アートを通して「障害」に対するイメージを変え、新しい文化を創り出す取り組みをビジネスとして展開しているヘラルボニー。創業者でCEOの松田崇弥さんには重度の知的障害を伴う自閉症の兄がいる。子どもの頃から、カテゴライズすることや多様性の定義について考えることが多かった。そんな崇弥さんが、最近読んで「多様性のリアル」について改めて考えたという本とは――。
自閉症の兄は「障害者」という名前なのか
ヘラルボニーは双子の文登と一緒に経営していますが、私たちには4歳上の重度の知的障害を伴う自閉症の兄もいます。子どもたちが兄を指さして笑ったりするのを小さい頃から見てきましたし、いとも簡単に「障害者」の枠組みに入れられてしまうことも感じていました。
でも、「障害者」という人なんて1人もいないはずです。兄にも「翔太」という名前があって、普通に笑ったり泣いたり喜んだりする。勝手に兄が「障害者だから不幸だ」と決め付けられるのは違うと思っていたんです。
安易に「障害者」にカテゴライズすることで、差別や固定観念を助長してしまうのではないか。もちろん、社会認識上は仕方がないこともあるけれど、アーティストだって、「女性」アーティストとか、「外国人枠」アーティストとか、なんだか失礼な感じがするじゃないですか。「障害者」もそれと一緒だと考えているので、私たちは「障害者アート」という言葉は使わないようにしています。
知的障害のある人がいなければ成り立たないビジネスモデルを、「健常者であること」が前提の資本主義社会の中で、成立させる。それこそが「ふつう」を肯定する社会から、「ありのまま」を肯定する社会につながると信じている。
きっと、誰かが一石を投じなければ、その変化は起こらない。
――著書 『異彩を、放て。』(新潮社) より
「勝手にカテゴライズ」してはいけない
ただ、知的障害という特性があるからこそ描ける世界がある、という事実はある。ヘラルボニーの1つのアイデンティティーとしても、知的障害のある人たちが描くアートを発信していることは伝えていかなければなりません。でも、私たちは何か1つの呼称にまとめてしまうことへの怖さも同時に持ち合わせていないといけないんです。
こうしたことは作家本人への確認プロセスの中で決めていくべきものですから、アーティスト本人が「障害者アート」と言いたい場合はもちろん尊重します。でも、私たちやメディアが勝手にカテゴライズするのは、やっぱり違うと思うんです。
こうした思いを抱える中ですごく共感したのが、手塚マキさんの本 『新宿・歌舞伎町 人はなぜ〈夜の街〉を求めるのか』(幻冬舎新書) でした。
手塚さんはホストクラブの経営者でもありますが、清掃ボランティア団体のグリーンバードで理事もやっていらして。ホストのみなさんで夜の街のゴミ拾いもしているんですよね。そのグリーンバードのイベントスペースで名刺を交換して、相談させていただいたのが最初の出会いでした。
今でも強烈に覚えているのが、何かの飲みの席で、私のことを周りの人に紹介してくれた時のこと。言葉に裏表がなくてダイレクトに物事を伝える方なので、「こいつ、障害者でアートの才能あるやつ集めてビジネスやっててさ。今投資家とかもいっぱい入ってんだよ。俺、こいつのやってること正しいと思うんだよな」みたいな感じで紹介してくださって(笑)。
ヘラルボニーの事業って、初めてお会いする方に説明する時、どう話そうか迷うことがあるんです。「知的障害のある方たちが作っているかっこいい作品をキュレーションして、フェアな環境で世に出して、キャッシュポイントを作っていく事業」…なんですけど、なかなか一言では説明しづらいし、伝わらない実感もあって。
だけど、手塚さんの説明は実に簡潔でまっすぐで、しかも、正しかった。
歌舞伎町こそがダイバーシティ
この本の中に出てくるのは、人を押しのけてでもナンバーワンを取らなければいけないホスト同士の苛烈な競争や、そこに集まる女性たちがどんな思いを持ってどんなお金の使い方をしているのかなど…本当に圧倒されるエピソードばかりでした。
「歌舞伎町は、最後にたどり着く街」「誰が来ても誰が去っても別にいい」「共生はしないが共存する」「その共存する価値観が歌舞伎町という人格を形成している」――。そんな言葉たちにも、すごく感動した。「職業も年齢も国籍も問わず、お金がない人も、居場所がない人も、誰の、どんな過去もすべて受け入れる」のが歌舞伎町、だと書いてある。
それこそリアルなダイバーシティを日本で最も体現しているのは、歌舞伎町なんじゃないか。そう思えてきます。その歌舞伎町に集う人たちを守るために、街を構成するさまざまな人たちや行政と対話を重ねているのが手塚さんで。手塚さんと初めてお会いした時には、「面白くて気持ちのいいお兄さんだな」と思っていたんですが(笑)、この本を読んで改めて素晴らしい人なんだと認識しました。
今まで見えていた世界も、別の視点で見ると、全く知らなかった一面に気付く。まだまだ知らないことがあって、新しい視点をもらえる、そんな1冊です。
取材・文/金澤英恵 構成/長野洋子(日経BOOKプラス編集部) 写真/鈴木愛子




