「寿退社」に「家事手伝い」……いまや耳にしなくなったそんな言葉も前期昭和人間にとっては身近な存在でした。ジェンダー観や結婚観は同じ昭和生まれでも世代によって大きく異なる部分でもあります。ややこしくもデリケートな昭和人間の生態を描いた新刊 『昭和人間のトリセツ』 著者の石原壮一郎さんに伺いました。

前期と後期で大きく異なるジェンダー観

 「仕事観」に関しては、比較的共通した価値観を持っている前期昭和人間と後期昭和人間。一方で、「ジェンダー観」や「夫婦観」に関しては、前期と後期では、価値観がずいぶん異なるようです。

 先日40代半ばの後期昭和人間の女性が、「新人の頃、40代の先輩から『結婚しても仕事を続けたい?』と聞かれてビックリした」と話していました。当時の40代といえば、ちょうど男女雇用機会均等法が施行された頃に社会に出た前期昭和人間です(参考: 『あなたの「昭和人間」度を診断 前期と後期でトリセツに違い』 )。それまで女性が働くのは「腰掛け」と呼ばれ、結婚したら「寿退社」で家庭に入る人が大半でした。産休や育休を取得できたのも一部の公務員くらい。社会の仕組みとして、女性が組織の中で長く働き続けるような前提になっていなかったという背景があります。

 対して、後期昭和人間の女性たちは、子どもの頃から男女平等という概念が広がり始め、女性の社会進出とともに、キャリアを積んできた世代。両者の価値観に隔たりがあるのも無理はありません。

「家事手伝い」という謎の肩書

 前期昭和人間の働く女性たちはとくに、パワフルで自信に満ち溢れたイメージで語られがちです。それは彼女たちを取り巻く環境が影響しているのだと思います。女性が働き続けることが難しい時代に組織で生き抜いていくには、肩肘を張って気丈に振る舞うことが求められた。それがその時代に合った頑張り方だったのでしょう。ある意味、男性と同化するしかなかったわけで、気の毒だったと思います。「男社会が悪い」と言われたら、そこはもう「すみません」と謝るしかありません。

 ちなみに、昭和末期までは、「家事手伝い」という謎の肩書を名乗る女性がたくさんいました。実際に家事を手伝っているかどうかは分かりませんが、女性は結婚したら家庭に入って家族を支えるのがお決まりのコースで、女性たち自身もそうしなくてはいけないという刷り込みがありました。今では、「家事手伝い」を名乗る女性は、すっかりいなくなりましたね。

 最近では、男性の育休取得率も上がってきましたが、昭和の時代は、男性が育児のために仕事を休みたいなどとは、とても口に出せない雰囲気がありました。専業主婦の妻を持つ男性が大半だったため、「家のことは奥さんに任せておけばいい」というのが暗黙の了解。おそらく今でも、心の中では「男が育児のために休むなんて情けない」と思っている昭和人間の上司もいるのではないでしょうか。先日、「育休を取得したものの、上司とギクシャクして転職や退職を考えた人が4割くらいいる」という新聞記事も見ました。ただ、あっという間に「育休も取らない男は駄目だ」という風潮に変わっていくことは間違いありません。

「女はクリスマスケーキ、男は年越しそば」

 「結婚適齢期」に対する考え方も、時代とともに変わってきました。80年代くらいまでは、「女はクリスマスケーキ、男は年越しそば」という言葉がありました。クリスマスを過ぎると投げ売りされる「クリスマスケーキ」に例えて、女性は25歳を過ぎたら価値が落ちてしまうといわれた時代。今思えば、随分失礼な話です。その後、94年に大ヒットしたドラマ「29歳のクリスマス」の影響で、女性たちの意識は「30歳までに結婚」に変わっていきました。昨今では、結婚適齢期という概念もなくなりつつあります。

「『女はクリスマスケーキ、男は年越しそば』なんて今考えると随分失礼な話ですね」
「『女はクリスマスケーキ、男は年越しそば』なんて今考えると随分失礼な話ですね」
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 昔は、職場や近所に「お見合いおばさん」と呼ばれる世話好きな人がいて、独身同士の縁を取り持ってくれたものでした。その後、出会いの場は合コンなどに引き継がれ、令和の今はマッチングアプリで知り合うケースも増えています。ただ、50代以降の昭和人間は、「マッチングアプリ」に対する誤ったイメージを持っている人も少なくありません。

 1980年代の後半、私が20代だった頃、テレホンクラブ、通称「テレクラ」という出会い系のお店が流行しました。男性が利用料を払って個室で女性からの電話を仲介してもらうというシステムで繁華街には多くのテレクラが存在。その後は伝言ダイヤルやダイヤルQ2が人気を集め、やがてインターネットが普及して出会い系サイトが登場しました。昭和人間にとって、「マッチングアプリ」もそうした怪しい類いのもので、「なんだかいかがわしい」というイメージを抱いている人もまだまだいると思います。

 同様に、「アプリ婚」に対しても、ネガティブに捉えがちです。「そんなところでしか出会えないなんて、自分で相手も見つけられないのか」などと考え、身近なところで恋人をつくるほうが偉いと思っている。ですが、若者には若者なりの事情があることも知っておかなくてはいけません。職場で下手に好意を示してもセクハラを疑われる可能性がありますし、うまくいかなかったときには居場所をなくしてしまう。ハラスメントに厳しい今は、相手との距離を縮めるコミュニケーションが昔よりもやりづらくなっています。無駄な探り合いで時間を浪費するよりも、タイパを重視する若者世代にとってマッチングアプリは効率のいい出会い方だといえるのでしょう。

「男(女)って‥」前期昭和人間のキラーワード

 効率重視の傾向は、消費のスタイルにも表れています。フリマアプリなど、不用品をお金に換える方法がたくさんあるため、「のちのち高く売れそうな色やタイプ」を判断基準にしてモノを買う若者が多いのだそうです。昭和人間としては、「そんなことせずに、好きなほうを買えばいいじゃないか」と言いたくなりますが、賃金があまり増えず、先行き不透明な経済状況のなかで育った彼らにとっては賢い消費の仕方なのでしょう。

 バブル期を経験した前期昭和人間は、稼いだお金は貯め込むよりも使うという価値観を持つ人も多く、散財を楽しんできた世代です。また、私より10歳くらい上の世代の女性には、「ブランド品を買う時にバーゲンで買うのは恥。定価で買ってこそ意味がある」という感覚を持つ人もいました。

 昭和世代は、テレビにしても娯楽にしても、選択肢が少なかった。世の中の価値観がマトリックスで分けられる程度しかありませんでしたが、今はサーティワンアイスクリームの種類以上に多い。「人それぞれ」という感覚が根付いている令和と違い、当時は、主語が大きくなりがちな傾向がありました。

 とくに前期昭和人間は、「男(女)っていうのは、こういうもの」とアドバイスをしたがるようです。よくよく聞くと、思い込みや個人的な感情に基づいていて根拠が薄く、なかなかうなずけるケースは少なかったりするのですが…。

 ただ、この「男って…」「女って…」というフレーズを言うと、なんだかものごとを俯瞰して深いことを言っているような気分に浸れます。おそらく昭和世代にとって「いにしえのキラーワード」のようなものなのでしょう。「イマドキの若いもん」もそのひとつです。

 若者にも、同様のキラーワードがあるんじゃないかと思います。例えば、「多様性」や「アップデート」。この言葉を使えば、いかにも正当性があって賢そうに見えるというわけです。

 キラーワードひとつとっても世界観が全く異なる若者と昭和人間ですが、実は昭和人間のほうも、「今どきこんなことを言うのは古いかな」とか「今のご時世ではこれは言わないほうがいいだろうな」という自覚を持っている人が多いと思います。むしろ大半がそうなのではないでしょうか。

 でも、分かった上でどう振る舞えばいいのか、よく分かっていない。目下、試行錯誤している最中なのでしょう。

 そんな昭和人間の「モヤモヤ」に対する答えを見つけていこうというのが、『昭和人間のトリセツ』です。昭和人間である自分自身をどう取り扱うか、そして、周りの昭和人間をどう取り扱うか。ベストな答えはよく分かりませんけれど、自分なりのベターを見つけてもらえればうれしい限りです。

構成/西尾英子 写真/鈴木愛子

日経プレミアシリーズ『 昭和人間のトリセツ
ややこしくもデリケートな「昭和生まれ」の深淵に切り込む本邦初? の書籍

なぜ10年前の出来事を最近のことのように語ってしまうのか? LINEが無意味に長文になる理由は? ――仕事観やジェンダー観など多様な切り口から「昭和生まれの人間」の不可解な生態に肉薄し、その恥部をも詳らかにする日本初の書籍。「【注】知っておかなくても構わない昭和・平成用語集」も収録。

石原壮一郎著/日本経済新聞出版/990円(税込み)