人口は国力の源である。国際関係の基本構造は、基本的に「大国」が定め、「小国」はその枠組みの中で生き残る術を探るしかない。コロナ禍の影響もあり、出生数がさらに減る日本は、人口急減に直面し、政府が目標として掲げる「一億人国家」の維持すら危うい状況に陥っている。このまま、我々は手をこまねいて「小国」となることを受け入れざるを得ないのか。小説形式で、多角的な視点から人口問題を論じた衝撃作 『人口戦略法案 人口減少を止める方策はあるのか』 を著した山崎史郎氏が、出生率を向上させるために求められる3つの柱とは何か、それぞれどのような対策が必要なのかを具体的に紹介する。

人口問題に「即効薬」はない

 人口急減を止めるには、できる限り早く対策を講じる必要がある。人口減少は、何もしなくてもどんどん進行していくため、出生率回復がいつの時点になるかによって、将来、安定的に維持される人口規模(定常人口)が決まってくるからである。

 人口推計によると、回復時期が5年遅れるごとに、将来の定常人口は350万人程度低下していく。しかし、一方で「これさえすれば」という即効薬もない。出生率の低下には、様々な社会的、経済的な要因が有機的にからんでいるためだ。

 政府は、これまで待機児童解消や不妊治療の充実などに取り組んできたが、そうした個別分野の施策だけでは人口問題の解決は難しく、若年世代の生活全般にわたる総合戦略が必要となる。筆者は、この総合戦略を「人口戦略」と呼んでいる。

 ただし、ここで注意しなければならないのは、いくら総合的に取り組むといっても、多種多様な施策をただ羅列して、メリハリなく資源を投入すればいいというわけではない、ということである。施策相互の関係性を熟慮し、施策の「組み合わせ」と、優先順位に即した「手順」で適切に行われないと、効果は上がらない。

 理想は、「一波動けば万波生ず」のように、取り組んだ施策が次々と他に連鎖して、最終的に全体を大きく変えていく展開である。こうした観点から、出生率回復のための「3本柱」を提案したい。その概要を簡単に紹介しよう。

「両立支援」のカギを握る育休制度

 3本柱の中心は、「結婚し、出産を希望しているが、仕事との両立から、それが難しいケース」を支援する“①両立支援策”である。スウェーデンやフランスなどの高出生率国と比べ、日本の両立支援策は、今なお質量ともに大きく見劣りしている。

 その点で、筆者が子どもの乳児期、幼児期、児童期のいずれにもかかわり、両立支援策全体のカギを握っていると考えるのが、「育児休業制度」である。育休制度は、産休と合わせて乳児期に位置し、時短制度や保育制度とのかかわりを通じて、幼児期や児童期にも大きな影響を与え得る。

 「一波動けば万波生ず」という展開が望まれるとしたが、日本の場合は、育休制度の抜本的改革によって、そのような展開が期待できるのではないか。

 つまり、日本の育休制度がスウェーデンの「両親保険制度」のような仕組みに変われば、子育て世代が時短制度を活用するようになり、男性育休が広がり、待機児童や長時間保育の問題の解決も大きく前進するのではないか、と考えている。そして最も重要なのは、正規職員だけでなく、非正規雇用や自営業、無職の若者の出産・子育ても支援対象とすることである。

「育児休業制度」の抜本的改革が両立支援策のカギを握る(写真:umaruchan4678/shutterstock.com)
「育児休業制度」の抜本的改革が両立支援策のカギを握る(写真:umaruchan4678/shutterstock.com)

すべての子どもを対象とする「子ども保険」構想

 筆者は、こうした育休制度の抜本改革とともに、児童手当の大幅な拡充(高校修了までを対象とし、手当額を増額)を実現する具体的な制度案として、「子ども保険」構想を提案している。

 この構想は、すべての子どもの養育を支援するという意味で、スウェーデンなどと同様、普遍的な施策である。子ども保険は、すべての成人からなる「親世代」が拠出する「子ども保険料」と、企業が拠出する保険料、公費である国費と地方負担によって、社会全体で連帯して支え合う仕組みである。

 高齢者を含めた親世代が、未来を担う子ども世代を支援する、恒久的な財源のある分配政策であるといってもよい。この新たな社会保険システムは、世代間や正規・非正規間の格差解消にもつながり、わが国における「全世代型社会保障」の完成につながると考えている。

 子ども保険は、かつて政治レベルで構想として打ち上げられたが、それ以上の具体的な制度としての議論は行われなかった。

 当時、様々な意見や批判があったが、その1つに、「親世代といっても、子どもができない人もいれば、自分の意志で子どもを持たない人もいる。そうした人の多くは、保険料負担に反発するのでないか。高齢者にまで保険料を出させるのには無理があるのではないか」という反対意見があった。

子どもを生み、育てるのは社会全体の責任

 しかし筆者は、親世代が子ども世代のために保険料を負担する理由には、将来、子ども世代から扶養してもらう、という受益が期待できることがある、と考えている。

 現代社会では、子どもがいない人も高齢者も、子ども世代が支える年金や医療保険、介護保険を通じて「社会的扶養」の受益を得ているし、将来得る可能性がある。

 つまり、子どもが生まれ、育つことは、社会のすべての人にとって、自分の老後生活を支えてくれる人が増えることを意味している。そう考えれば、自分は社会から何もサポートを受けるつもりはないので負担しない、とは言えないのではなかろうか。

 世論調査でも、国民の9割以上が「子どもを生み、育てることによる負担は社会全体で支えるべきだ」と回答している。国民各層にわたる真剣な議論を心から期待したい。

不妊治療と妊娠前ケア、結婚支援が重要

 子ども保険構想以外にも、人口戦略として考え得る、各種の施策について考える必要がある。

 3本柱のもう1つは、「②不妊治療とプレコンセプションケア(妊娠前ケア)の充実」である。男女の妊娠適齢期について若者がしっかり認識する必要があり、またAMH検査(抗ミュラー管ホルモン検査)やライフプランの普及なども重要なテーマとなる。

 残りの1つの柱は、「③結婚支援の取り組み」だと考えている。「結婚を望みながらも、出会いの機会に恵まれないがゆえに、結婚していないケース」が増えている。これについては見合い結婚が果たしてきたマッチング機能を再評価すべきではないだろうか。

 日本の出生率が低いのは「婚外子」が少ないから、という一部の意見については、フランスやスウェーデンでは婚姻制度が2種類あり、最近は簡易に結婚や離婚ができるPACS(フランス)やサンボ(スウェーデン)という制度を利用する若者が多くなっていることが、婚外子が多い要因である。その点で、日本の結婚制度はPACSなどと同程度に簡易な制度であることから、結婚制度が出生率回復の支障となっているわけでない、と考えられる。

結婚支援も出生率回復のための対策の柱になる(写真:Aya2018/shutterstock.com)
結婚支援も出生率回復のための対策の柱になる(写真:Aya2018/shutterstock.com)

複眼的思考が求められる移民政策

 人口問題を考える上で、出生率の向上施策と並んで、大きな議論となる「移民政策」については様々な論点がある。欧米諸国においても、当初、政府が描いたシナリオどおりに物事が進まず、時がたつにつれて予想していなかった問題が顕在化し、困難な状況下で苦しい政策変更を行わざるを得なかった歴史がある。

 移民の問題については、国内の労働力確保という視点だけでなく、「国民(nation)とは一体何か」という基本論や、送り出した国と移民とのつながりであるディアスポラ・エンゲージメント(diaspora engagement)など、国際政治の視点からの議論も必要となってくるため、人口問題解決の手段として、軽々に論じることはできない。

 以上のように、日本の人口急減を止めるためには、わが国の社会や経済の根幹にかかわる多くの課題の解決が必要となるが、一方で、我々に残された時間は少ない。一刻も早く、国民的な議論を開始し、人口減少問題の解決のための抜本的な改革に取り組んでいくことを強く望みたい。

日経ビジネス電子版 2021年12月8日付の記事を転載]

ここ2、3年に手を打たなければ
日本人1億人維持は難しくなる

 コロナ禍で出生数の急減が進む。日本は手をこまねき「小国」となってしまうのか。内閣府の百瀬統括官や野口参事官らは、新政権と人口政策に取り組む。そこで突き付けられたのは、あまりに厳しい現実だった。そして抜本的な改革案にたどり着くが……。
 介護保険の立案から施行まで関わった著者が、小説形式で、人口問題の現状と解決策を探る、あまりにリアルな衝撃作。

山崎史郎(著)、日本経済新聞出版、2640円(税込み)