福島県の奥会津で地域医療に携わる山中克郎さん。血液内科医として、米国で骨髄移植の研究やHIV(エイズウイルス)の診療にかかわったほか、総合診療科医の先駆者として留学し、大学教授としても活躍してきました。AI(人工知能)が医療の世界を変えていく時代だからこそ、人間にしかできない共感を持って人と触れ合う診察を追求しています。日経ムック『医学部受験を考えたらまず読む本 2024年版』から抜粋・再構成。

過疎地域で挑む新しい地域医療

 私は2019年から福島県の奥会津地域で地域医療に取り組んでいます。奥会津の人口は神奈川県とほぼ同じ広さに2万人ほどしかおらず、高齢化が進み、65歳以上が人口の半分を超える地区もあります。冬は雪が2mも3mも積もるので、なかなか病院に行くことができません。

 赴任当初はITを使ったオンライン診療を考えたのですが、Wi-Fi(無線LAN)がつながらない地域が多い。ならばと、IT機器を積んだ自動車に患者を乗せてWi-Fiのつながる場所まで移動してオンライン診療をしようと考えましたが、高齢者の方には、なかなかパソコンの操作がままなりません。

 そこで考えたのが、医師と看護師、事務員、ドライバーがチームとなって車で患者の家を回る「訪問診療」の仕組みです。この仕組みだと診療だけでなく、災害時にもチームを派遣できます。ドライバーや事務員は地元出身のため、土地勘もあり、地元の方の様子がわかります。

 こうした過疎地域では介護ヘルパーの数も足りないため、ときには看護師さんが食事をつくったり、衛生を保つため部屋の掃除をしたりします。医療以前に日常の生活を安定させる必要があるのです。地域の皆さんができることをやっていかなければ、みんなが健康になっていけません。

自身や看護師だけでなく、事務員やドライバーとも一緒のチームになり、過疎地域の医療を守る山中克郎さん(写真提供:山中克郎さん)
自身や看護師だけでなく、事務員やドライバーとも一緒のチームになり、過疎地域の医療を守る山中克郎さん(写真提供:山中克郎さん)
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山中克郎(やまなか・かつお)
医師
1959年、三重県生まれ。1987年、名古屋大学医学系研究科免疫内科に入局、血液内科医に。1989年、骨髄移植の研究のためアメリカのバージニア・メイソン研究所に留学。1999年、総合診療科を学ぶためにアメリカ・カリフォルニア大学に留学。2000年に国立名古屋病院総合内科に。藤田保健衛生大学救急総合診療科教授を経て、2014年、長野県諏訪中央病院へ。2019年より福島県立医科大学会津医療センター総合内科教授。『 症状・疾患がわかるBOOK 』など、著書多数。

AIの時代に必要な人による共感と問診

 今、日本の各地で人が減っています。人が減れば医療機関は集約することになります。そこをITやAIがカバーして、いずれ私たち医療従事者の仕事を楽にしてくれるでしょう。

 では、そのとき人間の医師は何をすべきなのでしょうか。一つは「共感」です。AIは、診断はできても共感はできません。私自身、胃カメラを飲んだとき、看護師の方が「山中さん、大丈夫ですよ、もうすぐ終わりますから」と言って背中をさすってくれて、すごく安心したことがありました。

 もう一つは問診です。医療機器が進化したこともあり、「まず検査を」という患者もいますが、検査でわかるのは1割程度。実は8割は問診でわかるのです。問診は診察の基本ですが、患者が言っていることだけでなく、症状から病気を推量しつつ、患者が言わないことも聞き出す「積極的問診」の技能が必要です。

 私が医師をめざすきっかけをつくったのは開業医だった祖父ですが、AIの時代になっていくからこそ、町中の開業医がやってきた患者に触れながら行う問診や身体診察がいっそう大事になっていくと考えています。私も今改めて身体診察の勉強をしています。

奥会津在宅医療センターのスタッフ。その日ごとに回る地域を決めて巡回する(写真提供:山中克郎さん)
奥会津在宅医療センターのスタッフ。その日ごとに回る地域を決めて巡回する(写真提供:山中克郎さん)
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患者の最後の人生を輝かせるのが役目

 私は最初は、血液内科の専門医になろうと思っていました。幸い、大学時代から血液内科の研究室で研究に参加させてもらえたので、医師になってからも内科の臨床医として患者を診ながら、大学で血液学の研究をしていました。

 当時、アメリカで白血病の最先端の治療法である骨髄移植の研究をさせてもらったことや、白血病の患者や有効な治療法のないHIVの患者を診たこともあります。

 治療法がないため、現場では医師や看護師が感染すると死の危険があるのですが、医師になった以上、そういったことで命を落とすこともあると考えていたため、迷わず取り組みました。

 その後はアメリカで総合診療を学び、帰国後は総合診療科を担当しましたが、数年後には大学で救急医療と総合診療を教え、55歳で地域医療を長野の諏訪中央病院で学び直し、今に至ります。

 振り返ると、さまざまなことに挑戦するたびに学びとやりがいがありました。一方で患者を助けることができず、無力感にさいなまれる経験も。最初のアメリカ留学では成果が出ず、悩んだこともありましたが、次第に自分ができることがあるはずと思い至りました。

 医師が治療できることは限られていますが、たとえ治療法がなくても患者の残りの人生を少しでも輝かしいものにできると思ったのです。

すさまじい努力と粘り抜く力を身につける

 私は医学部に二浪して入学しています。二浪目の受験も確信はありませんでしたが、そこで失敗しても医師になろうと思っていました。やりたいと思ったら諦めずに粘って努力する。普通の努力ではなく、すさまじい努力が必要です。

 その努力は、その後の人生で報われます。必ず見てくれる人がいてチャンスを与えてくれるのです。私もさまざまなところでチャンスを与えてもらいましたし、チャンスがあるなら挑戦すべきです。

 そして、成果が出るまで粘る。受験生の方には諦めずに夢に向かって粘り抜いてほしいと思います。

取材・文/佐藤さとる

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