使って訓練され、そのデータから現実世界に関係性のある、ある種の感覚を拾い上げてアウトプットする。まだ人間が全体として共有している一般的な理解のレベルに達していない。テキストに書かれた内容からある要素を捉えるが、要求ときちんと一致させられるわけではない。人間が持っている「ニュアンス」に関する深い理解はまだ持っていない。

真実性の検証に役立つ生成AI

 2013年、オズボーン教授は友人かつ同僚でもあるカール・フレイ氏と共同で、AIやロボットの進歩により、米国の雇用や労働がどの程度自動化される可能性があるのか職業別に確率を推計した論文を発表した。当時の推計は、10年後の今、どうなっただろうか。

オズボーン氏 当時の分析では、自動化される可能性が高い職業の一つにファッションモデルもあり、自動化の可能性は98%だった。多くのメディアがその予測に対して懐疑的だったが、2023年の今、ララランドAIという企業によりAIで作られたデジタルファッションモデルが登場している。髪形、体形、年齢などを自在に選べる。

 人のモデルを使う企業に比べて70%コストを削減し、特定の小さなセグメントをターゲットにしたキャンペーンを展開している。同社のクライアントには売り上げを4倍に伸ばした企業もあると聞く。

 画像の世界ではまさに目に見える革新が起こった。ではオズボーン教授はもう一つの革新、大規模言語モデル(LLM)による文章の生成AI、チャットGPTの能力や可能性をどうみるだろうか。

オズボーン氏 GPT-4を開発したオープンAIは、当初米マイクロソフトが100億ドル程度投資した。オープンAIはチャットGPTのリリース後に300億ドル近い企業価値を認められた。少なくとも2023年上半期時点で数億人のユーザーを獲得したとみられ、最も急成長した消費者向けアプリだろう。実作業の自動化に役立つ多くのツールを提供している。

 オープンAIが発表したオリジナルの論文では、GPT―4が実際に人間の学生が受ける試験を解くのにどれだけ役に立ったかを示すデータがあり、実に素晴らしい好成績を収めていた。だが、過大評価してはいけない。モデルがこうした試験を効果的にこなせる理由の一つは、言語モデルの学習セットに試験で出題された問題が含まれていたからかもしれないのだ。しかし、それでも極めて幅広い質問に答え、特定のユーザーに合わせることができるこの機能は、現実のタスク遂行をすでに可能にしている。

 例えばコピーライティングの分野では、マーケティングのキャッチコピーの作成に大いに活用されている。翻訳やレシピの作成、詩を読むこと、ブレインストーミング、知識の抽出、要約の作成、ほかのシステムとの接続なども可能だ。

 チャットGPTの登場後、世界中のライターや作家の間に動揺が広がった。米国では、LLMが生活を脅かしかねないという理由で作家のストライキも起こった。果たして、文筆家は職を奪われてしまうのか。

オズボーン氏 世界で最も有名なSF・推理小説雑誌の一つであるクラークスワールド誌は、チャットGPTが公開された直後、一時的に作品の受付停止に追い込まれた。チャットGPTを使った投稿が殺到したからだ。

 ただ、受付停止の理由はAIの投稿が素晴らしかったからではなく、むしろあまりにひどかったためだ。作家が執筆した投稿と、AIの作った投稿を事前にフィルタリングができるような新しいプロセスを考え出すことに時間がかかった。とはいえ、たとえAIが素晴らしい小説を書けないとしても、まだ騒動は続きそうである。

 生成AIは正しいようでまったく正しくないアウトプットをもっともらしく出すので注意が必要だ。オズボーン教授からの助言は、生成AIで何か新しいアイデアを出そうとするのではなく、思いついたことが真実かどうかを検証する場合に使うことだという。

オズボーン氏 一番面白いのは、コーディング作業やソフトウエアエンジニアリング作業の自動化に使えることだ。両方とも大量のコードと文章を使う。(チャットGPTの追加機能で、人の言語とコードの間を橋渡しする)コード・インタープリターや(コードを補完するツールである)GitHubのコパイロットのようなツールは、コーディング作業全体を自動化するわけではないが、コードの断片を生成するよう指示することはできる。

(後編に続く)

知の巨人たちは語る。日本企業が目指すべきものとは? 経営学の最前線を世界トップクラスの研究者が解説した『世界最高峰の経営教室』を文庫化。『世界最高峰の経営学教室 <1 理論編>』の続編。

広野彩子編著/日本経済新聞出版/1100円(税込み)