ヨーロッパの名門ビジネススクール、仏インシアードで長年、経営幹部研修をリードしてきたナラヤン・パント教授。経営心理学を専門とし、実践的な教育を行う世界トップクラスの経営学者として知られる。そのパント教授が、ポストパンデミック時代に必要なリーダーシップ、組織の多様性を実現するための方法について語る。日経ビジネス人文庫『世界最高峰の経営学教室 <2 実践編>』(広野彩子編著)から抜粋・再構成してお届けする。

今だから必要なリーダーシップとは?

 筆者は『世界最高峰の経営学教室』文庫版発刊を前に2023年、パント教授に再びインタビューする機会を得られた。ポストパンデミックに必要なマネジメントの心構えについて貴重なコメントがあったため、紹介したい。

パント氏 私は少し懸念している。ひとまず、新型コロナウイルス禍が一段落した。だから2019年に戻れるのだと皆さんが思っている気配があるからだ。新型コロナ禍は落ち着いたかもしれないが、世界は変わった。今の世界は、2019年以前とは違う。私が、今だからこそとても重要だと思うリーダーシップの特徴が3つある。

 1つ目は、己を知る心である。2020年3月、全世界が止まった。誰も動かず、どこにも行かない世界。こんなことは起こり得ないと思っていた。2019年以前に聞かれたら、こう言っただろう。「誰も動かず、どこにも行かない世界? あり得ない」と。

 世界にとってトラウマになるような出来事だった。だから、元通りに戻ると信じたいのだろうが、もう戻ることはできない。だからリーダーには、第一に、自分自身について知る必要があると思うのだ。具体的には自分自身が何を考え、恐れているのかを改めて知ることだ。それが1つ目だ。

 2つ目は、原則で統治する熱意だ。ある日は自宅で仕事をし、ある日は出社する。これはルールだ。私たちはこんな新しいルールを作ってきた。

ナラヤン・パント氏(写真提供:インシアード経営大学院)
ナラヤン・パント氏(写真提供:インシアード経営大学院)
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ナラヤン・パント 仏インシアード経営大学院マネジメント実践教授
米ニューヨーク大学経営大学院で博士号を取得(Ph.D.)。米モニターグループの戦略コンサルタントなどを経て現職、幹部教育部長を務める。個人の変革における心理の変化や、認知行動の変化に関する研究が専門。

「徳によって統治せよ」

 しかし、リーダーシップにはルールよりもっと大切なものがある。孔子はこう言っている。「ルールによって統治するのではなく、徳によって統治せよ。原則によって統治せよ」。あなたが組織で適用すべき原則は、従業員に対して公平であることだ。(一律のルールではなく)原則によって統治するのだ。ある従業員に当てはまるやり方が、他の従業員には合わないこともある。だから、このような環境ではルールは役に立たない。原則に従わなければならない。

 3つ目が、思いやりだ。今日のリーダーには、より大きな思いやりが必要だ。考えてみてほしい。最近のニュースで、多くの大企業が雇用を削減しているのを知った。株価が下がり、コストを削減しなければならなくなったからだ。

 そこには、思いやりが感じられない。従業員への対応に思いやりがないのは問題だ。この態度が、ますます従業員との「取引関係」を増やすことになる。すでに人々は、若い世代が働きたがらないことに不満を抱いている。仕事が気に入らなければ放り出して、どこかに行ってしまう。それは組織に思いやりがないと分かったからだ。

 組織が思いやりを見せなければ、取引関係がもっと増える。例えば、こう社員から言われる。「何をくれるんだ? くれないなら、私は辞める」。そういった純粋に取引だけの関係になる。

 この3つは私の考えるリーダーシップの要諦である。1つ目は、リーダーが自分自身をより深く認識すること。2つ目は、ルールで支配するのではなく原則で統治すること。あなたが守りたい原則は何だろうか。そして3つ目は、リーダーにはより大きな思いやりが必要だということだ。

「大量自主退職」の理由

 米国では2021年、「大量自主退職(The Great Resignation)」という言葉がはやった。その理由の1つが、思いやりの欠如だろうか?

パント氏 その可能性はかなりある。人々の振る舞いをみていると、「なぜあなたのことを気にかける必要があるのか。あなただって私のことなど気にしていないだろう」と思っているように見える。

 また、新型コロナ禍のとき、人々は、身近に頼りになる人がいることを再発見した。家族や親しい友人だ。そこで、プライベートなつながりの大切さを再認識したのだ。会社など、いわばオンライン会議と大差なかった。会議で見かけただけの人を頼りにするわけにはいかない。だから、関係は以前よりずっと弱くなった。こうやって崩れた人間関係を再構築するには、思いやりを示す必要があるのだ。

 つながりが続く組織にするには、どうすればいいのだろうか。

パント氏 この世に、世界がどうなっていくのかを正確に予測できる人はいない。したがって、何が必要になるかを予測することもできない。だからこそ以前も話したように、群衆の知恵が重要なのだ。多様な視点を持ち寄りながら、育てることのできる力がある組織は、長持ちする。

 我々は、技術環境の中で暮らしているわけではない。技術環境には答えがあり、専門家が答えを持っている。だが我々が生きているのは適応型の環境(adaptive environment)だ。これは別の学者の作った言葉だ。適応型の環境では、誰も答えを持っていない。だから今、この環境で成功するには、たくさん実験して、(環境に合うかどうか)試行錯誤するしかない。そこで重要になるのが、またしても群衆の知恵だ。独立した知識を持った多様な人を大勢集めることができるリーダーの能力が、極めて重要になるのだ。

 群衆の知恵を持ち寄って試行錯誤することは、イノベーションにも役立つのではないか。

パント氏 その通りだ。単なる製品のイノベーションだけでなく、組織や、協働するための方法でイノベーションを起こすこともできる。どれも必要だ。新しい均衡がどのような姿になるかは分からない。だが、企業は臨機応変に対応する勇気を持たなければならない。

株主は「多様性」実現にプレッシャーを

 日本人にとって一番大切なのは、多様性に慣れることではないか。女性やマイノリティーの扱いにいまだに苦労しており、社会における無意識のバイアスはかなり強い。役職などの一定割合を女性にするクオータ制もたびたび議題になる。これを克服するにはどうしたらいいのだろうか。

パント氏 私の希望の1つは、株主からのプレッシャーだ。ご存じのように、多様な視点を組織に持ち込むことができた企業は最終的には業績が良くなる。欧米の透明性の高い上場企業では、すでにそのことが分かってきている。

 多様性のなさを知った株主は、チームの中に多様性を求めるよう、リーダーにプレッシャーをかけるだろう。ESG(環境・社会・統治)の観点からではなく、より良い意思決定のためというシンプルな観点からだ。それが私の願いでもある。

 組織は内部から変わることはできない。不可能だ。どだい無理な話だ。もし私が30年かけて組織を上り詰め、頂点に立ったとする。次はどうするか。私はこの中で成功したので、変化しないようにするバイアスがかかっている状態だ。だから、外からの圧力が必要なのだ。

 (欧州などでの)役員に一定数の女性を入れなければならないという規制(クオータ制)が、役に立ったか立たなかったかについてはいろいろな議論がある。でも、そんなことはどうでもいい。結果を見よう。結局のところ、より多くの女性が取締役に就任できたではないか。当初は「いいことなのか、よくないことなのか、よく分からない」と言われた。しかし、結局のところ、女性が増えた。これはいいことだ。良い結果なのだ。

 現在、組織や取締役会に本格的な多様性を実現するためには、できることは何でもしなければならない段階にある。そして、株主の圧力が必要であれば、それはそれでよい。圧力はいずれどこからかかかってくるものなのだ。

 変化のためには、どうしても何か強制する力が必要ということだろうか。日本は常に外圧によって変化してきた歴史がある。

パント氏 必要ならば圧力をかけることもやむを得ない。とても長い間成功してきた場合、これまでやってきたことを変えようとすると、激しい抵抗に遭うことがある。長い間うまくいってきたことを変えるのは、容易ではない。

 私はよく、何でも自分でやってしまうマネジャーと対話する。彼らは、すべての決断を1人で下す人々だ。

「これ以上1人では無理だ」

 だがある一定の水準に達したと思われるとき、私は彼らに「もうこれ以上は(1人では)無理だ」と諭すことにしている。仕事はとても複雑で、他人を信頼しなければ成り立たない。しかし、長い間1人で成功してきた当人たちにとっては、他人を信頼することがとても難しい。これは企業でも同じことだ。変わることがとても難しい。

 ただし圧力は必要だが、規制はちょっと危険だ。なぜなら、規制はたいてい政治主導だからだ。規制は政治に由来する。そして政治は、収益性や組織の成功などとは異なる狙いがある。一方で、企業がESGを推進するのは株主の目があるからだ。株主は結果を見たい。だからその目が、組織における変化の原動力になる。

知の巨人たちは語る。日本企業がめざすべきものとは? 経営学の最前線を世界トップクラスの研究者が解説した『世界最高峰の経営教室』を文庫化。『世界最高峰の経営学教室 <1 理論編>』の続編。

広野彩子編著/日本経済新聞出版/1100円(税込み)