「能力」以外で企業が社員を評価し、組織を運営することは可能なのか。組織開発を専門とする勅使川原真衣氏と考察を深めていく日経ビジネス電子版の連載をもとにした書籍『「働く」を問い直す』が誕生。それを記念し、ジュンク堂書店池袋本店にて2025年12月に経営学者の舟津昌平氏との対談を行った。前回(参照:「働いて、働いて、働いて…」でも人手不足は解決しない)、新卒採用の場で企業と学生の間で嘘のつき合いになっているという話があった。今回は、職場に持ち込まれた「エンゲージメント」や「モチベーション」などの問題について。

モンゴルはなぜエンゲージメントが高い?
勅使川原真衣氏(以下、勅使川原氏):舟津さんのご著書『若者恐怖症』(祥伝社新書)の中で、「エンゲージメント」の話がとても印象的でした。
舟津昌平氏(以下、舟津氏):2017年の米ギャラップの調査で、日本のエンゲージメントは最下位クラスでした。この調査は、「あなたは仕事にエンゲージ(engage)していますか?」という質問に対して、「しています」「していません」「まったくしていません」の3段階で答えるものでした。日本はエンゲージしている人がものすごく少なくて、約6%。でも、最も水準が高い部類の北米でも3割程度なんです。つまり、世界的に見ても7割の人は仕事にエンゲージしていないということが分かります。
そもそも、「エンゲージメント」という言葉は日本語に訳しにくい。「関与」や「参加」といった定訳があるけれど、「婚約」とか「コミットメント」といった意味もあり、ニュアンスとしてはけっこう重いわけですね。
勅使川原氏:この調査結果が発表されたとき、すごく話題になりましたよね。「日本人は世界で最も『やる気』がない」というような記事がネットに書かれました。企業内でもエンゲージメント調査が行われて、経営者はその結果を気にするわけです。これもある種のフィクションではないかと思いますが、舟津さん、いかがですか?
舟津氏:まさに。同じギャラップによる2024年の調査でエンゲージメントが約4割と飛びぬけて高い国があって、それがモンゴルでした。モンゴルは旧社会主義国です。社会主義は、労働を美徳だと考える教育を国民に施すことで維持してきました。そのため、特に年配の方にはまだ「働くことは尊い」という価値観が残っていると思います。では、日本がこれからモンゴルを目指してエンゲージメントを高めたほうがいいのかというと、たぶん違いますよね。
JICA(国際協力機構)で市場移行経済国に日本的経営をレクチャーするというプログラムがあって、派遣された先生がモンゴルで「モチベーション」の授業をしたそうです。質問のときに手が挙がって、「どうやって罰を与えればいいですか?」と聞かれた。全員が言われた仕事をただこなして、できなかった人に罰を与えるという管理の仕組みを中心とするのが社会主義経済なんです。もう発想から違っていますよね。

勅使川原氏:今の日本企業でも「どうやって罰を与えればいいか」と考えている経営者がいたら嫌ですね(苦笑)。舟津さんの本にもありましたが、高いモチベーションがなく、普通に決められた仕事をするだけなのって、何か問題なのでしょうか。これを「静かな退職」と呼んだりしますが、本来仕事ってそういうものじゃないの、と。
舟津氏:そうなんですよ。静かな退職が増えているとニュースになっているわけですが、「言われた仕事をすることの何があかんねん」という話ですよね。みんながもっとモチベーションにあふれて、言われた以上の仕事をさせてくれと言ってきて、生き生きして、離職意思もなくて、分かり合えている。それはいいことではあるだろうけど、そうじゃないとダメなの?という疑問もあります。
勅使川原氏:静かな退職の対極が「働いて、働いて、働いて……」だとすると、企業は社員にもっともっと長時間労働をしてほしいんでしょうか。「やる気を見せて、与えられた以上の仕事をすべきだ」という発想は、きちんと職務要件を定義せず、精緻なキャリアパスの管理もせずに、社員をマネジメントしているようにも見えます。成果が出せない社員に向かって、「あなたがもっと器用にエンゲージしていたら違ったのに」と言えてしまうわけです。これ、私たちだまされていませんか。
舟津氏:個人のモチベーションやエンゲージメントだけに頼って苦境を乗り越えようとするのは、経営側がマネジメントを放棄しているのと同じだと思います。他にもっと方法はないのかをみんなで考えませんか、というのが建設的な議論ですよね。
職場で嫌われる「管理」という言葉
勅使川原氏:これは『「働く」を問い直す』でも議論しているのですが、「メンバーシップ型」の人材マネジメントに限界がきているということなのだと思います。企業は人材を「組織の一員(メンバーシップ)」として採用し、職務要件や勤務地などを限定せず、キャリアパスを事前に示すことなく働かせています。これまでの管理主義的な手法がうまくいっていないのに、エンゲージメントなど新しい概念を導入したり、あるいは「静かな退職は良くないよね」と喧伝(けんでん)する。そうすれば、「新しい経営」をやっていることになると思っている人が少なからずいるのではないでしょうか。
舟津氏:そうかもしれません。今「管理」という話が出ましたが、経営学というのは「経営管理論」から始まっているんです。1900年代初頭あたりの、労働者をどう管理するかという問題意識から始まっていて、私が今大学で教えている科目の1つも「経営管理」です。伝統的な科目なのですが、実務の世界では、ある時期から極端に管理という言葉を使わなくなったんじゃないかと思います。管理には、社員を拘束しているようなネガティブなイメージがついてしまいますし。
そして「エンゲージメント」「モチベーション」「心理的安全性」といった概念を導入したら、管理から解き放たれ、自由になったようには見えますよね。それらはすごく緩やかな、優しいものに見えるんだけども、現場は全然そんなことになっていません。半年に1回、エンゲージメントサーベイに回答してくださいだのなんだの、めちゃくちゃ管理しているじゃないですか。しかも、その数値が低いと、上司がどやされる。

勅使川原氏:そのどやし方も、「よしなにやっとけよ」みたいな、曖昧な感じですよね。経営側も、何をどうすればいいのか実は分かっていないんです。優しく見せかけながら、優しくないものが世の中にあまりに多い。
舟津氏:企業も、従業員フレンドリーにしているつもりだとも思うんですよ。何かを変えようとして、エンゲージメントを向上させるサービスを入れたり、「1on1(ワンオンワン)ミーティング」をしたり、モチベーション管理をしたりしているけれども、そうした施策で結果的にたいしてハッピーになっていない気がするんですよね。
一方、若者は若者で、「気を使われすぎて嫌だ」と言う。新社会人になった大学の卒業生に会って職場の感触を聞いてみると、かなりの割合で「めちゃめちゃ気を使われすぎていて、むしろ戸惑う」と返ってきますね。上司側も態度を決めかねていると思うんです。どうしたらいいか分からない状態で、過度に気を使ってしまう。
勅使川原氏:若者も、厳しさが嫌なわけではないんですよね。具体的な職務の内容と、それに対する期待値を伝えることは、場合によってはその人の仕事が不十分であると言っていることにもなるわけで、厳しさもある。でもこれは、職務要件とキャリアパスを示すためには必要なことであり、若者も受け入れられますよ。何が嫌なのかというと、私たちの世代でもそうですが、「もっとしっかり」とか、「ちゃんとしろ」とか、具体的なことは何も言っていないような言葉ですよね。
舟津氏:「ハラスメントと言われたら嫌だから」という理由で若い社員に厳しく接することができない、という話をよく聞きます。でも、同時に社員教育の放棄を招きかねない。教育には厳しさも必要なのに、厳しくできない。妙な優しさを会社の中に持ち込もうとして、もっと良くなるはずの組織が全然良くなっていない。
勅使川原氏:厳しく言うべきことを言わずに、曖昧にしてしまうのは、往々にして優しくないなと思います。期待していることがあるなら明言する。そして、任せる役割と評価軸とをセットで伝えることが大事ではないでしょうか。
舟津氏:納期を守る、決められた目標を達成するといった仕事の管理には厳しさがあって当然だと思います。できてないもんはできてないんだと。それすら曖昧にしてしまったら、若者は「気を使われすぎて嫌だ」と感じるわけです。
1960年代前後に三隅二不二(みすみ・じゅうじ)氏が提唱した「PM理論」では、リーダーシップをP機能とM機能に分けて考えていました。P機能はパフォーマンス、つまり目標を達成するための機能で、M機能はメンテナンス、つまり集団を維持するための機能です。60年たって、日本の職場ではP機能が忘れられてしまって、メンテナンスのところばかりに気を取られているような気がするんですよ。1on1ミーティングもパフォーマンスを上げるためとは捉えていないですよね。メンテナンスの場だと考えてしまうと、若者に気を使うだけで終わってしまう。日本経済や会社が低迷しているという理由で、つまりパフォーマンスを気にして「何か変えなきゃ」と言いながらも、職場ではM機能ばかりが注目されている状況ではないでしょうか。
勅使川原氏:組織のパフォーマンスを上げるために具体的に何をやればいいのかを示さずに「とにかく頑張れ」としか言わないのは、リーダーシップではないですよね。若手やベテラン、中間管理職など、メンバー全員の声をつぶさに拾い上げ、部署が進むべき方向を決めるという組織開発のやり方については、『「働く」を問い直す』の中で詳しく書きました。組織開発のいいところは、M機能つまりメンバーへのケアが、パフォーマンスの向上につながっていくところだと思います。
お話をしながらいろいろ見えてきました。舟津さん、今日はありがとうございました。
舟津氏:こちらこそありがとうございました。
(構成:尾越 まり恵)
[日経ビジネス電子版 2026年1月29日付の記事を転載]
勅使川原真衣著/日経BP/1870円(税込み)
