元財務官で、無類のミステリマニアとしても知られる渡辺博史さんは2025年10月、全米を踏破した体験と読書遍歴を基に、『 ミステリで知る全米50州 』(早川書房)を刊行した。本書ではアメリカの広大さ、多様性、時代の変化が詳細に描かれている。渡辺さんへのインタビュー第3回は、女性が活躍するミステリについて。
女性ミステリの御三家
ミステリやハードボイルドの主人公というと、1950年代まではタフガイの男性が多かったのですが、次第に女性の主人公が増えていきます。アメリカミステリのウーマンもの御三家といえば、サラ・パレツキー、スー・グラフトン、パトリシア・コーンウェルの3人。
サラ・パレツキーが書いているのは、V・I・ウォーショースキーという女性探偵がシカゴを舞台に活躍するシリーズ。マッチョな女性探偵として、ハードボイルドの伝統を受け継ぎながらも、女性ならではの視点を感じる作品です。
スー・グラフトンによる女性探偵キンジー・ミルホーンのシリーズは、架空の都市ですが、カリフォルニア州サンタバーバラがモデル。『アリバイのA』(嵯峨静江訳/ハヤカワ・ミステリ文庫)から始まって『裁きのJ』(同)などイニシャルをもじったタイトル名で、邦訳があるのは『ロマンスのR』(同)までですが、原作はZまで完結しています。
パトリシア・コーンウェルの検視官シリーズは、初期作品はヴァージニア州リッチモンドが中心で、その後ニューヨークやフロリダなどが主な舞台になっています。
これらはいずれも女性が執筆し、女性が主人公で、女性が翻訳しています。女性の視点があり、女性読者に支持されていることから、4F(Four Female)という言い方もされます。
女性活躍は田舎町の警察でも法廷でも
本書『ミステリで知る全米50州』では、女性作家による女性主人公が活躍する、女性翻訳家の「4F」作品で、アメリカの地方都市を知ることができるものを紹介しています。
ジョーン・ヘスの『ど田舎警察のミズ署長は死体とジルバを踊るのサ。 マゴディ町ローカル事件簿』(中井京子訳/集英社文庫)は、アーカンソー州の田舎町マゴディ(架空の町)が舞台。作中に、アーカンソーの若者がニューヨークに行くと、パキスタン人が運転するタクシーを乗りこなせるわけがないという記述があります。白人と黒人しか見たことのない人々が、茶色い人や黄色い人に巻き込まれて、訳の分からない言語が飛び交う大都市に放り込まれたら、ノイローゼになるのではないかといったことまで書かれており、田舎と大都市の対比がユーモラスに描かれています。帯のコピーは、「クリントン大統領もゲンナリ!?」です。
「マゴディはオザーク山地に点在するこぢんまりとした美しい風情のある村とは違うし、ノーマン・ロックウェルの絵画にもおよそふさわしくない。町内を一周するには、たったひとつきりの信号につかまって、のんびり州道を横切る野良犬をいらいらしながら目で追う時間まで入れても、約三分ほどで終わる」(『ど田舎警察のミズ署長は死体とジルバを踊るのサ。』)
もう1つはユタ州のソルトレークシティを舞台に、酔いどれの女性刑事弁護士を描いた『 弁護士ダニエル・ローリンズ 』(ヴィクター・メソス著/関麻衣子訳/ハヤカワ・ミステリ文庫)。ユタ州はモルモン教開拓民がこの地へ移住以降、彼らによって開かれた州であり、2018年時点でもモルモン教徒が全州人口の約60%を占めているモルモン教の本拠地です。私が訪れた当時は、モルモン教の戒律で禁止されている飲酒には大きな制約がかけられていましたが、今は観光客も増え、だいぶ緩やかになっているようです。この主人公はしばしば二日酔いで仕事に向かう、そんな今どきな姿が明確に書かれています。
「ユタ州は、ストリップクラブやのぞき部屋に寛大とは言えないのだが、完全に禁止するには至っていないのは、州憲法の解釈次第でいくらでも抜け道があるためだ。だから、その手の店は健全な市民の目にできるだけ触れないよう、町の片隅にある工場や盗品を扱うような店が並ぶ一角に押し込まれている」(『弁護士ダニエル・ローリンズ』)
今も年に70冊ほどミステリを読む
かれこれ8000冊ほどを読んできたと第1回 「元財務官・渡辺博史 270冊のミステリからアメリカの広さと多様性が見える」 でお話ししましたが、早川書房の月刊誌『ミステリマガジン』が毎年発表する「ミステリが読みたい!」のベスト10の選者になっていることもあり、国内もの・翻訳ものを問わず今も年に70冊ほどはミステリを読んでいます。
ミステリを読むことは、私が本業としてきた財政・金融には何ら関係ないように思われるかもしれません。でも経済こそミステリといえます。なぜなら経済学の教科書に書いてあるようには、世の中は動いていかないからです。経済を見極めるためには、表に見えていることの裏に隠れているものを見ようとする目が必要です。
ミステリでは、もっともらしい説明の裏に真犯人のトリックが隠されていたりします。正面に書かれていることだけを信じてはいけないという点で、ミステリと経済は共通しています。最近は人が死なないミステリも増えています。何か不思議なことが一つあればミステリになるわけで、経済はまさにミステリそのものだと思います。
取材・文/中城邦子 構成/桜井保幸(日経BOOKプラス編集) 写真/稲垣純也


