急成長するサービスの多くが備えている機能、それが「ネットワーク・エフェクト」(ネットワーク効果)だ。米シリコンバレーで注目の投資家、アンドリュー・チェン自身がウーバーで駆使し、投資先スタートアップに教えてきた戦略を解説した新刊 『ネットワーク・エフェクト』 から一部抜粋・編集して解説する。今回は、マッチングアプリのティンダーのヒットの背景を分析する。

 世界中の通勤ラッシュのバスや地下鉄、電車の中では、ヘッドフォンをつけた20代の若者たちが皆スマートフォンに夢中だ。彼らの向かいに座っていても、多少離れたところにいても、親指の動かし方で何のアプリを使っているかを推測できる。スワイプ、スワイプ、スワイプ、逆方向にスワイプ。ティンダーだ。目的地に着いて立ち上がるまでに、若い乗客たちは何十人もの恋人候補をスワイプしている。

 この風景を数値化するとものすごいことになる。本書の執筆時点でティンダーのユーザー数は数千万人規模だ。毎日20億回以上のスワイプと、1週間に100万ものマッチングが起きている。これが世界規模に可視化した出会いの総数である。

 マッチングアプリで成功するのは非常に難しい。ティンダーは例外中の例外である。マッチングアプリはネットワークの立ち上げの最難関なのだ。その理由は、サービスが超ローカルだからだ。同じ街に住んでいる人同士でも、同じ地区にいなければ会うまでには至らない。

 マッチングアプリが成功するにはユーザーの密度が重要になる。ひとつの地域でうまくいったとしても、アプリを成長軌道に乗せるには複数の地域で同時にネットワークを成立させなければならない。さらに、「40歳以上のキリスト教徒の独身者」といった特定のユーザー層を取り込めたとしても、別の層を取り込むには再びネットワークを立ち上げる必要がある。加えて、マッチングアプリの離脱率は高い。カップルが成立すると使わなくなってしまうのだ。すなわちマッチングがうまくいけばいくほど、離脱率は高くなるのである。

(写真:Shutterstock)
(写真:Shutterstock)
画像のクリックで拡大表示

スワイプ操作はトランプから生まれた

 私がウーバーにいた頃、ティンダーの共同創業者兼CEOのショーン・ラッドと知り合った。当時のティンダーはすでに米国の都市部で広まっていて、これからどう世界展開していくかを検討していた。

 ラッドとは出会ってすぐに意気投合し、私はティンダーの顧問に就任する。ティンダーの重要な成長期に事業指標の改善やプロダクト戦略、ユーザーグロースの面で手を貸すことになったのだ。私は同社のロサンゼルスオフィスを度々訪れた。社内会議に参加した後、ラッドと近くのホテルのバーで軽く飲みながら事業の舞台裏について話を聞いた。当時、ティンダーのユーザーは数百万人規模になっていたが、チームはたったの80人。ユーザー規模からすると驚くほど少ない。

 このときティンダーでは、いかに主要市場で数百万人規模のユーザーを獲得し、市場全体を掌握するかを検討していた。ティンダーは転換点を超えていたのだ。モバイルファーストで左右にスワイプするだけの簡単な操作とメッセージ機能搭載のアプリは急速に普及していた。やがてティンダーの売上は10億ドルを超え、市場を再定義するサービスになる。

 どのように実現したのだろうか。過去10年で有数の成功を収めたサービスの舞台裏についてラッドと話すうちに、ネットワーク効果の重要な要素が浮かび上がった。

「すべては南カリフォルニア大学のあるパーティから始まった」。ラッドは2012年に立ち上げたティンダーの黎明期についてこう語る。「当時のアプリは非常にシンプルだった。プロフィールがたくさん表示されるだけで、スワイプ機能もなかったよ」

 ユーザー数はごくわずかで、開発も4、5人の寄せ集めのようなチームでやっていた。そしてショーン・ラッド、ジャスティン・マティーン、ジョナサン・バディーンの創業チームが取り組んでいたのは「ティンダー」ではなく、「マッチボックス」という名のアプリだった。ユーザーは「いいね」には緑色のハートのボタンを、「パス」には赤色の「×」ボタンを押す。いずれかのボタンをタップすると次のプロフィールが表示される仕組みだ。左右にスワイプする機能に変更したのは後になってから。それは当時iOSアプリの開発を担当していたバディーンの思いつきで誕生した。スワイプに行き着いた経緯をバディーンはこう話している。

「デスクの上にトランプがあって、コードを書いている最中や休憩中に遊んでいたんだ。ある日、トランプをヒントにした楽しい機能を取り入れようと思いついた。左、右にスワイプするのは気持ちいいだろう。だけど、これがアプリの主要な操作方法になるとは思っていなかったよ」

 このジェスチャー操作を実装すると、すぐに定着した。だが、問題はユーザー獲得が進んでいなかったことだ。ラッドとマティーンは友人全員にメールを送るなどして手を尽くしていた。少しずつユーザーが増え、400人ほどがアプリを試してくれたという。だが、それだけではアプリは部分的にしか機能しなかった。ユーザー数が足りないからだ。アプリの成長はコールドスタート問題に妨げられ、停滞していた。

 そもそもティンダーのようなマッチングアプリの立ち上げは難しい。異なるユーザー層を同時に適切な配分で獲得しなければならないからだ。少なくとも異性愛者向けのマッチングアプリで男女の出会いを提供する場合、適切な男女比率でユーザーのネットワークを拡大する必要がある。女性が多すぎても男性が多すぎてもダメだ。また男女で同じような趣味、年齢、魅力のユーザーを同程度揃えて初めて、どのユーザーにも十分なマッチングを提供できるようになる。さらにマッチングアプリは、通常のバイラル成長が起きるプロダクトではない。認識が変わってきたかもしれないが、多くの人はマッチングアプリを使うのは恥ずかしいと感じている。

 ティンダーにとってこの難問を解決するヒントは南カリフォルニア大学にあった。ここはティンダーを立ち上げる場所としてあらゆる意味で理想的だった。サウスロサンゼルスの中心部に位置し、1.2平方キロメートルの広大な敷地を持つ南カリフォルニア大学には1万9000人以上の学生が在籍している。学生同士は社交クラブ(ソロリティとフラタニティ)などを中心に活発な交流がある。ティンダーは大学というニッチな場所で最初のネットワークを立ち上げ、出会いを求める男女をユーザーとして取り込もうと考えた。

誕生日パーティで大学内に一気に普及させる

 18歳から21歳という同じくらいの年齢層で同じ地域に住み、同じ学校に通い、パーティが好きといった似た趣味を持つ人たちに狙いを定めたのである。ラッドもマティーンも南カリフォルニア大学の卒業生だったが、ラッドの弟が当時この大学に通っていることが鍵になった。ティンダーはある計画を立てた。ラッドの弟と協力してキャンパスで顔の広い人気者の友人の誕生日パーティを開き、そこでアプリを宣伝するというものだ。ティンダーが最高のパーティを用意する。そしてパーティ当日には南カリフォルニア大学の学生たちをバスで会場となる豪華な一軒家へと送迎した。ラッドはこの施策についてこう説明している。

「パーティの参加条件がひとつだけある。ティンダーのアプリをダウンロードすることだ。確認のために入口に係員を置いた。パーティは大成功。重要なのは、パーティに来た人たちが翌日目を覚ますと、スマホに入れた新しいアプリが使えたことだった。アプリにはパーティでは話せなかった気になる人たちが登録していて、その人と話せる2回目のチャンスがあった」

ティンダーは大学生の誕生日パーティを開催して大学内に一気に普及させた(写真:Shutterstock)
ティンダーは大学生の誕生日パーティを開催して大学内に一気に普及させた(写真:Shutterstock)
画像のクリックで拡大表示

 パーティ作戦は大成功だった。1日のダウンロード数が当時の過去最高を記録した。ただし、ここで重要だったのはダウンロード数だけでなく、「500人の適切なユーザー」がダウンロードしたことだったと、ラッドは説明している。南カリフォルニア大学で最も社交的で、交流する人たちが同時にティンダーを利用し、ティンダーは機能し始めたのだ。パーティに参加した学生たちがスワイプしてマッチし、メッセージを交換していく。驚くことにパーティで登録した95%のユーザーが毎日3時間もアプリを使うようになっていた。

 こうしてティンダーの最初の小さなアトミックネットワークが成立する。次のアトミックネットワークを立ち上げるにはどうしたらいいか。そう、またパーティを主催すればいい。成功したら今度は別の大学でパーティを開く。この作戦が成功する度にユーザー獲得は楽になっていった。すぐにティンダーは4000ダウンロードを超え、1カ月後には1万5000ダウンロード、さらに1カ月後には50万ダウンロードを達成する。最初は大学ごとにパーティを開いて広めたが、次第に口コミでもユーザーが増えるようになった。ティンダーは全米の大学の社交クラブを対象としたパーティを短期間のうちに何度も開催することでアプリを一気に広めたのである。

 マティーンは2013年4月に、ティンダーは10大学でサービスを立ち上げたと話している。「トップダウン型のマーケティングは効果的です。まずは社交性のある人たちを獲得し、その人たちから友人に広めてもらいました」

 ティンダーは急速に普及し、2年も経たないうちにアプリストアのSNSアプリランキングでトップ25に入っている。その5年後にはビジネスモデルを確立し、ゲームを除いた分野でネットフリックスやスポティファイを抑え、最も売上を上げるアプリとなった。今では世界中に広がっている。40以上の言語に対応し、ほぼすべての国で展開しているのだ。

(翻訳=大熊希美)

米インスタグラム、米エアビーアンドビー、米ドロップボックス、米ウーバー・テクノロジーズなど、急成長するシリコンバレーのサービスが必ず備えている戦略――それが、ネットワーク・エフェクトです。ただし、うまく使いこなせなければ、時にサービスを破滅にも向かわせてしまう危険な戦略でもあります。その全貌をシリコンバレーのトップベンチャーキャピタル、アンドリーセン・ホロウィッツ(a16z)のゼネラルパートナーであるアンドリュー・チェンが解説します。

アンドリュー・チェン 著/大熊希美 訳/日経BP/定価2420円(税込み)