新刊『 妻の実家のとうふ店を400億円企業にした元営業マンの話 』の著者、編集Yこと山中浩之氏が日経ビジネス電子版で始めた連載「数字で縛ればやる気が逃げる」。自著の取材を振り返りながら、あれこれ考えを深めていくコラムを日経BOOKプラスでも転載中です。とても面白い記事なのでぜひ読んでいただきたいのですが、せっかく「本の情報」を発信する当サイトですので、元記事には収録されていないオリジナルコンテンツとして、記事の関連箇所を書籍から抜粋して掲載します。本書の主人公たる相模屋食料の鳥越淳司社長と編集Yのテンポの良いやり取り。そこで明らかになっていく「数字の罠」とその飛び越え方。記事と共に、本の魅力もしっかりお伝えできれば幸いです。第10回は「燃える集団であり続ける」ためのお話を。(日経BOOKプラス編集部)

鳥越淳司・相模屋食料社長(写真=大槻純一)
鳥越淳司・相模屋食料社長(写真=大槻純一)

 群馬県に本社を置く日本最大の豆腐メーカー、相模屋食料(以下、相模屋)が「失われた20年」で年商を20倍に急成長させているのは、「社員を数字で縛らない」から、という実例をご紹介してきた。

 ただしこれは相模屋の社員が「数字で縛らなくても自発的に動く集団」だから、ということと切り離せない。

 相模屋の社長、鳥越淳司氏はこう語る。

 「何もモチベーションを持っていない人相手だったら、今うちがやっている数字で縛らない経営は成り立たないと思います。うちのやり方は『何かを成し遂げたい!』という、強いモチベーションを持つ人が働いていることが前提なんです」

 つまり「数字で縛らなければやる気が出る」ということではない。考えてみれば当たり前で、何もやる気がない人を相手に数字の責任を問わない管理を行えば、「仕事をしなくても給料がもらえる」と誤解され、業績は伸びるどころか急降下だろう。

 何かを成し遂げたいと思う人の「やる気を削ぐような数字の使い方はしない」というのが、鳥越社長の言いたいことなのだ。「まあ、グループのみんなが『燃える集団』になってくれるなら、細かい理屈や能書きはどうでもいいんです(笑)」(鳥越社長)

 会社を「自分の意志で思い切り働きたい」人たちの集まり=「燃える集団」にする。そのために、数字を個人や部署の評価に使わないのだ。

 さて「燃える集団」という、昭和チックな言葉から、社員に対する「やりがい搾取」の匂いを感じる方もいるかもしれない。実際、人のやる気をかき立てる以上、そういう面がまったくゼロではないだろう。

 だが一方で、「自分の能力を生かして、思い切り活躍したい」と考えている社員は、実は決して少なくないのではなかろうか。日々の仕事への会社の評価や対応にモヤモヤが溜まって力を出し切れずにいるけれど「ちょっと扱い方を変えてくれれば、喜んでアクセルを床まで踏み込むのに」と感じている。そんな人に、「強いモチベーション」をもたらすことは、経営にとっても社員にとってもメリットが大きいはずだ。

 「自分をもっとうまく使ってくれ」と、あなたも考えたことはあるのではないか。

 相模屋の経営のコアは、活躍の場所を求めている人の心に「ほら、ここで思いっきり暴れてみてよ」と訴えかけて、その気にさせるところにありそうだ。

 単行本『妻の実家のとうふ店を400億円企業にした元営業マンの話』では、鳥越社長との対話形式で、相模屋の成長のエピソードを紹介してきた。連載では相模屋の数字の使い方を切り口にしてきたが、さらに一歩進めて、「燃える集団」=強いモチベーションを持つ人たちの組織を、相模屋がどうやってつくってきたのか、そのときに数字はどう使われたのか、使われなかったのか、をテーマにしたい。サブカルっぽい話が多い自分だが、今回はビジネスパーソン、特にマネジメント層の方に読んでいただきたいと考えている。

火力を維持し続けるには?

 考えてみれば、これまでご紹介してきた相模屋の救済M&Aによる企業再建も、「やる気を削ぐ」数字の使い方を改め、社内のメンタルを「燃える集団」に変えることを最優先にしていた。それが結果として業績の急速な改善、早期の黒字化につながっている。

 問題は、そのメンタルの火力を再建後も維持し続けることだろう。

 企業が成長を続けて、規模が大きくなっていくと起きるのは、社内の「サイロ化」だ。顧客のための全体最適よりも、部署ごとの売上高や利益などの数字を守ることが重視されるようになる。こうなると、「燃える集団」は部署ごとのセクトに変質してしまう。

(※前々回「イーロン・マスクも悩む『サイロ化』とおとうふ屋からの回答」参照)

 相模屋が「工場も営業も、数値目標を置かない」のは、社員が全体にとってよいことを抵抗なく(ゼロにはならないにしても、せめて少なく)行う際に、数字が邪魔になる可能性が高いから。例えば工場ならば、個別の工場にとって最適なことと、相模屋全体にとっての最適が食い違うことが多々ある。

 相模屋の生産体制の強みは、需要の変動に応じて柔軟に生産する量、場所を変えられること。全国のグループ会社を含めた全23カ所の工場で繁閑を調整するので効率がよく、商圏に近い場所で生産することで物流費も下げられる。鳥越社長言うところの「陣形転換」だ。

 生産品目の変更・調整を行うと、個別の工場にとっての損益にはマイナスになることがある。そこで、数値責任を持たせないことで全体での利益を優先することへの抵抗感を減らすわけだ。

手を挙げる人を「かっこいい」と評価する

 だが、数値上の責任がなければ気楽に「いいですよ」とやれるかといえば、そうではない。

 工場で生産ラインを切り替えるのは現場にとっては大ごとだ。商品によっては生産に慣れていないものもあり、手間がかかる。通常よりも不良品がないように神経を尖らせねばならない。同じものを淡々とつくり続けるのが一番楽だし、トラブルも出にくい。

 それでも各工場が対応するところにこそ、相模屋の凄みがある。なぜ面倒な転換をやるのか。「(全体最適という)しんどいことに挑むと、ちゃんと評価される」という雰囲気があるからだ。

 「だいたいの場合、会社の会議で人の発言に『いやいや、そうは言うけれど、こういう点にも注意が必要じゃないか』とか、したり顔でツッコミを入れる人が、なんとなく『よく考えている、頭のいい人』みたいに見えるじゃないですか。うちの場合は、『あ、自分それやりますよ』とぱっと言うヤツがかっこいい、という雰囲気なんです(笑)」

 「やってみます、大丈夫です」と言うヤツのほうが、リスクを回避する人よりもかっこよく見える。当たり前のことだが、ではなぜリスク回避が選ばれがちかと言えば、不確定要素が高いことに挑む姿勢よりも、結果の数字で判断される、という意識が強いからだ。

 「もちろん、楽なことよりしんどいことのほうが多いので、手を挙げる人も『いやあ、大変そうだなあ』と半笑いだったりするんですよ。条件反射で『やります』と言うわけじゃないです。でも、手を挙げた人は、結果はどうあれ『いいね!』と受けとめるのがうちのカルチャーなので、うひゃー、でもどうせやるなら早いほうがいいか、とかぼやきながら実行するわけです」

 「燃える集団」を燃やし続けるには、手を挙げる人はリスペクトされる、というモチベーション、後ろから数字で斬られることはない、という信頼感、さらには、「人から頼られるのがうれしい、仲間を助ける自分はいいヤツ」という、組織の一体感をより高めるエネルギーが必要だ。そのエネルギーの高さが、例えば面倒な生産ラインの切り替えを前向きにやる背景になっている。

 「お前、すごいね」「こんなことやっちゃったの」と評価され、他人を助ける「いいヤツ」でいられるならば、それはアクセルを踏み込みたくなるだろう。「そのためには、『やります、と言う人が社内で評価される』という共通認識が重要で、そこを自分も強く意識しています」(鳥越社長)

※逆に徹底的に「数字」を使って全体最適を狙うのが、半導体製造装置メーカー、ディスコの社内通貨「ウイル」かもしれない(日経ビジネス電子版「社員の意識と行動を変える ディスコのウィル経営とウェルビーイング」)。よくもまあ、と思うくらい合理的な仕組みに見えるが、実は定着までに長い時間がかかったと聞く。同社の新卒・キャリア採用サイトには、この仕組みが動くための土壌形成の難しさが率直に語られている。→https://www.disco.co.jp/recruit/people/interview/20022.html

 「『かっこいい人』『いいヤツ』でいたいと思う気持ちを、妨げるべきじゃない」(鳥越社長)という意識が、数字で責任を求めない経営につながっていった、ということのように思う。

 そして、自分が社内の事情よりも、顧客を、社会を向いた仕事に誠実に取り組んでいることが褒められ、さらには同僚の、組織の、会社の、さらには社会の役に立っている、と実感できたら、それはもう、毎日にハリが生まれ、生き生きと前向きに働くようになるだろう。「強いモチベーション」を持つ人の誕生だ。

 自社の社員が「強いモチベーション」を持って働く人に、どうすればなってくれるのか。自分は経営者の経験はないが、おそらく「理を説き言葉を尽くしても思うように動いてくれない社員」に悩んでいる経営者の方はたくさんいらっしゃるだろう。

 鳥越社長の話からとりあえずの答えを乱暴に言うと、まず「かっこいい人、いいヤツに、安心してなれる組織」であることが、正しい行動へと自らアクセルを踏み込むための前提条件だ。そのために「全体最適」「数字以外での評価」といった要素が必要になってくる、ということではないか。

「いいヤツ」が損をする風土が不祥事を生む

 近年頻発している企業の不祥事はこの正反対で、「決められた数字を守り、部署を防衛する」ことを優先し、「かっこいい人」「いいヤツ」でいられない風土をつくってしまった結果のように思える。

 「再建企業でよく見るのは、数字の目標が先行すると、社内の活気を生み出すはずの人が、損な役回りを押し付けられていることなんです。それでやる気を失って、じゃあ、会社の評判を落とすことにつながってもいいから、目の前の数値目標を達成しよう、と考え始める」(鳥越社長)。

 総論としてはこんなところだろうか。

 ただし、アクセルを踏んで向かう先、つまりモチベーションの持ち方は人によって様々だ。また「かっこいい」と思われたり、「誰かのためになる」ことに、あまり興味を持てない人もいるだろう。

 さらに言えば、数字に出ない部分をちゃんと評価するのは、企業の規模が大きくなり、人間が増えれば大変な手間がかかるはずだ。

 こうした各論的な問題を、鳥越社長はどう乗り越えて「燃える集団」を燃焼させ続けているのか。それに対する鳥越社長の答えは書籍に書かせていただいたが、この連載でも角度を変えて考えていこうと思う。

【日経BOOKプラス限定公開】
本記事に関連する箇所を書籍『妻の実家のとうふ店を400億円企業にした元営業マンの話』から抜粋してお届けします(252~254ページ)。当該部分は第8章の冒頭「お山の大将たちが支え合う集団こそ強い」というお話を。

「お山の大将」でいい、むしろそれがいい

── 仕事に大事なのは数字、すなわち「客観」……じゃない。それよりも主観、自分自身が満足できるかどうか。なぜならば、とことん考えることや燃え上がる気持ちは、自分がこう思う、という主観が出発点だから。鳥越さんの話を聞いていて、そんなふうに思いました。

鳥越:たとえば、学校で学級委員長になったとか、サッカー部のキャプテンだったとかって、社会的に見ると、まあどうでもいい話ですよね。

── 小さい話だ、と思っちゃいそうです。

鳥越:クラスやチームをまとめていることを誇りにするのは、小さいことかもしれない、子どもっぽいかもしれない。でも、自分自身の誇りにするのは全然いいじゃないですか。そこを低く見積もる必要なんてないんですよ。

── 鳥越さんが言いたいのは、客観的じゃなくて、主観的に、「自分で自分を誇りに思えるようなことをやろうよ」ということになるのかな。

鳥越:そうですね。客観評価は置いておいて、やっているあなたがどう受け止めているかを聞きたい。それで満足できているのか、やりたいところまでやれているのか。やれているなら誇っていいじゃないか。できていないなら、満足できるまで。

── やってみろよ、と。

鳥越:はい。なんていうんでしたっけ。ああ、「お山の大将」。いい意味でのお山の大将に、気持ちとしてなれるかどうかというところですね、大事にしたいのは。

── 「お山」が何なのかは、その人の主観で決めていい。主役じゃなくて「サポート役のお山の大将」でもいいわけですね。みんながガンダムに乗らなくていい(140ページ=第4章「ガンダムに乗らない主人公がいてもいいと思う」)。

鳥越:もちろんです。で、「助かったよ」「いやいや」みたいな関係ができていって、全体で「やったぜ」「やったな」と盛り上がる。そういうのが理想ですね。

── 自分のやりたいことと仕事を絡めて、誇りと自信を持って働くお山の大将たち。みんなそうなれば楽しそうなのに、企業が大きくなるほど、階層構造のピラミッドがどーんとできて、成功と失敗が数字で出されて、つまらなそうに働く人が増えていく、ような気がします。

鳥越:それはある意味、大きな企業は社内に何もかも持っているからですし、「白い塊」をつくっても売り上げが立って利益も出るんですよね。優秀な人材、豊富な資金、あるいは信用、ブランド力、販路。何もかもがあるから、新製品を開発するにしても、「誰にどれをやらせようかな、どこの会社に何の技術を任せるかな」と、選び放題でしょう。売り先も「どこに売らせてあげようかな」。となると、階層構造や数字による客観評価のほうが経営は簡単、というか、効率よくできるでしょう。

 人材も資金もブランドもうらやましいですし、「どれか1つでもうちにあったら」と思いはします。思いはしますが、じゃあ、自分が大企業の経営をやりたいか、と言われたら、それは違うんです。

── だってランバ・ラル隊が大好きですもんね(118ページ=第4章「鳥越社長のヒーロー、ランバ・ラル」)。

「あ、自分それやりますよ」と言うヤツがかっこいい(写真:Prostock-studio/stock.adobe.com)
「あ、自分それやりますよ」と言うヤツがかっこいい(写真:Prostock-studio/stock.adobe.com)

(次回に続く)

日経ビジネス電子版 2024年2月16日付の記事を転載、一部情報を追加]

「前年比」「利益率」などの数値目標がない会社が「失われた20年」で売上高23億円から400億円に急成長している。2012年に「ザクとうふ」で話題を呼んだ相模屋食料だ。率いるのは当時雪印乳業の「営業マン」だった鳥越淳司社長。普通の会社員が会社を燃える集団に変えていった20年間を、本人の言葉で語ります。

山中浩之(著)、日経BP、1870円(税込み)

●本書の内容をさらに詳しく知りたい!という皆さん、日経BOOKプラスにて「はじめに」と「もくじ」も公開しております。