『昭和人間のトリセツ』著者の石原壮一郎さんと、『日経マネーと正直FPが教える 一生迷わないお金の選択』著者の大口克人日経マネー編集委員。「前期昭和世代」の2人が対談。拡大再生産されがちなバブル時代の伝説や、昭和世代と令和の若者世代のお金や消費についての意識、年金制度の今後などについて話が弾みました。

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拡大再生産されがちなバブルの伝説

日経マネー編集委員・大口克人(以下、大口) 日本は貧しい国になったといわれますが、実はそんなことはないというのが私の持論です。新生活が始まる今のシーズンだと、YouTubeの広告などを見ていても、豪華なマンションの宣伝とか、卒業旅行に海外に行こうみたいなことを山ほどやっていますよね。先日、プライベートバンカーの人に面白い話を聞きまして。

コラムニスト・石原壮一郎(以下、石原) プライベートバンカーとは、どんな職業なんですか?

大口 超富裕層だけを相手にする銀行や証券会社の社員ですが、そのプライベートバンカーが、お客さんを欧州旅行にお連れしてアテンドしたそうです。そもそも、銀行員が私的な旅行のアテンドをするというのがすごいんですが、超富裕層が旅行先で何をしているかというと、ハイブランドの店に行って、スカーフをひと棚分買うのだそうです。

石原 「ここからここまで全部ください」というヤツですね。

大口 おっしゃる通りです。そういう話を聞いていると、お金はあるところにはあるんだなと。

石原 確かに。その人たちはひと棚分もスカーフを買って、どうするんですか?

大口 さあ。我々が昔、引っ越しの手拭いを配ったような感覚で、知り合いに配るんじゃないですか(笑)。何万円も、何十万円もするスカーフをですね。

石原 何十人も愛人がいるわけじゃないですよね?

大口 じゃないと思います。それこそ、昭和の金持ちおじさんのイメージじゃないですか。でも、実際にそんな人は少なかったですよね。いくら昭和でも。

石原 めったにいないから、映画になったり伝説になったりしたんだと思います。富裕層への一種の憧れでしょうか。でも、昭和の場合、その憧れの形も毎日ステーキを食べてとか、今考えると大したことではなかったですよね。

大口 ステーキだったらまだしも、ビフテキとか言っていましたからね。

石原 牛肉を食べること自体がぜいたくでした。

大口 それで思い出したのが、ある会社の噂話です。バブルの頃、業績絶好調のその会社は、社員のボーナスの札束が縦に立ったという噂が飛び交ったんです。後日、その会社の人に「立つボーナス」について聞くと、「単なる噂ですよ。既に銀行振り込みになっていましたから」と一蹴されました。これはほんの一例ですが、バブル時代の話って、拡大再生産されているケースが多い気がしますよね。

石原 東北地方や全国各地に伝わる昔話っぽいところがありますね。『遠野物語』などにも出てきそうな。

大口 1万円札を振ってタクシーをとめたとかね。

石原 タクシーは確かにつかまりにくかったですが、そんなことをしている人は見たことがない。

大口 私も同じです。テレビ局の人に聞いたら「当時の資料映像にはあった」と言っていましたが、ごく一部の人じゃないですかね。バブル時代には、その手の誇張された噂話みたいなものが付きまとっているように思います。

石原 私はバブル時代に社会人になったんですが、地味な出版社にいたので、全く恩恵は受けなかったですね。唯一ちょっとバブルを感じたのが、周りにいっぱいいた“インチキおじさん”です。「今度事業をやるから、石原君も一枚かまないか?」と誘ってくるわけです。その気はないので「そうですね」と言ってやり過ごそうとしたら、新宿のキャバクラに連れていかれました。さんざん飲まされて、さすがに飲み代は払ってくれましたけれど、帰りは「自分でタクシーで帰れ」って言われて閉口しました。当時は埼玉に住んでいたので。

大口 出資はしなかったんですよね?

石原 しませんでした。しなくて良かったです。そもそも出資するようなお金はなかったですけど。あの人たち、今どうしているのかな。

大口 私も大したバブルの思い出はないんですが、仕事中に金の先物業者から電話がかかってきたことがありました。受話器を取ったらいきなり「今、金価格が大変なことになってます」とまくしたてられて。仕事中の人間に何を言ってるんだという感じですよね。

石原 でもそれ、100人に1人くらいは引っかかったんでしょうね。詐欺に関しては今のほうが当時の何十倍何百倍も巧妙で、内容も幅広いような気がします。今、家の固定電話にかかってくるのは詐欺案件や営業電話ばかりですね。

大口 そうですね。警察も詐欺対策で、一日中留守番電話にしておくように指導しているようですね。専門家の立場から言いたいのは、向こうから言ってくる話にはろくなものがないということです。

石原 投資にせよ、リフォームにせよ、ですね。

大口 不思議なのは、今のような話はテレビをつければニュースで毎日のように報じられていて、被害もかなりの額に上っているのに、なぜ詐欺被害が減らないのかということです。

石原 手口が巧妙化していますからね。先日知人がSNSに書いていたのですが、「警察ですが、あなたの会社の資産が凍結されて口座が使えなくなるので、これから言う口座に全部お金を移してください」という連絡があったというんです。「会社の口座が凍結されたら給料は払えないし、倒産しちゃう」と怖くなって言われる通りにしちゃう人がいるそうです。

大口 人の嫌がること、怖がることをよく知っていますよね。

石原 そうですね。最初は「母さん、オレオレ」で引っかかったけれど、その程度では今は高齢者も引っかからない。

大口 そこで最近は劇場型で登場人物がとっかえひっかえ出てくる大掛かりなものになっている。警察官のふりをするとか、いろいろやっていますよね。

石原 昔から言われていますが、そんなことに知恵を使うのなら仕事をしたほうがもうかるんじゃないかと思いますね。捕まったら一生を棒に振るわけですし。

大口 詐欺でもうけたお金でステーキを食べてうれしいのかと思いますが、まぁ、うれしいんでしょうね。

石原 そうなると、お金というものが全ての基準というか、自分を支える基盤になってしまっている。

何に投資してもダメだった「投資のトラウマ世代」

「昭和世代は投資がうまくいかないことがあることも知っている。むしろ心配なのはコロナ後に投資を始めた若い世代です」(大口)
「昭和世代は投資がうまくいかないことがあることも知っている。むしろ心配なのはコロナ後に投資を始めた若い世代です」(大口)
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大口 「幸せとは何か」みたいな話を突き詰めていくと、最終的には「お金じゃないよね」というところに行き着くと思うんですけどね。

石原 お金を求めている限り、本当の幸せがつかめるとは我々バブル世代の多くは思わないでしょう。

大口 バブル世代だからこそ思わないのかもしれません。バブル世代とほぼ同じ年代の括りで投資のトラウマ世代というのがあります。日経平均株価は2024年に34年ぶりに高値を更新しましたが、それまで何に投資してもダメだった時期がありました。そういう悲惨な時代を経験し、必要以上に投資を警戒しているからトラウマ世代と呼ばれるんですが。

石原 リーマンショックもありましたしね。

大口 小さなものも含めると、金融危機はだいたい10年に1度くらいのペースで起こっているんですよ。近年はその間隔が短くなってきています。例えば、2024年の8月5日には1日で株価が4451円下がって、翌日3217円上がっています(いずれも終値)。そうしたジェットコースター相場がこれから頻繁に起きるかもしれません。事実、足元でもトランプ・ショックで日経平均株価が史上3番目の下げ幅で急落したりしています。

 ただ、それなら一時的に下がってもしばらく待っていればまた上がってくることが分かりますが、全体相場が下がり続けた34年間は本当に何を買ってもうまくいかなかったんです。我々の世代にはバブル時代に証券口座を作って持っている人が結構いるんですが、意外に失敗も多く経験している。言い方を変えれば、投資で失敗することがあることをよく分かっている。むしろ心配なのは、コロナ禍後に相場に入ってきた若い世代ですね。

石原 最近投資を始めた若い人たちは、相場は上がるものと思っていますからね。

大口 大きなショックは先ほどの8月5日くらいしかありませんから、そこを乗り越えたらあとは上がる一方なんですよ。となると、どこで売ったらいいのか分からないという悩みをよく聞きます。

石原 このまま持っていれば、もっと上がるんじゃないかと思うわけですね。持ち株が値上がりしてもうかって、それで海外旅行しようとか、何かを買おうという気にはならないんですか?

大口 そこが不思議なんですが、ならないらしいんですよ。もうかったら老後の支えにすると。

石原 20代や30代の人がそう言っているんですか?

大口 そこが我々からすると信じられない。例えば、講演会に行くとよく質問されるのが「年金って破綻しますよね?」ということです。日本の公的年金は世界最大の年金基金であるGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)が258兆円もの資金の管理・運用を行っているわけで、それを使い尽くさない限りはなくなりませんし、毎月保険料も徴収されています。商売でいうところの日銭が入り、給付される年金の7割はそれで回っているのですから、今日明日破綻するような状態ではないんです。なのに、「やがて破綻する」という言説にあおられて不安を募らせているんですね。

石原 ネット上で耳目を集めたい人が、不安をあおっている構図ですね。

大口 そういうことです。私は3系統のタイプがあると思っています。1つは、自分に取材が来るようにしたいのか、極端なことを言う専門家。為替の世界でもドル円レートが50円になるとか、500円になるという人がいますね。実態はその中間、140円から160円ぐらいで推移しているわけですが。2つ目が、よく分かっていないのにSNSなどで強硬に自説を主張する人。やたらと声は大きいのですが、我々専門家から見ればよく調べていないのが明白です。そして3つ目が、いわゆる「日本下げ」。「日本は悪い国だ。もうダメだ」などと言って日本人を何かに誘導しようとしています。

「お金を求めている限り、本当の幸せがつかめるとは思えません」(石原さん)
「お金を求めている限り、本当の幸せがつかめるとは思えません」(石原さん)
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「コスパ」「タイパ」に感じるモヤモヤ

石原 単に再生数稼ぎだったら、まだ分かりやすいですけどね。昨今は「オールドメディアはダメだ」という主張がSNSで声高に叫ばれています。大口さんは、オールドメディアの人だから信じられないと言われることもあるんじゃないですか?

大口 おっしゃる通りです。都内の大学で講演を行った時、「キャップジェミニという欧州最大級のコンサルティング会社が行っている世界の富裕層調査の結果を見ると、富裕層の数で日本は常に2位か3位に入っている。国自体も33年連続で世界最大の純債権国。日本は決して貧しい国ではないので、明るい未来を信じて頑張ろう」という話をしたんですね。終わったあとに1人の学生から、「私が知る限り、大手メディアの人間で今みたいな楽観的なことを言っているのは大口さんだけです」と言われました。

石原 悲観的になるほうがちゃんと考えている気がするというのはありますね。なんとかなるという楽観的な発言をしていると、何も考えていないように見えるんでしょうか。

大口 特にメディアはそうかもしれないですね。

石原 もっともらしく、こういうところが危ないと言いたがる。

大口 そう思います。メディアの人間が「日本はお金がいっぱいあって、いい国だ」と言うのは、すごく勇気がいることなんです。確かに生活が苦しい人がいるのも事実ですから、「貧しい人の存在を無視するのか」とか「お前なんかに貧困の実態は分からない」といった抗議が来るのは目に見えています。だからと言って誰もいわないと、国民の心がどんどんシュリンク(縮小)してしまいます。

石原 確かにそうですね。

大口 その結果が、先ほどお話ししたように投資でお金を稼いでも消費せずに老後のために取っておく若者たちです。車も欲しくないし、マイホームも買えると思っていない。人によっては、お金がないから結婚もできないと思い込んでいる。少子化が進むわけですよね。

石原 「子どもを育てるのはコスパが悪い」と言うんですよね。

大口 石原さんの本に書いてありましたけれど、我々の世代はコスパという言葉にカチンとくるんですよ。

石原 いわんやタイパをや、ですね。

大口 世の中、コスパ、タイパじゃないだろうと。

(2回目へ続く)

取材・文/森田聡子 構成/市川史樹(日経BOOKプラス編集) 写真/吉澤咲子