繰り返される力強いモチーフ、不規則ながら調和した色彩、豊かな曲線で描かれる生き物や風景――。ヘラルボニーが発信するアートは、目にするだけで心が躍り、ワクワクするような驚きに満ちている。これらの作品を創作しているのは、知的障害のある作家たちだ。

 ヘラルボニーは「異彩を、放て。」をミッションに掲げ、アートを通して「障害」に対するイメージを変え、新しい文化を創り出す取り組みをビジネスとして行っている。自閉症の兄を持つ松田文登さんと双子の弟・松田崇弥さんが立ち上げ、岩手と東京で活動するヘラルボニー。同社代表取締役を務める松田崇弥さんには小学生時代から大事にしてきた本がある。

才能があるやつにはかなわない

 双子の文登とは何をやるにも一緒で、小学生の頃は二人ともソフトボールに打ち込んでいました。通っていた小学校も全国大会でベスト16に入る強豪校。練習漬けの日々を送って守備を買われてなんとかレギュラー入りしたけれど、5年生になった頃にこんなことを感じたんです。「凡人がいくら努力しても、才能があるやつにはかなわない」って。

  『ピンポン』(松本大洋/小学館) には、そんな時に出会いました。

背表紙のタイトルも色あせるほど、かなり年季の入った大切な漫画
背表紙のタイトルも色あせるほど、かなり年季の入った大切な漫画

 たしか3巻だったと思います。小学生から卓球に打ち込んでめちゃくちゃ努力してきたアクマ(佐久間学)というキャラクターが、ぽっと出で卓球を始めたスマイル(月本誠)にボロ負けしてしまうんです。アクマは「自分はどこで間違えたのか」「お前の何十倍も練習したのになぜ勝てなかったのか」と叫ぶんですが、スマイルが一言、「それは卓球の才能がないからだよ」と言い放つ。そしてアクマは不良になってしまいます。

 人は平等にできていない。こと才能においてはなおさらだ。『ピンポン』からそんなことを教わったけれど、その一方で「だったら才能があることをやればいいんじゃないか?」ということも感じたんです。

『ピンポン』で立てた仮説を中学で検証してみた

 この仮説を検証するために、中学では文登と一緒に卓球部に入りました。小学生の頃から、二人とも卓球だけはなぜか強かったんです(笑)。体育の授業の卓球では、野球の強豪・花巻東高校を目指すような同級生にも勝てた。だから私たちは「卓球の才能はあるんじゃないか?」と思い始めて。

「文登も一緒に、何度も読みました。お互い、感想を言い合うことはないけれど(笑)」
「文登も一緒に、何度も読みました。お互い、感想を言い合うことはないけれど(笑)」
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 結果、ソフトボールとは小学校までで決別して、中学・高校では卓球で文登とダブルスを組み、中国に遠征試合に行ったり、高校総体の東北大会に出場したり。そこそこ活躍することができました。

 (中略)来る日も来る日も卓球、卓球、卓球。岩手県代表として高校総体の東北大会にも出場した。

 僕ら二人とも丸坊主にしていたから、2ちゃんねる(現・5ちゃんねる)の「岩手県卓球掲示板」には「あの双子、どっちがどっちだかわかんねえwww」「マジで『海王学園のドラゴン』じゃん」なんて書き込まれた。

――著書 『異彩を、放て。』(新潮社) より


はみ出し者こそがヒーローになる

 ヘラルボニーの思想は、できないことを克服するよりも、できることや今ある才能を伸ばしていくことです。知的障害のある作家さんはもちろん、社員に対しても同じ。それに、自分が花を咲かせられる場所を見つけることと、行動した分だけ社会的なリターンを得られること。この二つのバランスを取ることを今も大切にしているのは、あの時の挫折があったからだと思っています。

 それに、『ピンポン』の主人公・ペコ(星野裕)はまるで空気が読めなかったり、不得意なことが一切目に入らなかったり、ちょっとはみ出したキャラクターなんです。松本大洋さんの作品の多くがそうなのですが、ペコみたいなはみ出し者がヒーローになっていく世界観もたまらなく好きだった。今でも年に1度は読み返していて、小5から読んでいるので表紙がぼろぼろになってしまいました。

「つい先日も、新幹線に持ち込んで読みました」
「つい先日も、新幹線に持ち込んで読みました」
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宮沢賢治の研究者である伯父に薦められた本

 文登とヘラルボニーを立ち上げようという時には、伯父が「これ読むといいよ」と宮沢賢治の 『虔十公園林』(偕成社) を紹介してくれました。宮沢賢治はご存じのように岩手県花巻市出身の作家。伯父は宮沢賢治の研究者(※)でもありまして。

※編集部注:伯父の牛崎敏哉さんは「宮沢賢治記念館」の学芸員であり、副館長も務めている。

 伯父はどんな話題でも宮沢賢治の話に変換する能力がある人で、そういうAIなのかな? と思うくらい賢治に関するデータの蓄積がすごい。そんな伯父に、私たちが知的障害のある方たちと一緒にビジネスをすると話した時、この本を薦めてくれたんです。

 「虔十」(けんじゅう)は主人公の青年の名で、虔十は今でいう知的障害があります。虔十は、土が硬くお世辞にも植物が育ちやすいとは思えない土地に杉苗700本を植えようとして、周囲から「こんな所で杉が育つわけがない」「お前は本当にだめなやつだ」と罵られたり虐げられたりする。でも、家族の協力もあってどうにか植え終わるんです。杉はぐんぐん育って、立派な杉林になりました。

「誰がかしこく、誰がかしこくないかはわかりませんね」

 その後、虔十が病気で亡くなって数十年たった後も、杉林は変わらず子どもたちの遊び場となっていました。その様子を村に帰ってきた大学教授が見て、校長にこの杉林について尋ねます。それで虔十の存在を思い出した教授は、こんなことを言います。「誰がかしこく、誰がかしこくないかはわかりませんね」。知的障害のある作家たちが描く圧倒的なアートに触れてきて、私もまったくそうだなと思うところがあります。

 物語の中で、虔十がつくった杉林は「虔十公園林」と名付けられました。これは実在しない公園なのですが、いつかヘラルボニーで岩手に「虔十公園林」のような場所をつくれたらいいなと思ったりもしているんです。

 実は、母の実家がいわて花巻空港のすぐ近くにあるのですが、祖父も祖母も亡くなって誰も住んでいなくて。これからどうしようかという話になり、私たち兄弟でその土地を買ったんです。植林なのか、財団のようなものを作るのかはまだわかりませんが、自治体にも私たちがつくる「虔十公園林」を軸にしたまちづくりのような提案をできたらいいなとか。

「障害者アート」から「アート」へ

 知的障害のある方へのイメージだって、地方から変えられることはたくさんあるんです。「岩手日報」は県内でも影響力が大きい新聞ですが、記事として取り上げてもらう際、私たちは「障害者アート」という表現ではなく「アート」という言葉で紹介してほしいと伝え続けてきました。そうしたら、2023年1月1日に紹介された記事の見出しが「アート」になって、なおかつ「障害者」という言葉はもうやめて、新しい呼称や表現を作っていたらいいなと思ったりもしているんです。

 日本全体から見たらとても小さな話だけれど、メディアと対話を重ねることで少しずつでも変えられることはあるし、むしろ小さな既成事実を積み重ねていくことが大切だと思っています。

「自分たちが生まれ育った岩手には、アドバンテージも可能性もあると思っています」
「自分たちが生まれ育った岩手には、アドバンテージも可能性もあると思っています」
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 普段、私は東京で、文登は岩手で活動していて、ヘラルボニーはこの両輪があってこそ成り立っている会社ですが、前輪はいつでも岩手にあるんです。文登が岩手で実績を作ってくれているおかげで、東京の後輪も回っている。私はそう考えています。

取材・文/金澤英恵 構成/長野洋子(日経BOOKプラス編集部) 写真/鈴木愛子