世界中でベストセラーとなった『 エクセレント・カンパニー 』(トム・ピーターズ、ロバート・ウォータマン著/大前研一訳/英治出版)が示す超優良企業になるための8つの基準の1つは、「顧客に密着する」ことです。コーン・フェリー・ジャパン前会長の高野研一さんが本書を読み解きます。『 ビジネスの名著を読む〔リーダーシップ編〕 』(日本経済新聞出版)から抜粋。

「顧客に密着する」ために必要な力

 『エクセレント・カンパニー』で著者たちは、超優良企業になるには8つの基準を満たすことが必要だと指摘しています。そのうちの1つである「顧客に密着する」について、ここでは詳しく論じたいと思います。この基準を取り上げるのは、著者の指摘するように「当然きわまりない考え方」にもかかわらず、いまも「口で言うだけ」の企業も多いと思えるからです。

 同書では「顧客に密着する」ことを重視する企業の事例として、米IBMやウォルト・ディズニーなどを紹介します。どちらにも共通するのは、徹底した顧客サービスです。客にモノや入場券を売ることだけでなく、アフターサービスや施設に迎え入れてからのもてなしを重視していることを強調しています。

 この両社の「顧客に密着する」サービスを言い換えれば「顧客の経験を重視する」ともいえます。そのために必要なのは「人」の力です。従業員が顧客と同じ視点でモノを見て、顧客が何に心を躍らせられるのかを理解しなければ、ディズニーランドは入場者をわくわくさせることはできないでしょう。従業員のモノの見方に影響を及ぼし、優れた価値観を定着させるのが超優良企業であるというわけです。

「顧客に密着する」ためには、従業員が顧客と同じ視点でモノを見ることが必要(写真/shutterstock)
「顧客に密着する」ためには、従業員が顧客と同じ視点でモノを見ることが必要(写真/shutterstock)
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 しかし、価値観は世の中の変化とともに変わっていくものでもあります。新しい価値観を獲得できた企業が生き残り、それができない企業は淘汰(とうた)されてしまいます。超優良企業として生き抜くためには、環境の変化とともに価値観を変えていく力が不可欠です。

 こうした価値観の転換は大企業になればなるほど、容易ではありません。絶対的な解ではないかもしれませんが、同書はこの価値観の転換に成功した企業として米スリーエム(3M)を挙げます。市場を細分化する「ニッチ主義」で顧客のニーズに対応するとしています。きめ細かい市場への対応は、いまの日本企業にも参考になるのではないでしょうか。

GEの「密造酒づくり」

 長期的に高いレベルの成果をあげ続ける企業に求められるものとして、同書は、社内競争の重要性を繰り返し強調します。

 あまりにものごとを合理的に進めようとして、社内競争による無駄や重複を排除しようとすると、結果として活力が損なわれることが多いというのです。極端なほど合理性を追求する企業経営は、逆に多くの隙間を生み出し、思わぬ落とし穴を作り出すことが多いと指摘しています。

 むしろ、社内に部門間、あるいは個々人同士の仕事上の重複、あるいは健全な社内競争があった方が活力が維持され、よい業績を生み出すというのが同書の指摘です。

 「超優良企業(エクセレント・カンパニー)で実際に何が起こっているかを研究する過程で、繰り返しこの社内競争という現象を見てきた。それどころか、上司からの命令よりも、同僚とのライバル意識の方が、モーレツにがんばる際の主要な動機となるという例も随分見た」

 そうした例として、米ゼネラル・エレクトリック(GE)における「密造酒づくり」などを紹介しています。会社の正式承認を受ける前に、現場がある程度のお金を使って、「ぜひこれを作りたい」という社員に機会を与えるのです。大なり小なりこうした自由さは、エクセレント・カンパニーに共通するといいます。自由闊達という多くの企業が掲げる心構えは、現場でのこうした風土がなければ維持できません。

 「社員の心」というと、すぐ「1つになって」とか「一丸となって」というフレーズが思い浮かびますが、実際はこうした非公式な仕事の進め方を許容する組織風土が非常に大事なのです。

ビンの中に入れられたハチとハエ

 同書で紹介されている、「心」や「ものの見方」に関する記述は忘れがたいものがあります。少し長くなりますが、要旨を紹介しましょう。ビンの中に入れられたハチとハエの、どちらが早くその狭い環境から逃れられるかの実験です。

 同数のハチとハエをビンに入れ、底を明るい窓の方へ向けてビンを横にします。すると、ハチは明かりの方向に出口を求めて殺到し、ビンの底で悪戦苦闘します。同じ方向に飛んでいこうとして突撃を無限に繰り返すのです。そうこうするうちに、疲労困ぱいして動けなくなるハチの数が多くなります。これに対して、ハエの方は、2分もしないうちに反対側のビンの口から出ていきます。

 この実験では、ハチが光を好むこと、いつもその方向に行けば出られるはずだということを知っている知能の高さ、思い込みがアダになることを示しています。知能が高く「論理的な行動」をとるがゆえに深みにはまって脱出できません。ところが、愚かなハエの方は、光の方向なども考えに入れないまま、やみくもに飛びまわります。いろいろな試行錯誤をしているうちに、出口を見つけて自由の身になる、というのです。

ハチは知能が高く「論理的な行動」をとるがゆえに深みにはまってしまう(写真/shutterstock)
ハチは知能が高く「論理的な行動」をとるがゆえに深みにはまってしまう(写真/shutterstock)
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 この実験結果から何を感じるでしょうか。もちろん、理性的に行動しようとするハチが、いつも失敗するとは限りません。やみくもに行動するハエが、いつも成功するとも限りません。しかし、1990年代からの30年以上もの長い間、さまざまな問題を抱えながら、その泥沼から日本は脱出できないでいます。戦後の一時期うまくいったからといって、いわゆる日本的経営にしがみついている姿は、知恵と成功体験を持つハチの群れに似てはいないでしょうか。

 光が入り込んでくる方向とは、過去の成功体験です。高度成長はものづくりでの世界的成功であり、その集大成です。それらはもちろん素晴らしい出来事ではありました。しかし、ビジネス環境が激変しているのを十分認識せず、過去に成功した同じ方向を目指して死に物狂いで羽を動かしても、そこには見えにくいガラスビンの透明な底があるのかもしれません。

 企業活動のプラットフォームをなす雇用システムも、終身雇用が崩れつつあるとはいえ、年齢重視、新卒採用依存、長期雇用依存といった、日本的経営の枠から出ない日本企業の実態は、ガラスビンの底に向けて飛び続けるハチの群れに似てはいないでしょうか。

 ものの見方を変えてみましょう。いまこそ、そういう意味での「心」のリセットが求められています。

リーダーとマネジャーはどこが違うのか

 もう1つ同書が指摘するのは、リーダーという存在の本当の役割です。今日では、リーダーシップの重要性が日々強調され、リーダーシップ開発に、多くの企業が時間と予算を費やしています。もちろん、才能ある人材をグローバルに争奪することは極めて当然のことであり、どの企業も手を抜くことは許されません。しかし、ではリーダーとは何か、リーダーには何が求められるのかとなると、議論百出です。

 リーダーはチームを引っ張り、率先して先頭に立たなければなりません。ビジョン、見通しを示してチームに方向性を与えなければならないのです。リーダーは自分を犠牲にして、チームに貢献することが求められます。さまざまなリーダー論があります。

 日本では、やはりメンバーと一緒に額に汗して労苦をともにすることが重視されます。現場でなるべく多くの時間を使い、顧客の求めているものをより詳しく学び、それを社内に持ち帰り、他の部署と共同で、それらの要求に応えられるようにします。

 こうした仕事ぶりを示すことができるリーダーは、立場が課長であれ、社長であれ尊敬されるに違いありません。しかし同書は、そういう段階は、マネジャーの段階だと指摘します。もう一段違う影響をメンバーにもたらすことができるリーダーは、さらに大きなことをなし遂げられるのです。次のような記述があります。

 「マネジャーは人々とともに働く。リーダーは人々の感情を高める」

 これをもう少し丁寧にいえば、「リーダーは価値観やものの見方の変革を通じて影響力を及ぼす」ということなのです。

『エクセレント・カンパニー』の名言
『エクセレント・カンパニー』の名言
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