考えていることがうまく言葉にできない。文章がうまく書けない。こういった悩みを抱える人は多いだろう。その悩みを解決するヒントになるのが、 『「文章術のベストセラー100冊」のポイントを1冊にまとめてみた。』 と 『「言葉にできる」は武器になる。』 だ。今回は著者の藤吉豊氏と梅田悟司氏に、「言葉」について語っていただいた。第2回のテーマは「言葉が持っている力」について。
ゴールは「抽象的なことを、解像度高く書く」
梅田悟司氏(以下、梅田):実は僕、最近「文章を書く」ことのゴールが分かった気がしているんです。

コピーライター。武蔵野大学アントレプレナーシップ学部教授。1979年生まれ。大学院在学中にレコード会社を起業後、電通入社。マーケティングプランナーを経て、コピーライターに。2018年にインクルージョン・ジャパン株式会社に参画し、ベンチャー支援に従事。2022年4月より現職。 主な仕事に、ジョージア「世界は誰かの仕事でできている。」、タウンワーク「バイトするなら、タウンワーク。」、Surface Laptop 4「すべての、あなたに、ちょうどいい。」のコピーライティングや、TBSテレビ「日曜劇場」のコミュニケーション統括など。経営層や製品開発者との対話をベースとした、コーポレート・メッセージ開発、プロダクト・メッセージ開発に定評がある。 著書に『「言葉にできる」は武器になる。』(日本経済新聞出版)、『捨て猫に拾われた僕』(日経ビジネス人文庫)、『やってもやっても終わらない名もなき家事に名前をつけたらその多さに驚いた。』(サンマーク出版)など。最新刊は 『きみの人生に作戦名を。』 (日本経済新聞出版)。
藤吉豊氏(以下、藤吉):お、それは何ですか?
梅田:「抽象的なことを、解像度高く書く」、これです。抽象と具体は反対の性質を持っているため、1つの文章中に共存し得ないと思われています。でも、抽象だけだと言おうとしていることは分かるけれど、深い理解は得られない。一方、具体だけでは言っていることは分かるけれど、真意までは伝わらない。この抽象と具体が持っているトレードオフの構造を根本から見直さなければ、本当に言いたいことを伝えることはできないという結論に達しました。そこで僕が実践しているのが「抽象的なことを、解像度高く書く」なんです。
藤吉:「抽象的なことを、解像度高く書く」……。どういうことでしょうか?
梅田:例えば、大手メーカーの企業理念を見てみると、驚くほどみんな同じです。「社会の公器として、人々が暮らすインフラの整備を行う」といった言葉が並んでいるわけです。そこに食品メーカーであれば「食」や「食べる」、消費財メーカーであれば「生活」や「人」という言葉が添えられている程度なのが現実で、毒にも薬にもならないものばかりです。これは抽象度が高くて、解像度が低い状態と言えるでしょう。
藤吉:なるほど。
梅田:抽象的で解像度が低い言葉は、スローガンになりがちです。単なる掛け声です。言っていることはまっとうなのですが、働いている社員は「そうそう、私はこのために働いているんだ! もっと頑張ろう!」という気持ちにはなりませんよね。最近素晴らしいメッセージだと思ったのは、ユニクロです。「Life Wear」というタグラインから、「ふだん着の日が、人生になる。」というメッセージへの落とし込みは、抽象的なことを解像度高く書くお手本のようだと感じています。働いている社員の方も「なぜ自分たちが普段着を売るのか」を明確に理解できるし、力を出そうと思えますよね。
藤吉:確かに、スローガン的な企業理念だと、どんなことをしようとしているのかがよく分かりませんね。ユニクロのほかにも、「抽象的なことを解像度高く書く」ができている会社はありますか?
梅田:個人的な感触としては、ベンチャー企業の経営者のほうができていると感じます。企業理念では目指すべき世界観といった大きいことを言っているけれど、その理念が具体的なサービスや製品に明確に落とし込まれているので、地に足が着いている。僕が行っているベンチャー支援も、このあたりのことが中心になります。
藤吉:うーん、解像度が高いことと具体的であることは、どのように違うんでしょうか。もう少し伺えますか?
具体化ではなく高解像度化が、響く言葉に不可欠な理由
梅田:もちろんです。具体は、事象や出来事に近いですよね。その一方で、解像度は細かさです。「2030年の未来を思い描く」ということで考えてみましょう。2030年を漠然とイメージするのが抽象。2030年に生きている人々がどう暮らし、何を感じているかまで思いをめぐらせるのが解像度を上げるということ。具体は、2030年という時点で繰り広げられている出来事や行動と言えると思います。
藤吉:なるほど。確かに企業理念でも、抽象度が高いままだと従業員が内容を理解できなくて指針にならないし、具体的過ぎると今度は制約が多過ぎて身動きが取れなくなりそうです。
梅田:そうなんです。「抽象的なことを解像度高く書く」さえできていれば、一言でも十分、何を目指す企業なのかを共有できます。よく、ミッション、ビジョン、バリューが必要だといわれますが、1つの会社に大事な言葉が3つもあるのは、多過ぎると感じることもあります。それらがすべて入っている一言を作りたい。マーケティング・メッセージや、プロダクト・メッセージでも同じですね。
藤吉:「抽象的なことを解像度高く書く」ことで、その一言が力を持つわけですね。
梅田:はい。僕としては、抽象的なものをいかに解像度高く文章に落とし込めるかが一番大事で、文章技術のすべては、そのためにあるんじゃないかとすら思います。あとは、言葉を生み出す人が、その高度な両立は可能であると信じることが重要です。
藤吉:梅田さんのお話を伺っていて、「解像度を高くする」というのは、例えば昔のテレビのように粗く見えているものから、今の高画質テレビに変わる、といったイメージなのかなと思いました。「鮮明にしていく」というような。
梅田:鮮明にしていくというのはとても近いですね。その人が本当に言いたいことや、言わなくちゃいけないことって、本人の中にはあるはずです。ただ、どう言葉にしていいか分からないし、伝え方も分からない。まさに、輪郭がぼやけている状態。
藤吉:言いたいことが薄ぼんやりとは見えているけれども言葉にできないから、言いたいことそのものも分からないような気持ちになってしまっている。
梅田:はい。その解像度を上げるために、前回お話しした、空白地帯を埋めることが役立ちます。テレビ番組の「パネルクイズ アタック25」をイメージしていただくと分かりやすいのですが、だいたい見えていても大事な部分が隠れていると、それが何なのか理解できないんです。
藤吉:梅田さんのお話、とても勉強になります。僕は今まで、「抽象」と「具体」という感覚で文章を書いていました。抽象的な概念だと分かりにくいから、事例や数字などを具体的に挙げていくことが多かった。でも、もう1つ、そこにあるものの解像度を高めるという方法があるんですね。

株式会社文道 代表取締役。有志4名による編集ユニット「クロロス」のメンバー。日本映画ペンクラブ会員。神奈川県相模原市出身。編集プロダクションにて、企業PR誌や一般誌、書籍の編集・ライティングに従事。編集プロダクション退社後、出版社にて、自動車専門誌2誌の編集長を歴任。2001年からフリーランスとなり、雑誌、PR誌の制作や、ビジネス書籍の企画・執筆・編集に携わる。文化人、経営者、アスリート、タレントなど、インタビュー実績は2000人以上。2006年以降は、ビジネス書籍の編集協力に注力し、200冊以上の書籍のライティングに関わる。現在はライターとしての活動のほか、「書く楽しさを広める活動」「ライターを育てる活動」にも注力。「書く力は、ライターだけでなく、誰にでも必要なポータブルスキルである」(ポータブルスキル=業種や職種が変わっても通用する持ち出し可能なスキル)との思いから、大学生や社会人に対して、執筆指導を行っている。共著書に『「文章術のベストセラー100冊」のポイントを1冊にまとめてみた。』『「話し方のベストセラー100冊」のポイントを1冊にまとめてみた。』 『「勉強法のベストセラー100冊」のポイントを1冊にまとめてみた。』 (日経BP)、単著書に『文章力が、最強の武器である。』(SBクリエイティブ)がある。コーヒーと猫が好き。
言葉が持つ「スタートラインを定める」力
藤吉:梅田さんは「言葉」についてはどのように捉えていますか? 思考の解像度を高めることで生まれるものが言葉だ、とは思うのですが、言葉そのものはどうでしょうか。
梅田:僕は言葉って、みんなが共有できる「スタートライン」であるべきだと考えています。企業のビジョンやミッション、キャンペーンのコピーライティング、プロジェクト、あるいは自分自身のやりたいことでも何でもいいのですが、言葉を使うことで人と人との認識がそろいます。みんなでこのスタートラインに立とう、そして同じ方向に進もうという共有認識を獲得する。それが、言葉の役割ではないでしょうか。
藤吉:スタートラインという解釈は面白いですね。ビジョンとかミッションは先にあるものだから、ゴールという感じもしますが、そうではなくてスタートラインだと。
梅田:そうです。線としてスタートが示されれば、走るべき方向もつかめますよね。スタートラインがそろっていないと、前提も、方向性もバラバラです。その人の力を最大限に発揮してもらうために大切なのは、前提と方向を共有して、「あとは自分なりに頑張れ」と言ってあげることでしょう。
藤吉:スタートラインが決まっていない、つまり何も言葉になっていないと、どうなるのでしょうか。
梅田:みんながそれぞれ、バーっと違うところに行ってしまいますよね。「そっちは違うぞ」と言われても、行った人はなぜ止められたのかが分からないんです。これは大企業あるあるなのかもしれませんね……。
藤吉:「これはやっちゃいけません」と×(バツ)だけ示されることになるわけですね。
梅田:はい。そうなると、Do not Listしか生まれなくなってしまいます。そして、×が付いていなかった未開の地に到着した人まで「そんなのダメに決まってるだろ」と叱られる。
藤吉:理由も分からないまま、ただダメと言われる。
梅田:Do not Listだけでは社員の制御もできませんし、その人の潜在能力を最大化することもできません。だから、スタートラインを作って、何の躊躇(ちゅうちょ)もなく行けるところまで行かせるほうがいい。スタートラインを定義してあげるのが正解だと思っています。
藤吉:「みんなここからあっちに向かって行こうね」という考え方は、分かりやすくていいですね。
今、梅田さんはスタートラインとしての言葉とおっしゃいましたが、目指す目標やゴールとしての言葉では、代替が利かないものでしょうか。
梅田:マーケティングの世界では、課題は理想と現状のギャップとして定義されます。そのため、理想だけが掲げられても、現状の認識がバラバラだと、解決すべき課題も定まりません。当然、チームメンバーが取り組むこともバラバラになり、力を合わせることもできませんよね。これは個人の問題ではなく、構造の問題です。せっかく新しいことをやって未開の地に到達したのに、「そんなのダメに決まってるだろ」と叱られる。それはやる気をなくしますよね。
藤吉:だから、スタートラインからダッシュして行った場所はOKにしてほしい、と。
梅田:はい。スタートラインが決まって同じ方向に走り出せば、間違えようがないはずです。そこからは自己判断でいいという世界観が大事です。それが個人の才能を生かすこととイコールであるとすら思います。そのために、僕は、プロジェクトが始まる際、誰よりも早く深く考え、スタートラインとしての言葉を定義するように心がけています。
藤吉:スタートラインになることが、言葉の持つ力の1つなんですね。
梅田:はい、「相手を信じ、許容する力」とも言えますね。
藤吉:これができていない企業は多いですか。
梅田:多いですね。端的に言うと「社内が盛り上がる言葉」の不在です。「こうあらねばならぬ」というような束縛する意味合いの言葉しかないと、社員はワクワクしません。エンパワーメントできる言葉を生もうとするスタンスが大事だと思います。
藤吉:その意味ではやっぱり、梅田さんにとって「言葉にする」というのは「コピーライティング」に近いかもしれませんね。
梅田:自己認識するために言葉を使う、という感じでしょうか。個人が持っている「こういうことがやりたい」「こんなふうに生きていきたい」という思いと、法人という人(組織)が持っている言語化された思いがそろっているのが一番美しいですよね。社会が持っている方向性も重要でしょう。この、個人・企業・社会のベクトル合成を意識すると、一気に歯車が動き出しますよね。

<第3回に続く>
(文=梶塚美帆/写真=尾関祐治)
[日経ビジネス電子版 2021年6月10日付の記事を転載]
「世界は誰かの仕事でできている。」
「バイトするなら、タウンワーク。」
トップコピーライターが伝授する、
あらゆるシーンに活用できる言葉と思考の強化書!
自分の想いを言葉にしたとき、
人の心は動きだす。
●ステップ1 「内なる言葉」と向き合う
言葉には「外に向かう言葉」と「内なる言葉」の2つがある
「人を動かす」のではない、言葉が響けば「人が動く」のだ
最後は「言葉にできる」が武器になる
●ステップ2 正しく考えを深める「思考サイクル」
「内なる言葉」の解像度を上げる
「思考サイクル」で正しく考えを深めるT字型思考法
自分と会議する
●ステップ3 プロが行う「言葉にするプロセス」――思いをさらけ出す2つの戦略
日本語の「型」を知る
言葉を生み出す「心構え」を持つ
メール、LINE、プレゼン資料、報告書……
「うまく書けない」「伝わらない」が一発解消!
「最も大事なルール」ランキング40を一挙公開!
第1位 文章をシンプルに
・メール・チャットは、「60文字以内」で必ず文を終わらせる
・論述試験・レポート・資料作成に効果絶大!
速く明快に書くための「ワンセンテンス・ワンメッセージ」
第2位 伝わる文章には「型」がある
・完成度の高い提案書・報告書・顛末(てんまつ)書がサクッと書ける「逆三角形型」フォーマット
・ブログ・SNS・ネット記事に「納得と共感」を生み出す技術――「PREP法」
第3位 文章も「見た目」が大事
・余白をうまく使って読み手に負担をかけない、優しい文章に
・漢字とひらがなを使い分けると、見た目の印象がからりと変わる
好かれる人、仕事ができる人の、「感じがよくてわかりやすい」文章技術を効率よく身につけましょう。
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