「顧客ニーズの多様化などに対応するために『単純な組織、小さな本社』が必要」。世界中でベストセラーとなった『 エクセレント・カンパニー 』(トム・ピーターズ、ロバート・ウォータマン著/大前研一訳/英治出版)はこう解説します。コーン・フェリー・ジャパン前会長の高野研一さんが本書を読み解きます。『 ビジネスの名著を読む〔リーダーシップ編〕 』(日本経済新聞出版)から抜粋。
権限を委譲することを重視
『エクセレント・カンパニー』が書かれた1980年代初頭は、大量生産・大量消費型経済が終焉(しゅうえん)を迎えつつあった時代です。その代わりに企業は顧客ニーズの多様化、多品種少量生産への対応を迫られるようになります。この流れに呼応するように、同書は超優良企業が満たすべき8つの基準の1つとして「単純な組織、小さな本社」を挙げます。
なぜ、顧客ニーズの多様化などに対応するために「単純な組織、小さな本社」が必要なのか。その答えは明白です。同書は企業は大きくなるとともにシステムも組織も「複雑さを増す」と指摘します。しかし、現場で働く多数の従業員にとってシステムや組織が複雑になるほど、混乱を生みやすくなり、顧客ニーズの多様化に対応することが難しくなります。
同書のいう小さな本社は、裏返せば「権限を委譲する」ことを重視している証しでもあります。事務部門がいちいち管理しなくても「現場における自主性をなるべく多く与える」からこそ、本社が小さくて済むわけです。ほとんどの超優良企業にこのことがあてはまると著者は説明します。
ただ、当時まだ十分に顕在化していなかった構造的な変化として、現在ではデジタル革命、グローバル化の2つを挙げないわけにはいきません。デジタル革命により、調達、研究開発など、企業活動の様々な面で「時間と場所の制約」がなくなり、基本的に世界中のあらゆる場所からよいモノを手にすることが可能になりました。
現在の超優良企業といえる米アップルや韓国サムスン電子もグローバルに事業を展開していますが、ハードやソフトの自前主義にこだわらず、社外からオープンに導入していることも見逃せません。これは日本企業が弱い点です。いま、『エクセレント・カンパニー』の続編を書くなら「オープン」という基準は不可欠になるだろうと思います。
長く険しいオープンソース企業への道
多くの日本企業はこれまで、ものづくりでは世界のフロントランナーだったとされてきました。そのものづくりの強さの要因には、基幹となる部品やソフトを自前でしっかりつくっているからという自負もあったのではないでしょうか。しかし、いまはハードやソフトを社外からオープンに調達する「オープンソース」を志向する企業が成功するという流れが強まっています。
自前主義にこだわるのではなく、自社が必ずしも得意でないものは、他社から調達する──。そのメリットを示すケースには事欠きません。シャープを買収した台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業は、世界中のメーカーから電子・情報機器の生産を受託しており、米アップルのスマートフォン「iPhone(アイフォーン)」の最大のサプライヤーでもあります。世界の各社が自前主義にこだわらなくなったからこそ、鴻海の躍進があるわけです。
自前主義からオープンソース企業へ──。しかし、実際にそうしたシフトをするのは、実はそう簡単ではありません。1999年に日産自動車と資本提携した仏ルノーから、最高執行責任者(COO、当時)として日産に送り込まれたカルロス・ゴーン氏が実施した改革の1つは、系列部品メーカーとの従来の取引にこだわらずにコストカットに徹した調達体制の構築でした。
いまでこそ、成功要因の1つとして挙げられることがありますが、当時は産業界から批判の声も聞こえました。
しかし、インターネット調達とグローバル化の進展で、オープンでない方法でビジネスを成功させるのはますます困難になっています。身内だけ、グループ企業内だけでビジネスを完結させていたのでは、コストアップを招き、結果的には事業を継続することが難しくなることが多いでしょう。
では、調達はオープンにという「戦略」を立てれば、それでいいかというと、ことはそれほど簡単ではありません。組織風土もオープンに変えていく必要があります。
役員室のドアから提携話まで
その事例として、同書はデルタ航空を取り上げます。ここ50年近くにわたって、大きな嵐が吹き荒れてきた国際航空業界のなかで、2000年代半ばに経営危機に陥ったこともあるものの、米ノースウエスト航空など他社を買収する形で生き残っているデルタ航空の「オープンドア・ポリシー」は徹底しています。
同書は元社長の次のような言葉を紹介します。「本当に大切な問題なら、誰とでも会いましょう──そのための時間はいつでも作ります、というのが私たちの方針なのです。総務とか秘書を通して面会を求める必要はないのです。会長、社長、副社長を問わず、私たちは、会いにくる人々を選別する『中継ぎ人』は誰もつけていません」
いまでは、役員室のドアが閉まったままになっている会社は、むしろ少ないかもしれません。しかし、デルタ航空のように徹底してオープンにしている企業は珍しいのではないでしょうか。
ドアがいつも開いているという単純なオープンドア・ポリシーから、様々な提案、提携にオープンであるという、より本質的なオープンさまでの距離は、実はそれほど近くはありません。というのも、オープンにビジネスをするためには、新規をはじめ、あらゆる取引先と、様々な問題の発生に備えて膨大な契約書を交わすという、一見オープンポリシーとは矛盾するような行為も必須になるからです。
日本では、契約書に違約に対する様々なペナルティーなどを盛り込むことは、相手を信用していないことの表明だと受け取る人がいるかもしれません。実際はその逆です。日本企業は、簡単なアグリーメント(合意)で済むように、すでに取引実績のある相手とビジネスをしたがる傾向がありますが、欧米、特に米国企業は、自らが必要とするものを最も安価に提供してくれる企業であれば、どこの国でも構わないという判断基準があります。
断固としたコミュニケーション能力
米国の消費者もそれと同じで、彼らが設定した品質基準、安全性が担保されるなら、それがどこの国で生産されたかは、二の次、三の次と受け取る人が多いと感じます。グローバル化の根源は、実はここにあります。さらに、米国の貿易赤字の構造的原因もここにありますし、米アップルのようなオープンソース型企業の成功要因も同根だと考えます。
では、日本企業は、アップルのようになるべきなのでしょうか。ここに実は大きな難題があります。問題になるのは、技術力でも資金力でも、販売力でもありません。ひとことでいえば、コミュニケーション能力です。英語の問題ではありません。うまく相手と意思疎通する力でもありません。自ら求めるものを、期日通り、決めた品質とコストで提供させる、明確で断固としたコミュニケーションの力がないと、オープンソース方式の生産はマネージできないのです。
さらにいえば、何が必要なのかを明確に取引先に示し、中間でのコミュニケーションでも、明瞭さ、シンプルさが極めて重要になるのです。「長年の関係で、ウチが求めている品質は分かっているはずだ」といった思い込みは通じませんし、相手を混乱させる要因にもなります。これからさらに進むグローバル化において、コミュニケーションは、ものづくりの「中核」なのだという意識改革が必要になると思います。
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