2024年秋、世代論をつづった2冊の本が刊行された。1冊は、コラムニストの石原壮一郎さんの『 昭和人間のトリセツ 』。もう1冊は千葉商科大学准教授で働き方評論家の常見陽平さんがつづった『 50代上等! 』。昭和生まれのお二人に、「昭和人間」の中にある世代意識の違いや、歳を重ねることの楽しさなどを話していただいた。1回目はアラフィフとアラカンの深い溝について。
「前期昭和人間」と「後期昭和人間」の深い溝
『 昭和人間のトリセツ 』の中に《昭和45年を境にして、それ以前に生まれた人を「前期昭和人間」、昭和46年以降に生まれた人を「後期昭和人間」に分類することにします》という一節がありますが、この設定はどのように考えられたのでしょうか。
石原 昭和45年に万国博覧会があって、それ以前に生まれた人たちが物心つき始める頃にオイルショックがあって、高度経済成長が終わっていくんですよね。それがひとつの象徴かなと思い、その上で前期と後期の長さのバランスを考えると、そのあたりが境になるのかなと。
常見 この「前期昭和人間」と「後期昭和人間」という補助線の引き方は見事ですよね。本の内容もたいへん面白く『昭和人間のトリセツ』と言いつつ、昭和のよかったところを伝える本なんだなと感じました。「自分にご褒美」とかいろんなフレーズが載っていますが、「昭和はこんなに楽しかったぞ、令和は小さくなってるんじゃないよ」といったエールが聞こえるような本でもありますよね。
石原 ありがとうございます。「昭和人間」というレッテルを貼って悪口を言いたいんじゃないかと誤解されがちなんですけど、自分たちの持ち味を生かすことを考えましょうという意図なんです。
では、まずこの本で提示されている「昭和前期人間」と「昭和後期人間」には、どんな違いがあるのかを最初のテーマにしてみたいと思います。石原さんは、1963年生まれ「前期昭和人間」、常見さんは1974年生まれ「後期昭和人間」ということで、まさに「前期」と「後期」の当事者ですが、お互いどのような違いがあると思いますか。
石原 分かりやすい事例でいえば、白黒テレビの体験があるかとか、就職氷河期だったかとかですよね。この境界が今の53歳くらいにあります。
『 昭和人間のトリセツ 』には、前期と後期の代表的な以下の7つの違いが紹介されていますね。
- 白黒テレビ体験の有無
- 漫画やアニメに対する考え方(後期は大人になってもアニメ好きを公言できる)
- バブル経済の記憶の有無
- 経済のイメージが《右肩上がり(前期)》か《横ばい(後期)》か
- 男女平等に対する意識の差。前期は男尊女卑、後期は男女平等
- 女性の社会進出に対する意識の差。前期では、女性は家庭に入るのが幸せという意識が強かった
- 女性の《性》の意識の差。前期では「婚前交渉」などの言葉に重みがあった
石原 こういった違いの積み重ねや時代の変化もあり、前期である今のアラカン世代と、後期である今のアラフィフ世代の間には深くて暗い河があるんですよ。
常見 同意です。僕が社会人になったとき、10歳年上の人との断絶というのは感じましたね。
石原 こっちはこっちで30代のときから「最近の若いやつはああだ、こうだ」と言ってたんですよ。
常見 僕たちは先輩のバブル武勇伝みたいな話を聞くわけですよ。10歳年上の人って、マンションを買っていたり、輸入車に乗っていたりしていたんですよね。華やかだなとか元気だなというイメージを抱いていましたね。
石原 ただ僕らはその世代でも、自分がバブルを経験したという記憶はなく、そういう世界があるってことを横目で見ていた感じなんですよ。確かに下の世代から「おまえらはいい思いをしてるんだろう」という目で見られているんだろうという意識はありました。濡れ衣なんですけど。
常見 でも僕らの世代には、はしごを外されたような感覚が残っているんですよ。就職氷河期世代で、就職が厳しかっただけじゃなく、社会人1年目が「拓銀、山一」(1997年に北海道拓殖銀行、山一證券が相次いで経営破綻した。当時、銀行や証券会社といった手堅いと思われていた会社が破綻したことは世を大きく驚かせた)なんですよ。
「大学に入れば人生は約束されたようなものだ」という話をぎりぎり聞いた世代ですが、それがどんどん崩れていくのを見た。ただ、うまく立ち回る人もいるものだから、そこで身についていくのが、「自己責任癖」なんです。
「自己責任癖」が50代の不幸の源?
常見さんは『 50代上等! 』の中で《この「自己責任」に染まりきっていることこそ、アラフィフの不幸の源でもあります》と書かれていますね。
常見 今回の本『 50代上等! 』のテーマのひとつが「就職氷河期をリセットしよう」ということなんです。「かわいそう」というレッテルを剥がそうと。
石原 ぎりぎりバブルの雰囲気を味わってきた我々としては、決められたレールに乗らなくてもなんとかなると思ってきた。どんどん景気がよくなり、世の中が発展するという前提で生きてきたわけですけど、全然そんなことはなくて。常見さんたちは最初に山一や拓銀の破綻があって、このまま世の中は発展しないことを身をもって知らされたわけですよね。
常見 そうです。そうです。それで、そのときに自分たちでいろんなものを背負い過ぎちゃったのが問題で。「社会をよくするのは政治家の仕事」とか、まっとうなことを言っちゃいけない雰囲気があったのはよくなかったなと。
石原 ただ60代から見た50代は、不幸自慢をし合っているようにも見えます。
常見 ケータイ小説の編集部に届くファンレターのように。
石原 私のほうがかわいそうという(笑)。自分をかわいそうなところに置いておくことで安心する心理が、今の50代にはあるんじゃないですかね。
常見 分かる!「かわいそうな俺や私でいたい」っていうのはあるかもしれない。
60代は黙っていても給料が上がった
ちなみに石原さんは、今のアラフィフ世代が好きじゃないんですか?
石原 そうですね。10歳下の世代が、日本をうっとうしくしたと思っています。
常見 だはは。痛いなぁ。
石原 大きな意味をもっているフリをして、自分だけ手堅いコースをうまいこと行こうとしている人が多い。
常見 噛みつきたいけれど…、いちいちそうだと思う。真面目過ぎて面白くないなっていう感じに見えるということですよね。
石原 でもね、我々の年代が好き勝手やり過ぎて、迷惑をかけているという自覚はあるんですよ。会社の制度なんかも、好き勝手にこうしたらいいんじゃないかといろいろやって、その尻拭いは50代がしている。
常見 確かに、男女平等の実現に動いたり、働きやすくなったりしていると思うんだけど、とばっちりをくらった気はしますね。給料も、黙っていても上がるはずでしたよね、とか。
石原 60代は、黙っていても給料が上がる最後の世代だと思うんですよ。そうやって、おいしいところだけいただきながら、「50代は頑張りが足りないんだ」と言ったりしてね。
(第2回 「常見陽平×石原壮一郎 世の中を信じられない50代、信じられる60代」 につづく)
第2回 常見陽平×石原壮一郎 世の中を信じられない50代、信じられる60代
第3回 常見陽平×石原壮一郎 歳をとっても「嫌なこと」ってあんまりない
第4回 常見陽平×石原壮一郎 「昭和はよかった」は果たして本当なのか?
文/岡部敬史 写真/鈴木愛子
なぜ10年前の出来事を最近のことのように語ってしまうのか? LINEが無意味に長文になる理由は? ――仕事観やジェンダー観など多様な切り口から「昭和生まれの人間」の不可解な生態に肉薄し、その恥部をも詳らかにする日本初の書籍。「【注】知っておかなくても構わない昭和・平成用語集」も収録。
石原壮一郎著/日本経済新聞出版/990円(税込み)




