急成長するサービスの多くが備えている機能、それが「ネットワーク・エフェクト」(ネットワーク効果)だ。米シリコンバレーで注目の投資家、アンドリュー・チェン自身が米ウーバー・テクノロジーズで駆使し、投資先スタートアップに教える戦略を解説した 『ネットワーク・エフェクト』 から一部抜粋して解説する。今回は、インスタグラムのヒットの背景を分析する。

 「ツールで誘って、ネットワークで引き留める」はネットワークサービスの立ち上げと拡大の際に使われる定番の戦略である。最初に優れた「ツール」、つまりひとりからでも使える便利な機能を用意する。そこから徐々に「ネットワーク機能」(ユーザー同士のやり取り、シェア、コミュニケーションなどで他のユーザーと交流する機能)を紹介して移行してもらうというものだ。この戦略の説明にぴったりな事例を紹介しよう。

 話はアプリストアの黎明(れいめい)期にまでさかのぼる。

 iPhoneは当初、アプリの数がそう多くなかった。サービス開始から2年以内に公開されたアプリは5万ほど。今の数百万と比べるとはるかに少ない。しかし、その中でも急成長するアプリがあった。写真好きな2人の若い起業家が設計、開発し、2009年9月に公開したアプリだ(どのアプリか想像してほしいのでここでは名前を伏せておく)。

 このアプリは何を成し遂げたのか。今では当たり前のスマホ写真のスタイルを確立した。写真にかっこいいビンテージ風の写真フィルターを適用し、SNS向けに美しく、シェアされやすい加工を施せるようにしたのだ。アプリはすぐに何百万回とダウンロードされ、ニューヨーク・タイムズ紙にも載った。初期ユーザーからの評価も上々だった。ウェブメディア「ポケットリント」はこのアプリの初期のコミュニティマネジャーを務めたマリオ・エストラーダの言葉を紹介している。

 「開始1カ月で人気に火がつき、いくつかの国のアプリランキングでトップ10に入り、加工した写真がフェイスブックに投稿されているのを目にするようになった。このコミュニティを取り込み、ユーザーが写真を投稿できるコンテストを用意すべきだと気づいたんだ。反響は驚くほど大きく、アプリはつくり手以上に大きな存在になっていた」

 新しいプラットフォームの黎明期に登場したキラーアプリ。何百万人ものユーザーを獲得し、競合他社を大きく引き離した。大成功したに決まっている。そう思うだろう。

 このアプリの名は……「ヒプスタマティック」だ。そう、インスタグラムじゃない!

写真フィルターで惹きつけ、ネットワーク機能で急成長

 ヒプスタマティックは米国ウィスコンシン州出身のライアン・ドースホーストと友人のルーカス・ビュイックが開発したカメラアプリである。スマホの写真撮影への世間の関心の高さを証明するアプリだった。アップルは2010年、優秀なアプリを表彰する「アプリオブザイヤー」でフリップボード、プランツバーサスゾンビ、オズモスと並んで、ヒプスタマティックを表彰している。

 ユーザーもヒプスタマティックで加工したレトロ風の写真を気に入っていた。iPhoneで使える最初期のアプリだったこともあり、ダウンロード数が伸びたのだ。しかし、ヒプスタマティックには使いづらい部分があった。仮想のカメラレンズをスワイプで切り替えてフィルターをかけるのだが、複数回タップしないと加工した写真を見られない。ニューヨーク・タイムズ紙はこう書いている。「ヒプスタマティックは写真が切り替わるのに10秒程度待たなければならない。だからその分、結果がよくないと満足できないのだ」。アプリは1.99ドル。加工した写真はスマホにただ保存されるだけで、SNSに投稿するには手間がかかる。こうした問題点は、新たな競合の出現と成長を許すこととなった。

 ヒプスタマティックが大成功を収めた同じ年、インスタグラムを立ち上げたケビン・シストロムとマイク・クリーガーはサンフランシスコのオフィスで「バーバン」というサービスを開発していた。2人が立ち上げたスタートアップは2010年、トップベンチャーキャピタルのアンドリーセン・ホロウィッツをはじめとする複数の投資家からシードラウンドで50万ドルを調達している(私が入社する前の話だ)。

 開発していたのは、特定の場所へチェックインしたり、友人と遊びの計画を立てたり、写真をシェアしたりする機能を備えたブラウザで使うサービスだった。機能は豊富だったが、問題に直面する。バーバンの開発を始めて数カ月がたった頃、サービス内容が複雑で使いづらく、さらに当時急成長していた位置情報共有アプリの「フォースクエア」と真っ向から競合していたのだ。機能を絞り込まなければならない。2人は最も便利な写真機能を残し、それ以外をすべて削(そ)ぎ落とすことに決める。シストロムはこう振り返る。

 「ひとつのことに特化したアプリをつくりたいと思ったんだ。それでカメラアプリを試そうと、1週間かけて写真撮影に特化したプロトタイプを開発した。でも、これは失敗だった。そこでもう一度バーバンに戻り、iPhoneのネイティブアプリにしようとした。アプリは完成したが、あまりに機能が多くてごちゃごちゃしていた。

 ゼロからやり直すのは本当に難しい決断だったけれど、そこは思い切って、バーバンのアプリにあった写真撮影の機能とコメント、「いいね!」以外をすべて削ることにした。そうしてできたのがインスタグラムだ。名前を変えたのは、その方がアプリの機能をよく表していると思ったからだよ。インスタントの電報のような感じがするし、カメラっぽさもある」

 インスタグラムには最初からネットワーク機能があった。ユーザーのプロフィール、フィード、友達リクエスト、招待など今どきのSNSの機能がしっかり備わっていた。さらにフィードで人気コンテンツを閲覧できるようにしたり、投稿できる写真は640x640ピクセルの正方形に限定したりした。フェイスブックへの投稿機能もあったが、すべてインスタグラムのリンクも含まれている。おかげで口コミによる成長が加速した。

 写真フィルターにはヒプスタマティックのような本物のカメラ風のデザインではなく、もっと直感的に使えるものを採用した。フィルターをタップするとすぐに適用される。そして無料で使えたことも大きかった。

 インスタグラムはヒプスタマティックが証明した成功要素にネットワークを加えたことで、すぐに成果を上げた。2010年10月6日、インスタグラムがアプリを公開すると、その週の終わりには10万ダウンロードに到達した。2カ月後には100万ダウンロードを突破し、そこから先も成長する一方だった。今でも急成長を続けている。

インスタグラムはフィルター機能でユーザーを惹きつけ、ネットワーク効果で急増させた(写真:Shutterstock)
インスタグラムはフィルター機能でユーザーを惹きつけ、ネットワーク効果で急増させた(写真:Shutterstock)
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8割超の写真にはフィルターが使われていない

 興味深いことに、インスタグラムの最初の数カ月間、ソーシャル機能は重要ではなかった。開始から6カ月後にアナリティクス企業、RJメトリクスがテッククランチに寄稿した記事によると、インスタグラムユーザーの65%が他のユーザーを誰もフォローしていなかったことが判明したという。ユーザーを惹きつけていたのは主に写真の加工機能であり、「インスタグラムの220万人のユーザーは、1週間に360万枚の写真をアップロードしている(これは1秒間に6枚の写真に相当する)」とのことだった。

 つまりインスタグラムは当初、ヒプスタマティックに代わる使い勝手のよい無料アプリとして広まった。ネットワークの力が効いてきたのはその後だ。インスタグラムは日を追うごとに成長した。ユーザーがますます増え、有名人も使い始めるようになる。

 2011年にはテニスプレーヤーのセリーナ・ウィリアムズや歌手のドレイク、ジャスティン・ビーバー、ブリトニー・スピアーズらがインスタグラムに初めて投稿している。かわいい犬や素敵(すてき)な旅先の写真を投稿するアカウントや、人気モデルのアカウントはやがてこのサービスの性質を決定づける「インフルエンサー」になる。そしてインフルエンサーや有名人、企業、ミームのアカウントを含むあらゆるユーザーがコンテンツを投稿することでますますネットワークの密度とエンゲージメントが高まっていった。フェイスブックが株式/現金と引き換えに10億ドルでインスタグラムの買収を決めたのは、サービス開始からわずか18カ月後のことである。

 写真のフィルター機能はインスタグラムが台頭するきっかけをつくったが、効果は長続きしていない。「#nofilter(フィルターなし)」というタグ付きの投稿が増えたことが表すように、時間の経過とともにフィルター機能の重要性は薄れていったのだ。最近の調査結果によると、写真の大半(82%)にはフィルターが使われていない。開始からから8年以上たった現在、ユーザーはツールではなくネットワークのためにサービスを利用していることがわかる。

 フェイスブックによるインスタグラムの買収はテック業界の優れた買収案件のひとつに数えられる。買収されていなかったらインスタグラムの価値は数十億ドルになっていただろう。今は10億規模のアクティブユーザーを抱え、フェイスブックの傘下ブランドとして200億ドルの売上を上げている。よい投資に違いない。

(写真:Shutterstock)
(写真:Shutterstock)
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(翻訳=大熊希美)

インスタグラム、エアビーアンドビー、ドロップボックス、ウーバーなど、急成長するシリコンバレーのサービスが必ず持っているもの――それが、ネットワーク・エフェクトです。ただし、うまく使いこなせなければ、時にサービスを破滅にも向かわせてしまう危険な戦略でもあります。その全貌をシリコンバレーのトップベンチャーキャピタル、アンドリーセン・ホロウィッツ(a16z)のゼネラルパートナーであるアンドリュー・チェンが解説します。

アンドリュー・チェン(著)/大熊希美(訳)/日経BP/2420円(税込み)