昔の中高年のような威厳もなければ、たいした権力も持たされていない。あるのは無数の小さな不安と小銭のみ――そんな「新世代型中高年」が終わりの見えない長寿社会を前向きに生きるためには? 健康社会学者・河合薫さんの新刊『「老害」と呼ばれたくない私たち』より抜粋します。

〝小不安〟だらけの新世代型中高年

 人生後半戦になると努力するのもしんどいし、明確な目標でもない限り「情熱」という二文字もどんどん遠のいていく。おまけに生きる時間が延びたことで、不安と認識できないほど曖昧かつ小さな不安も増え、前に進む気力が萎える。

 会社はおカネをもらう場所と割り切りつつも「これで本当にいいのか?」という将来不安、「結局、私たちは永遠にベンチを温めるだけの存在」と嘆く無用不安、「老害」を自称する老害不安、友達いない・結婚してない・子供いない孤独不安、同年代の訃報で抱く健康不安、親の介護不安、認知症不安、役職定年不安、定年後再雇用不安、老後の経済不安などなど……、挙げるとキリがないほどの〝小不安〟だらけだ。

 いつの間にやら「もう年だから」が口癖になり、「中高年がそんなことをしてどうする」とチャレンジを恐れ、がんばっている同期や同級生をうらやみ、ママ友と楽しんでいる妻にまで嫉妬し、そんな自分がとんでもなく情けなくなる。

 Facebookでたくさんの「いいね!」を集めるアカの他人の輝かしいセカンドキャリアや、二拠点生活や別荘地移住でのゆるやかな生活がやたらと気になったり、「自分の平凡な日常」との違いに焦ったり。

 あげく「早期退職なんて、将来が不安で仕方ないだろう」「軽井沢の生活は、見かけほど華やかではない」などと批判し、既成の価値観にとどまることを正当化する。いわゆる「酸っぱいブドウ」だ。

 本当は前に進みたい、学び直したい、昔やりたかったことをやってみたい、このままで終わりたくない。たった一言「あなたなら大丈夫!」と背中を押してもらいたいだけなのに、そんな言葉をかけてくれる人もいない。そして、まるで金縛りにでもあったように身動きできず、ただただ「次のステージへの扉」が開く瞬間を待つだけに成り下がってしまうのだ。

中高年になると、前向きな言葉を掛けたり、背中を押してくれたりするような人はほとんどいなくなる(写真:buritora/stock.adobe.com)
中高年になると、前向きな言葉を掛けたり、背中を押してくれたりするような人はほとんどいなくなる(写真:buritora/stock.adobe.com)

若いときの理想像と現実のギャップ

 やっかいなのは若いときに思い描いていたライフステージとは異なる人生を歩み、若いときに見た「未来の自分の姿」が様変わりしてしまったことだ。

 私の場合で言えば、国際線のCAになるまでは思い描いたとおりの「私」だった。ところが、「3年で辞めて結婚し、30歳で双子を出産。今ごろは子育てを終え、悠々自適に暮らす『私』」は実現しなかった。

 初職(CA時代)で働くことのおもしろさを知り、もっと自分の能力を発揮したい、と熱い気持ちだけで前に歩き続けた。おかげで、うっかり、本当にうっかり、「出産期年齢」を超え、100歳まで生きそうだった父も、もうちょっとがんばれそうだった母も看取り、子なし、親なし、仕事あり、の人生を歩いている。

 どれもこれもその都度自分で選択した人生だし、自分の中ではさしたる問題はない。

 だが、同級生に久しぶりに会ったとき、何かの流れで「うっかり子供持つの忘れちゃった~」とおどけたところ、「フォスターペアレントになることはいつでもできるわよ」と慰められてしまった。「大丈夫よ」と肩を抱かれたときは意識が飛びそうになった。

 おかげで、私の脳内では「あなたってかわいそうな人ね~。子供を育てた経験がないなんて、気の毒な人ね〜」というテロップが映し出され、「あれ? 私って痛いおばさんなのか?」と疑念が湧き、妙に自分を小さく感じた。「女は子供産んで一人前」という言葉がBGMのように脳の奥でリフレインした。盤石だと信じていた心の土台はぐらつきまくりだ。

 それ以降、私は「下手なことは言わないようにしよう」とリミットをかけた。人生のどこを切り取っても楽しかったことばかりなのに、心のどこかで「私は間違っているのだろうか? いったいどこで、いったいなぜ間違ってしまったのか?」という自分への疑念が確実に生まれた。

 古くから社会に根付く無意識の価値観は「個人の選択」とは別次元に存在するものだが、私のように自由気ままに、ケセラセラに生きてきた人間でさえスルーできない。

 ふとした出来事が「心の土台」を揺るがす要因になる。ゾンビ化した価値観を完全に「殺す」ことは非常に難しく、世代を超えて受け継がれ、無意識のうちに私たちの常識の一部として生き続けてしまうのだ。

終わりないマラソンのような長寿社会

 ミッドライフクライシス、思秋期、人生の午後、キャリアプラトー、中年キャリアの危機など、中高年の不安定な心理は古くから世界中の哲学者や心理学者、組織心理学者などにより研究され、命名されてきた。

 自分の価値や存在意義について深く悩むことは、人間が持つ根本的な問いの一つであり、避けて通れない普遍的なテーマだ。

 中高年になると自分の置かれている状況がわかるようになることに加え、体力・気力が微妙に低下し、内的にも外的にもネガティブな経験が増え、「可能性」という3文字が薄れていく。するとなぜか、カネ、名声、社会的地位などを手にした知人や友人たちのドヤ顔が脳内カメラに映し出されるようになり、自分はやっぱり負け組なのか? 野心が足りなかったのか? もっとカネもうけができる仕事に就けばよかったのか? などと自分の選択を後悔したり、無性にいら立ったり、虚勢を張ってみたりで、そりゃもう大騒ぎだ。

 しかも「新世代型中高年」が生きているのは、100メートル先にあると思っていたゴールが、あと80メートル、あと30メートルと、どんどんと遠のいていく、終わりのないマラソンのような長寿社会だ。

 たとえば、45歳の女性の平均余命は43・01年。45歳の時点で、統計上はあと43年ほど生きるとされている(令和5年簡易生命表)。

 この時点で「90歳まで生きたとしても〇〇万円預金があれば大丈夫」「85歳になったら自宅を売って、老人ホームに入れば安心」と将来に備えたとしよう。そのまま43年たって女性が88歳になり、88歳時点の女性の平均余命を見ると6・56年も残っている。つまり、45歳で想定した人生より6年も、いやもっともっと長く人生が延びてしまうかもしれないのだ。

 知人が、「3年間で4回も危篤状態になった母親に『死ぬのは本当に難しいね』って言われて、リアクションに困った」と話してくれたことがある。同級生の当時100歳の祖母は、「朝起きると、まだ生きてるのかとがっかりする」と嘆いていたそうだ。

 そうかと思えば、私の父はみんなが「100歳まで生きる」と思うくらい元気だったのに、おなかの調子が悪いと病院に行って告げられたのは「命の残り時間」だった。

 どんなに医療技術が発展し老化が治療できる時代になろうとも、死の入り口らしきものはあちら側の都合でやってくる。

 この理不尽を前に、私たちはせめてご機嫌に生きることで抗おうとする。その小さな抵抗は、「だからさ、やっぱり嫌なことはやらない方がいいんだよ」……といった、ソフトな前向き思考として現れる己の声だ。

 ただし、「今を楽しむ」ことに意識を向けすぎると、かえって自分の進むべき方向がわからなくなったり、自分の価値観や選択に自信が持てなくなったりして、ミッドライフクライシスの深みに引きずりこまれてしまう。

 むしろ、ミッドライフクライシスは、自分と向き合う絶好の機会だ。ここできちんと苦悩し、葛藤することで、人生の後半戦はがぜん、おもしろくなる。

 心理学者のユングは、40代からの人生を〝人生の午後〟に例え、「午前の太陽の昇る勢いはすさまじいが、その勢いゆえに背後に追いやられたもの、影に隠れてしまったものがたくさんある。それらを統合していくのが40歳以降の課題だ」という印象的な言葉を残した。

 人生の後半戦は、これまで見て見ぬふりしてきた問題や、放棄していた課題を振り返り、自分が本当に大切にしたいものを見極める時間だ。焦らなくていい。自分を取り巻く半径3メートルに目を向けるだけでいい。だって、たまらなくいとおしいもの、手放したくないもの、失うことに恐怖を感じるものは、日々の生活の中にこそ存在するから。

 それは、過去の成功も失敗も、忘れかけていた情熱も弱さも、すべてを丸ごと受け入れた自分自身を映し出す鏡だ。

何者にもなれない40代、〝ただのおじさん・おばさん〟扱いされる50代、いるだけで老害扱いの60代——令和を生きる「新世代型中高年」はなぜこんなにしんどいのか? 無意識に私たちを縛る「いい大人」の呪縛から離れ、自分自身の心の土台を再構築することで、人生後半を前向きに働くためのヒントを紹介します。

河合薫著/日本経済新聞出版/1760円(税込)