栃木県救命救急センターのセンター長として、救命救急の現場で奔走する小倉崇以(たかゆき)さん。ケンブリッジ大学でECMO(体外式模型人工肺)治療について学び、帰国してからはECMO治療のトップランナーとして活躍。新型コロナウイルス感染症の大流行という危機に際し多くの命を救いました。医師に必要な能力や日本の医療の未来などを聞きました。日経ムック『医学部受験を考えたらまず読む本 2024年版』から抜粋・再構成。

祖父の遺言で医師の道を志すように

 私が医師を志したきっかけは、祖父の遺言でした。忘れもしない17歳の12月のことです。当時、心筋梗塞の合併症で慢性心不全を発症し、入院していた祖父のもとへお見舞いに行ったとき、祖父がふと「崇以、お前は医者になる気はないのか」と聞いてきたのです。

 その6時間後に祖父は息を引き取りました。祖父の最期の言葉に応えるように、私は医師をめざすことを決意しました。そして、「仕事とは?」と考えたとき、「人を幸せにしたい」、そのために「命を救いたい」という思いが医師の道へと踏み出す一歩となったのです。

医師に必要な能力は心・技・体の3つ

 大学生活を振り返ると、現在の自分を形成する「心・技・体」の3つの能力の基盤をつくれたことが大きな成果だったと思います。

 まず、医師としての「心」を鍛えること。私は、医師の仕事を「万人を幸福にするための活動」であると思っています。たとえ患者さんの治療が済んでも、以前の生活に戻ることができなければ不十分な仕事なのです。

 患者さんが病気を克服し、リハビリも終え、再び働けるようになるところまでを見届けて初めて、医師として患者さんに幸福を提供できます。そのためには、病気だけを診るのではなく患者さん一人ひとりを診る「心」が大切になります。

 「技=技術」の習得は、当然医師には欠かせません。メスの扱い方や縫合・けっさつといった基本的な技術をしっかりと磨いておく必要があります。また、「体=体力」も重要な要素です。医師の仕事はとにかく体力勝負です。私は大学時代、水泳部に所属していたのですが、1日15キロメートルは泳いでいました。

 心・技・体の3つをバランスよく備えておくことが医師になったあとに必ず生きますし、特に救急医をめざすのであれば必須の能力であると思います。

「医師という仕事の目的は“人を幸せにする”こと。街と一体となって“救命の連鎖”を広げていきたいと思っています」と言う医師の小倉さん
「医師という仕事の目的は“人を幸せにする”こと。街と一体となって“救命の連鎖”を広げていきたいと思っています」と言う医師の小倉さん
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小倉崇以(おぐら・たかゆき)
医師
1983年、栃木県宇都宮市生まれ。東京慈恵会医科大学医学部医学科卒業。2009年に済生会宇都宮病院にて初期臨床研修を開始。その後、前橋赤十字病院にて救急科専攻医として勤務したのち、2016年にイギリス・ケンブリッジ大学に留学し、ECMOを学ぶ。2020年より済生会宇都宮病院栃木県救命救急センター長に史上最年少(当時36歳)で着任。著書に『 やさしくわかるECMOの基本 』や『 ICUから始める離床の基本 』などがある。

過酷さよりもやりがいを感じる

 救急医になると進路を決めたのは、大学5年生のときでした。医学部受験を決めたときの「命を救いたい」という原点に立ち返ったとき、救急医こそがその思いをいちばん実現できるのではないかと考えたからです。

 また、実際の医療現場に身を投じてみて、心臓が止まってしまった患者さんを懸命に治療し、何とか心臓を動かしたとき、その過酷さよりもやりがいを大きく感じました。救急医の仕事は大変ですが、「自分は命を救えたんだ」と自身を肯定しながら医師の道を歩んでいくことができると実感しています。

 しかし、全力を尽くしても救えなかった命と対峙する場面は当然出てきます。そういった厳しい現実に直面したとき、もう一度自分を奮い立たせるのは、やはり「命を救いたい」という情熱です。自分の技術が向上すればするほど救える命も増えていきますし、その結果が糧となり、さらなる成長につながるのです。

街づくりを起点に「救命の連鎖」を

 近年の新型コロナウイルスによるパンデミックでは、自身の全国的な治療活動により、ECMO(エクモ、体外式模型人工肺)を装着した患者さんの救命率は66%と、2009年のインフルエンザ流行時の36%という数字から2倍近くの治療成績まで伸びました。

 一方で、国内にはECMO治療に特化した医師が少ないことが課題でもあり、本当の意味でECMO治療を根づかせていくためには、綿密な戦略を立て、10年間、20年間と着実にランニングさせていく必要があると考えています。

 また、地方の医師として地域医療の課題にも目を向けています。かねて地方での医師不足や医療格差が問題になっていますが、解決の糸口は「街づくり」にあると考えています。

 暮らしやすい街には人が集まります。医師に限らず、さまざまな職業分野の人々が集い、さらに街が盛り上がっていきます。そうした「選ばれる街」になれば必ず大きな病院が必要になり、医療従事者も集まってくるわけです。つまり、地域医療の発展にはよりよい街づくりが不可欠なのです。

 その一環として、私は消防署や地元企業と連携して救急防災フェアを開催し、市民の方々に心臓マッサージなどの救命処置講習を行っています。もし街で人が倒れていたら、私たちが到着するまでの応急処置の有無によって救える命が多くあります。これを「救命の連鎖」と言いますが、市民の救命行為への参画の重要性を皆さんにお伝えしています。

 街づくりはハコモノではなく、人づくりです。いつか宇都宮を「心臓が止まったときにいちばん助かる街」にする、それが私の医師としての使命です。

 これから医師をめざす皆さんには、どういった場所で、どういう仕事を果たしていくのかを具体的に思い描き、夢を見てほしいです。そうすれば、必ず幸せな人生が待っています。

「もし街で人が倒れていたら、私たちが到着するまでの応急処置の有無によって救える命が多くある。市民の救命行為への参画の重要性を皆さんにお伝えしています」と医師の小倉さんは話します
「もし街で人が倒れていたら、私たちが到着するまでの応急処置の有無によって救える命が多くある。市民の救命行為への参画の重要性を皆さんにお伝えしています」と医師の小倉さんは話します
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取材・文/鷲尾達哉(カラビナ) 写真/竹田宗司

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