人口は国力の源である。国際関係の構造は、基本的に「大国」が定め、「小国」はその枠組みの中で生き残るすべを探るしかない。コロナ禍の影響もあり、出生数がさらに減る日本は、人口急減に直面し、政府が目標として掲げる「一億人国家」の維持すら危うい状況に陥っている。このまま、我々は手をこまねいて「小国」となることを受け入れざるを得ないのか。小説形式で、多角的な視点から人口問題を論じた衝撃作 『人口戦略法案 人口減少を止める方策はあるのか』 を著した山崎史郎氏が、日本が置かれた厳しい現実と、出生率で「勝ち組」となっている国の取り組みについて解説する。

「一億人国家シナリオ」の目標出生率は実現できるのか

 日本の人口は2008年にピークを迎えたあと、減少時代に突入した。2020年10月現在の総人口は約1億2623万人だが、今後、減少スピードは加速し、毎年80万~100万人、つまり「政令指定都市クラス」が1つずつ数十年以上にわたって消えていくと見込まれている。

 これに対し日本政府は、将来にわたって「一億人国家」の維持を長期目標に掲げているが、内外の有識者からは、この公式目標の達成は困難だという指摘が相次いでいる。海外のシンクタンクは、いずれ日本は1億人を割り、「小国」へ向かっていくと予測する。そして日本人は「小国として生きるすべを学ぶ」道を選び、「感情を表さずに優雅な冷静さを保ちながら、消えゆく村落や国富の減少を淡々と受け入れる」と、この国の将来像を描く(*1)。

*1 ダリル・ブリッカー、ジョン・イビットソン著『2050年世界人口大減少』(文藝春秋、2020年)P115

 政府の「一億人国家シナリオ」とは、どのような前提なのか。国立社会保障・人口問題研究所による将来人口の中位推計(2017年)では、総人口は今から30年後の2053年に1億人を割り、2090年には約6700万人、2110年には約5300万人にまで減少すると予測されている。

 この中位推計の前提である長期の出生率(合計特殊出生率)の水準は1.44。これに対して、「一億人国家シナリオ」の試算(2019年)では、2030年に出生率が1.8程度、2040年に2.07と仮定している。つまり出生率が中位推計はもちろん、高位推計の1.65をも大きく上回る水準にハイペースで到達する前提なのである。

国立社会保障・人口問題研究所による将来人口の中位推計(2017年)では、総人口は2053年に1億人を割る(写真:StreetVJ/shutterstock.com)
国立社会保障・人口問題研究所による将来人口の中位推計(2017年)では、総人口は2053年に1億人を割る(写真:StreetVJ/shutterstock.com)

人口急減で、マイナススパイラルに陥る危険

 一方、足もとの日本の出生率は、2020年で1.34。中位推計よりも低い水準である。5年連続で低下しており、最近のコロナ禍の影響によってさらに低下するとさえいわれている。有識者の指摘通り、一億人国家シナリオの達成は、このままでは極めて難しい。実現させようとするならば、抜本的な対策をすぐにでも講じないと間に合わない。

 人口急減が続くと、経済へのマイナスの負荷が需要面、供給面で働き合って、マイナスの相乗効果が表れる恐れがある。政府の委員会では、「人口が減るということは国内のマーケット規模が減ってしまうことを意味する。そうなると、国内への設備投資が減ってしまう。設備投資が減れば、イノベーションが国内では減る。生産性は上昇するよりも、減ってしまう。日本経済はマイナススパイラルに陥ってしまう危険性が非常に強い」という議論がなされている(*2)。

 縮小スパイラルに陥ると、実際の国民生活の質や水準を表す1人あたりの実質消費水準が低下し、国民1人ひとりの豊かさが低下する事態を招きかねない(*3)。このような人口をめぐる厳しい現実と見通しが、筆者が『人口戦略法案』の執筆を決心するに至った背景である。

*2 内閣府「選択する未来2.0」第1回議事要旨、日商会頭・三村明夫氏の発言から(2020年3月11日)
*3 内閣府「選択する未来」委員会報告・解説資料集(2015年10月)P.29~31

普仏戦争の敗戦で、出生率回復に取り組んだフランス

 世界各国の出生率は、それぞれ特有の動きをしている。国によって出生率が大きく異なるのは、社会・経済・文化などの要素が関わっているとされるが、各国政府が人口問題にどのように取り組んできたかという、政策面の影響も大きい。

 例えば、フランスは1870年の普仏戦争でドイツ(プロイセン)に大敗した原因を人口規模や出生率の違いだと認識し、それ以降長きにわたって、家族手当の拡充などにより出生率回復に取り組み続け、ついに2008年に出生率を2.00まで回復させた。

 すべての国家と国民において、自らの国の人口をどう考え、人口問題にどのような基本政策で臨むかは最重要テーマである。それゆえに基本政策の決定に際しては、しばしば激しい議論が起き、国論が分裂することもある。政策によって、国の消長のみならず、民族の行方や地域の存続、さらには個人生活のあり方にまで大きな影響が及ぶのだから当然である。

人口減少を防ぐ重要性を主張したノーベル賞経済学者

 フランスと同様に出生率が高く、「勝ち組」とされるスウェーデンも、100年前に欧州の中で最低水準の出生率となり、大きな政策論争が巻き起こった。

 その時に国論をリードしたのが、後にノーベル経済学賞を受賞した経済学者のグンナー・ミュルダールである。彼は妻のアルヴァ(ノーベル平和賞受賞者)とともに、反産児制限を主張する人々には、出生率低下を個人のモラルの問題とするのは誤りであり、民主主義理念に基づき産児制限は認めるべきだと反論する一方で、同時に、福祉向上の観点から人口減少は歓迎すべきことだと主張する「新マルサス主義者」に対しても批判を行い、出産を奨励する必要性を訴えた。

 ミュルダールは、人口減少が続けば、いずれ消費や投資が減少し、最終的には失業や貧困が増加すること、そして出生率の低下に伴う高齢化の進展によって、労働意欲・労働生産性が低下し、広範な社会心理的停滞が引き起こされることを危惧したのである。

 このため、人口減少による困難な事態が顕在化する前に、それを避ける「予防的社会政策」を講じることが重要であり、その方策として、すべての子どもの出産・育児を国が支援する「普遍的福祉政策」を推進すべきである、と主張した。

 こうしたミュルダール夫妻の取り組みは、今日のスウェーデンの普遍主義的な家族政策の形成に大きく貢献した。

スウェーデンのミュルダール夫妻は出産を奨励する必要性を訴えた(写真:Prostock-studio/shutterstock.com)
スウェーデンのミュルダール夫妻は出産を奨励する必要性を訴えた(写真:Prostock-studio/shutterstock.com)

人口政策の「タブー」から脱却したドイツ

 もっと激しい国論分裂の中で、政策の大転換を行っているのがドイツである。ドイツには、ナチス政権下での国家主義的・人種差別的な人口政策という、大きな「負の遺産」がある。これに対する深い嫌悪と反省から、出生率や出産奨励策をめぐる議論は旧西ドイツでは長らくタブーとされてきた。国家は個人的領域に介入すべきではないとするのが、多くの政治・行政関係者や有識者、一般国民に浸透した考え方だった。

 さらに、旧西ドイツは、男性は働き、女性は家で育児をする「伝統的家族モデル」を政策の基本に据えてきたため、保育サービスは非常に低い水準にとどまっていた。このため、出生率は低迷を続けたが、それでも出産奨励策を支持する者は多くなかった。日本とよく似た社会情勢だったのである。

 このような状況において2000年代に連邦政府の家族政策担当大臣を務めた2人の女性が、「政策の大転換」を図った。その1人が2002年に担当大臣になったレナーテ・シュミットで、彼女は「家族により多くの子どもを、社会により多くの家族をもたらす」という目標を掲げ、仕事と育児の両立支援へと、政策転換を図った。

 それを引き継ぎ、発展させたのが、2005年に担当大臣となったウルズラ・フォン・デア・ライエン(現・欧州委員長)である。彼女は、仕事と育児の両立を目指して、育児休業制度の抜本改革(両親手当の導入)や保育サービス整備に取り組んだ。彼女は、両親手当は「我々の社会が、子どもを持つかどうかの各人の選択に無関心でない、という強いメッセージを示す制度である」と述べている。こうした取り組みは、国をあげての大論争を巻き起こしたが、ライエンはひるまず制度改革を推進していった。

 ドイツの出生率は、2011年には1.36と、日本やイタリアと同じような低い水準にあったが、2016年には1.60に急回復し、2019年も1.54を維持している。上昇の要因の1つとして、近年のシリア難民の増加があげられているのは確かだが、一方で、ドイツ市民権を持つ母親の出生率も1.43(2019年)にまで向上しており、政策転換の成果が表れているとの指摘もある。

 政策転換が今後、どのような影響をもたらすかは、まだはっきりしていないが、いずれにせよ、厳しい意見対立を乗り越えながら、ドイツは少子化の「負け組」から脱しようと努力している。

 それに対して、いまだに「負け組」の状況を脱するビジョンと効果的な方策を打ち出せないでいる日本は、一体、どうするのか。その基本姿勢が問われている。

日経ビジネス電子版 2021年12月6日付の記事を転載]

ここ2、3年に手を打たなければ
日本人1億人維持は難しくなる

 コロナ禍で出生数の急減が進む。日本は手をこまねき「小国」となってしまうのか。内閣府の百瀬統括官や野口参事官らは、新政権と人口政策に取り組む。そこで突き付けられたのは、あまりに厳しい現実だった。そして抜本的な改革案にたどり着くが……。
 介護保険の立案から施行まで関わった著者が、小説形式で、人口問題の現状と解決策を探る、あまりにリアルな衝撃作。

山崎史郎(著)、日本経済新聞出版、2640円(税込み)